ティマーと狼
久し振りの更新です
これは何の嫌がらせなんでしょうか…。
「久朗、暑苦しいからもっと離れろ」
レイク自治区は赤土の荒れ地の為か、木が少なく街道には木陰が殆んどありません。
「離れろって言っても場所がねえだろ」
「くっ…何が悲しくておっさん2人で馬に乗らなきゃいけなんいんだ」
この悲劇はサクセスの護衛騎士の数人が日射病で倒れた事が始まりでした。
騎士用の馬車だけではスペースが足らずに久郎と三米君は紅葉達が乗っている獣人用の馬車から追い出されたんです。
三米君はサクセスで乗馬を習ったとの事で馬に乗れていますが、久郎は全くの未経験者。
「仕方ねえだろ?お前の馬が一番でかいんだしよ。しっかし、あの騎士さん達はまともに鍛練をしてんのか?」
「倒れた奴は新人だと思うよ。休憩がてら中に入った奴等はそれなりの経験があると思う」
流石に新人だけを護衛に着けないでしょうし。
「しかし、不思議な光景だよな。誰も乗ってない馬が勝手に後を着いて来るとはな」
久郎の言う通り、数頭の馬が粛々と馬車の後を着いて来ています。
「きっと御者がティマー系のアーツを持ってるんだろう。元々馬は群生行動を好むから魔物よりは従え易いんだよ」
「あれなら俺が乗っても平気なんじゃねえか?」
「無理だよ。馬は臆病な性格だし、騎士にとって馬は生死を共にする相棒なんだぜ?見ず知らずの人間を乗せる訳がないだろ。人によっちゃ自分の女より馬を大切にしたりするんだぜ」
相性の良い馬がいれば戦場で手柄を立て易いんですし、愛馬に命を助けられたなんて話は珍しくありません。
「三米は良くて俺は駄目だってのか?」
「三米君はAランクのアーツを持っているし、友達の木谷君に至ってはSSランクだからな。恩を売っておいて、損はないんだよ」
場合によっては自分の姉妹や親戚と縁を結ばせるかも知れません。
「へー、何でもアーツ、アーツなんだな。ショウガ、この辺りはどんな魔物が出るんだ?」
「この辺は荒れ地だから蛇やトカゲの系統が出るかもな。逆に餌になる草食系の動物が少ないから狼とかの肉食系の生き物はあまり出ないと思う」
餌が少ない場所で待機する捕食者は普通いません。
「へー、それだけ言って狼が出たらどうする?嘘つき少年じゃなく嘘つき中年になるぜ」
「普通、その地にいない生き物が出たら警戒を強めるんだよ。不自然な事には何らかの理由があるからな」
その場合、弱い魔物が出ても決して油断をしてはいけません。
「へー、大魔導士ジャスティスファング様も案外と臆病なんだな」
「久郎、まさか勇敢な奴が生き残れるなんて思ってないだろうな。戦いは臆病な方が生き残れるんだよ。まっ、戦う時に戦えない臆病なら意味がないけどな」
勇気とか正々堂々なんて魔物には無意味なんですし。
それから、おっさん2人で1時間ぐらい(体感的には3時間)タンデムをしていたんですが
「ショウガ、何も景色が変わらねえな。何か面白い話でもねえか」
久郎は変わらない景色に飽きたらしく、無茶振りをしてきました。
「その振りでボケても確実にサブい事になるだろ。でも安心しろ、暇潰しの相手が来てくれたみたいだ」
前方から魔物独特の気配がしています。
「あれが魔物か?ただの犬じゃねえか」
前方にある岩場から現れたのは10匹の灰色をした犬型の生き物。
「狼の魔物ピグミーウルフだよ。さて、ちょっと調べたい事があるから手綱を頼む」
ピグミーウルフは小型犬くらいの大きさで人にも懐き易い魔物。
「あん?確かに尻尾は振ってないが警戒もしてないぜ。久郎、餌をあげるのはなしか?」
そう言えば久郎は昔犬を飼ってたんですよね。
「それは後からだよ」
「お前、リュックから酢を取り出してどうするんだよ?ワンコは刺激のある匂いを嫌うんだぞ」
ごついおっさんがワンコって…聞かなかった事にしましょう。
まずお酢にマナを流しウォータボールの要領で球状に、次に着弾地点を決めて飛び散るイメジー加えます。
狙う場所はピグミーウルフとの間。
「酢よ球となりて弾け散れ…サワーボール」
お酢の球は着弾すると境界線を作る様に弾けました。
「何か居酒屋のメニューにありそうな呪文だな」
「うっさい、久郎とりあえず馬車に行って手を出さない様に話してこい」
「お前はどうすんだよ?」
「お前も言ったじゃねえか、犬は刺激のある匂いを嫌うって。力が弱く、この地にいない筈のピグミーウルフが酢の境界線を越えるとしたら答えは一つ…あのピグミーウルフは操られているって事になるんだよ」
つまりはティマーのアーツを持っている人が意図的に接触させている可能性があります。
「おい、それならワンコは悪くないだろ?倒すとか言うんじゃねえよな」
「倒したら厄介な事になるから騎士に手を出させないんだよ」
きっと、ティマーはピグミーウルフが倒されたこう言うでしょう”俺の狼を殺したんだから金を払え”と。
当たり屋ならぬ魔物当たらせ屋です。
予想通り、ピグミーウルフは一瞬顔をしかめましたが酢を跨いできました。
(尻尾を股の中に入れてるって事は服従しきれてないな。それなら)
イメジーはピグミーウルフを包み込む霧。
効果は弱めに設定します。
「マナよ、麻痺の霧に代わりて敵を包め…パラライズミスト」
麻痺の霧に包まれたピグミーウルフがゆっくりと倒れていきます。
(パラライズミストはメジャーな魔法だから私が使っても怪しまれない筈。突っ込まれた日本から持ってきた道具と交換で教えてもらった事にしておきましょう)
「赤井さん、なんで止めをささないんですか?」
声を掛けて来たのは三米君。
「もう少ししたら答えが分かりますよ」
「ポーク、チキン、ビーフ大丈夫か?ターキーもレバーも倒れていやがる。お前らだな、俺の可愛い狼を倒したのは」
声をあらげながら近づいて来たのは髭もじゃの大男。
「可愛いんなら、もう少しまともな名前をつけろよ」
三米君、ナイスツッコミ。
「ティマーなら自分の魔物に責任を持って下さい。次は麻痺させるだけじゃ終わりませんよ…もちろん、隠れているお仲間もね」
「うるせぇー!!お前らやっちまえ」
男の合図で武装した男達が次々に岩場から姿を現しました。
「また…お約束な反応ですね。ピグミーウルフがいないのにどうするんですか?」
「はんっ、そいつらは使い捨てに出来る役立たずださ。いくぞ、お前ら!!」
「何を聞いてたんですか?パラライズミスト」
当たり屋達は麻痺させたから、後は騎士さんにお任せしますか。




