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惨劇の始まりには生贄を捧げよ(前編)


「離せよ、オラ!! クソがァ!!」

「くっ……、大人しくしろ!!」


繁華街の交番近くでの騒ぎだった。

職務質問を受けた男が逃げ出し、警官がその場で男を緊急逮捕した現場だった。俺は偶然通りかかっただけだが、最近はこういう捕り物が日常的に起こっていた。それぐらいに風城市の治安は崩れ始めていた。


日本の制服警官は、一般人が考えている以上に優秀だ。些細な行動から相手の不審さを見抜き、職務質問を仕掛ける。この職務質問の多くは空振りになるだろうが、それでも職務質問をされるには必ず理由がある。そして、彼等はその理由を見つけるのに非常に長けていた。


実際、麻薬摘発の多くは制服警官だった。といっても、捕まるのは基本的に末端の連中ばかりで、麻薬組織としては大した痛手ではない。麻薬犯罪の取り締まりは、麻薬取締官や組織犯罪対策部の仕事だ。だが、地域部や交通課の成果も決して小さくはない。


制服警官に取り押さえられているのは、おそらくブラッド常用者だ。


別に確証はない。何か他の犯罪に手を染めた奴かもしれない。だが、最近一番多い逮捕者は、ブラッド常用者だった。ブラッドは非常に気分を高揚させる薬物で、これがキマっていると無駄に騒ぎを起こすことが多かった。


それに、今捕まっている奴は明らかに未成年だった。ブラッド常用者はほとんどが未成年だ。今の風城市では、未成年の逮捕者はほぼブラッド常用者と言っても過言ではない状況だった。



「あァ嗚呼ぁァあ嗚呼ァァァッ!! 離せ、離せ、離せェェェッ!!」


「……無様なモノだな」



あのガキの末路はもう決まっている。一度麻薬に手を出して前科者になれば、少年院から出所してもまともな人生が送れるはずがない。前科を持つ者に対して社会は冷たい。まともな職にも就けず、その苦しさから逃れるためにまた麻薬に手を出す。負のスパイラルだ。そこから逃れられるはずがない。


だからこそ、無様と呼ぶに値する。

麻薬に手を出す奴が悪い? 売る奴が悪い?

それは全然違う。見当はずれにも程がある意見だ。麻薬をキメようと何をしようと関係ない。警察に捕まる無様をする奴が悪い。どんな犯罪をしようと、捕まらなければいい。クソみたいな論理を糾弾する偽善者がいるだろうが、俺の論理がまかり通っているのが現実の社会だ。


だからこそ、潰したくなるんだよ……。


無性に湧き上がる破壊衝動を噛み殺し、俺は何食わぬ顔でその場を立ち去った。











「うわぁ~、本当に評判どおり美味しいです」


凪桜は幸せそうな表情で秋限定のマロンタルトを頬張っている。

それにしても、相変わらずの食欲魔神ぶりだった。すでに俺の目の前には皿の山が出来上がっている。この女、メニューを見るなり「このページのもの全部ください」と言い放ちやがった。


全く以って、凪桜という女はファンタジーだった。

これだけの量を食えることも然ることながら、全く太らないと言うのも信じられない。痩せた大食いってのは、一体どういう肉体構造をしているのだろうか。いずれ、ベッドの上で確認する必要があるな。


「お前の家のエンゲル係数は凄そうだな」

「大体九十九パーセントくらいです」


「どんだけ食ってるんだよ、お前……」


電気水道代その他諸々が一パーセントになるくらいの食費ってどんなものだ。というか、中学教師の稼ぎで実現できるレベルか。やはり、この女はファンタジーだ。


「何言ってるんですか、私は少食ですよ」

「どの口が言うか。お前には目の前の皿の山が見えねぇのか?」


「私より弟の方が食べます。私は一日米二キロしか食べませんが、弟は五キロ食べます。父も同じくらい食べますし、私は全然少食です」


米二キロ食う奴を世間一般では少食と呼ばない。

何よりオカズが含まれていなので、一日に消費する食材の総重量は一体どれほどになるのだろうか。

というか、凪家は全員大食いなんだな……。


「弟……、修二だったか?」


「はい、そうです。誰に似たのか、やんちゃに育ってしまって……。血気盛んな年頃だって言うのはわかるんですけど、もう少し落ち着いてほしいんですよ。考えなしというか、無鉄砲というか、そういう若さ溢れるところはそれはそれで修二の魅力なんですが、やっぱり……」


「お前の弟自慢は相変わらずだな。ウザいことこの上ない」

「先輩は相変わらず失礼ですね!」


こういう他愛もないやり取りに懐かしさは感じる。

だが、それだけだ。それ以外の感傷はない。今はいかにして凪を籠絡して利用するか。俺の興味はそれだけだった。


しかし、相変わらず凪のガードは固い。

たまに本気で男に興味がないのではないかと疑いたくなる。かといって特に女の方が好きという訳でもないらしい。重度なブラコンのため、まさか弟に気があるのではないかと考えたこともあったが、それを口にしたら殴られた。


「そういうこと失礼なこと言う先輩には、もう一ページ奢らせてやります。これで財布に大ダメージです」


さすがは凪だ。

注文単位がページという辺りが凄い。

別に喫茶店のメニューくらいで財布は痛まないが、周囲からの視線は痛くて堪らない。この女は明らかに食い過ぎだ。一人でナントカ伝説を達成する気だろうか。


「勝手にしろ」

「すみませ~ん! 注文いいですか?」


凪はにこやかな笑みでウェイトレスを呼ぶ。

俺も凪の視線に釣られてホールの方へと視線が向かった。そして、偶然来店したばかりの二人の男女と目があった。


最悪の偶然だ……。


俺は心の中で舌打ちをしつつ、その心情をなるべく表情に出さないように努めた。凪も俺とほぼ同時にその男女に気付き、満面の笑顔で手を振り出した。



「水穂先輩! 海原先輩!」

「……あら? 桜? それに、……東雲!?」

「東雲? ……あぁ、本当に東雲じゃねぇか」



二人の男女が俺達に気付いて手を振り始めた。

もはや今更逃げられないだろう。これは最悪の展開だった。

彼等は高校時代の友人達だった。普通の友人だったのなら、たとえば凪のような関係だったのなら、ここで偶然再会しても何も問題はなかった。だが、この二人とは極力顔を合わせたくなかった。


男の方は、海原奏。高校時代で一番親しかった友人といっても過言ではない。かつては俺と同じ静林学園高校の生徒会に所属しつつ、裏ではイベントサークル蛇を創設した仲間。一緒につるんで馬鹿なことも真面目なことも一緒にしてきた友人だった。そして、今は県警の組織犯罪対策課の刑事だった。


女の方は、清瀬……いや、今は海原水穂。奏と同じく高校時代からの友人であり、かつての生徒会の仲間だった。苗字から察せられると思うが、高校時代から付き合っていた奏と結婚している。今の職業は看護婦だ。



「久し振りだな、東雲。何年振りだ?」

「あぁ、久し振りだな。何年振りかは忘れたが、元気そうだな?」



面倒な話だが、俺と奏は数年振りに再会した友人であり、お互いの近況は何も知らない、ということになっている。俺はすでに奏の情報を知っているが、その事実を奏に知られる訳にはいかない。

知られてはいけない理由は、奏が刑事だからというだけではない。その理由については追々説明をしよう。



「……久し振りね、東雲」

「あぁ、そうだな」



水穂は一見微笑みつつも、冷たい眼光で俺を射抜く。

女の睨みで怯むほど軟弱ではないが、状況が面倒なことになっているため、俺は内心で溜め息を吐いた。


「同席してもいいか? あっ、いや、デートの邪魔しちゃ悪いか?」


と言いつつ、勝手に俺の隣に腰を下ろす奏。

相変わらず自分勝手な奴だ。


「別にデートじゃないから構いませんよ、海原先輩。あっ、でも、私達が海原先輩達のお邪魔になるかもしれないですね?」


「それは気にしなくてもいいわよ。というより、私としてはこの皿の山がある席に座るのに抵抗があるんだけど。桜、あんた相変わらずどういう胃袋しているの?」


「ごく普通の胃袋ですよ。私、少食ですから」

「馬鹿言わないで。どの口で言ってるの?」


水穂も凪の隣に座って、他愛もない話を始めていた。

今更俺が何を言ったところで逃げられそうにない。むしろ、下手に逃げても不審に思われるだけだろう。今は自然な対応でやり過ごすしかないだろう。

だが、後のことを考えると非常に頭が痛かった。



「そういえば、東雲は知らないか。俺達、結婚したんだ」

「ほぉ、そうなのか。おめでとう」


「お前、連絡先くらい教えとけよ。結婚式に呼べなかったじゃねぇか」


「結婚式なんて呼ばれても行くかよ。この俺が白ネクタイ締めて式場で涙ながらに拍手する姿なんて想像できるか?」


「はははははは! いや、むしろ見たかったね、お前の白ネクタイ。絶対似合わねぇだろうな。くくく……、やべぇ、想像しただけで笑えるわ……」


「勝手に笑ってろ」



面倒だな……。

どうにかさっさと切り上げられないだろうか。



「あぁ、それとな、俺今刑事なんだぜ。スゲェだろ?」

「刑事? へぇ、お前にしては出世したな。捜査一課か?」


「いや、組織犯罪対策課だ。ほれ、昔は捜査四課とか、マル暴とかって言われてたアレの名称が変わった奴だよ」



組織対策犯罪対策課、主に暴力団や銃器薬物を扱う組織犯罪に取り締まる部署だ。警視庁では刑事部から独立して組織犯罪対策部となっているが、ウチの県警ではまだ刑事部にある一つの課のままだ。


……薬物の取り締まり。

つまり、俺は奏の捜査対象になっている状態だ。

しかし、今はまだ尻尾も掴まれていないはずだ。ただ、街中に蔓延しているブラッドのことは当然知っているだろう。


「へぇ、組対か。危なくないか?」

「まぁ、それなりにな。最近は中高生をターゲットにしてドラッグを売り捌く悪党がいて手を焼いているんだ」


その悪党は目の前にいるぞ。

表向きには旧友の振りをし、内心では愚鈍な刑事を嘲笑っている。


「城山組でも外国人グループでもない別の一派が動いているみたいで、正直捜査は暗礁に乗り上げてる。そのくせ被害は広がる一方だ。この間はついに母校で事件まで起きちまったからな……」


母校静林学園で起こった事件。

ブラッド絡みの事件なら当然俺の耳にも入っている。

忌々しい事件だったと内心で愚痴るが、その心情は決して表情に出さない。そして、俺はそれをあくまで知らない風に装う。



「事件? 何があったんだ?」

「乱闘事件と……、学生の麻薬所持の発覚です」



凪が沈痛した面持ちで口を開いた。

この話題になれば、やはり凪の気分は重くなるだろう。当然の話だ。

事件を起こしたのは、凪の生徒だったんだからな。



「……一週間前の放課後、ある生徒が乱闘騒動を起こし、十六人の生徒を病院送りにしました。それだけでも結構な問題なんですが、その病院送りになった十六人の生徒全員が最近巷で流行っている麻薬を持っていることが発覚しました。そして、その乱闘を起こした張本人は失踪して行方不明に……」



あぁ、随分と派手にやってくれたよ……。

病院送りにされた連中の中には、静林学園付属中学内でのブラッドの販売を仕切っていた奴がいた。名前は何だったか? 確か、長谷川とか言ったか? まぁ、使えなくなった駒の名前なんてどうでもいい。


問題なのは、その乱闘を起こした奴のことだ。


一人で生徒十六人を病院送りにしたというだけなら、多少驚く程度で済むだろう。凪みたいな常識外れの強さを持っている奴を知っているからな。だが、その騒動を起こした奴は徹底して長谷川達を潰した。その常軌を逸した徹底振りに脅威を感じた。


……両腕両足の骨を粉砕して、物理的に動けないようにしやがったのだ。それを一人で十六人、誰かの制止が入るより早くやり遂げた。


ブラッドの製造者である黒澤拓摩は以前、警察でも暴力団でもない『追跡者』がいると言っていた。それは俺を殺すために配置された駒であり、恐るべき狩人である、と。おそらく、今回の乱闘騒ぎを起こしてブラッドを摘発した奴こそが『追跡者』なのだろう。




そのクソ野郎の名前は、佐渡逸樹……。




「更には、その生徒が失踪後、ブラッド……巷で流行っている新型麻薬を所持している若者が暴行を受ける事件が相次いでいやがる。結構噂になっているから、東雲も知っていたか?」


「ブラッド……? あぁ、もしかしてブラッド狩りの吸血鬼とか、悪魔殺しとか、そんなふざけた噂のことか?」


「おう、それだ!」



ブラッド狩りは実際、ナイト・サーヴァントを始めとして風城市の繁華街バベル・グラウンドでは大きな噂になっている。


ブラッドの主な販売先は二つ。風城市内の中高生とギャング集団ディアボロ。どちらも城山組組長の息子、伊崎誠が中心となって取り仕切っている。特にディアボロのガキ達への販売は伊崎が一手に引き受けていた。中高生には長谷川のように、その学校の生徒に売らせる場合が多い。

被害に遭っているのはディアボロの末端が一番多いが、学校の売人も何人か襲われている。売人の方はほぼ確実に目星を付けて襲っているようだった。


ディアボロのガキ達はまだいいが、売人の方を潰されるのは厄介だった。徹底的に壊されたせいで新しい売人になりたがる奴がいない。それに何より、ブラッドを所持しているだけで半殺しにされる可能性があるということで、ブラッドに手を出す者が激減した。



「随分と派手にやってくれてるみたいでまぁ……。ここまで傷害事件を起こされちゃ、警察の方でも放置できないぜ」


「……すみません、ホント……」


凪は本当に申し訳なさそうに頭を下げる。

こいつも面倒な生徒を受け持ったな。さすがにそれだけは同情する。


「いや、凪が悪い訳じゃないだろう。だけど、お前の教え子は捕まえないといけない。それだけのことをやっちまった」


「……えぇ、それはわかってます。でも、無理だけはしないでください。あの子、ホントに何をするかわからないので……。まぁ、悪い子といえば悪い子なんですが、それでも自分の中にある筋は通す子なので、何かしら考えがあって行動していると思います。ただ、その筋の通した方がちょっとアレというか……。もうちょっといい子になってほしいというか……。はぁ~……」


凪にここまで言われるとは、よっぽどの問題児なんだろう。

俺も初めて静林学園での騒動の話を聞いた時はさすがに耳を疑った。

相手がブラッドに手を出していたクズだとしても、十六人の人間の両腕両足の骨を粉砕するなど常軌を逸している。異常なまでの暴力性と十数人を易々と潰すことが出来る実力がまず信じられない。そして、奴はその異常なまでの暴力を見せつけることで、ブラッド販売の抑止力にしている。よほどの異常者に決まっている。


ようやくゲームらしくなってきたということか?

ブラッドを蔓延させる俺をいかにして追い詰める、佐渡逸樹?


お前の実力と恐ろしさは十二分に理解し、確かな脅威であることは認めよう。だが、どんな暴力であっても届かなければ意味はない。例え、その拳が鉄を砕くほどであっても、俺に当てなければどうにもならない。


さぁ、届かせてみせろよ、佐渡逸樹。

お前の狂気に満ちた拳を。





「…………ねぇ、いつまでそんな暗い話をする気?」





清瀬……、いや、水穂が冷めた表情で言った。

この女にとってはブラッドが引き起こす事件などには一切興味はないだろう。自分にとって興味のある話でなければ、まるで聞く耳を持たない。こいつは昔からそういう女だ。


「そ、それもそうですね。せっかく再会したんですし。もっと楽しい話題にしましょう」


俺としては関係者から詳細な話を聞きたかったが、さすがに探りを入れ過ぎると不審に思われるだろう。この辺りが引き際か。

凪が取り繕うように何か当たり障りない話題を出し、奏がそれを盛り上げる。俺と瑞穂は適当に相槌を打ち、その場は適当に盛り上がった。だが、俺達の間にはもはやかつての友情など存在しない。


もうあの頃には戻れない。

戻れるはずもない。


くだらない友情ごっこはその後、一時間近くも続いた。それは苦行のようにウンザリするものだった。











以前教えられてから一度も使ったことのない電話番号をプッシュする。

コール音が数回鳴った後、その人物は俺の通話に答えた。


「……君から電話とは初めてではないか? 嬉しいよ、東雲正義。

 どうだね? このゲームの恐ろしさを感じ始めたかね?」


偉大なる災禍の王に仕える従者、黒澤拓摩。

この男は自らをそう呼び、風城市を舞台にして謎のゲームを行なっている謎の人物。ブラッドの生産者ながらも自らは一切の利益を求めることなく、俺にブラッドを撒き散らせ、それをゲームと呼称して高みの見物をしていやがる。


この男については未だに何もわかっていない。

あれだけの純度の高い麻薬をいかにして生成しているのか。金銭目的ではなくゲーム感覚でブラッドをばら撒く理由は何なのか。そして、この男に背後にいる「偉大なる災禍の王」とは一体何者なのか。

全てが謎に包まれ、不可解な思惑を持った油断できない人物。


「……佐渡逸樹、奴は何者だ?」


「以前話した『追跡者』だよ。まぁ、佐渡逸樹が狙っているのは、君の命だけではないがね。我々も等しく命を狙われている。すでに知っていると思うが、彼と真正面から戦うのは愚の骨頂だ。今は随分と大人しくやっているようだが、君があれと戦って勝てる可能性などない」


……大人しい?

あれだけの騒ぎを起こしてか?


「これは心からの警告だ。我々にとっても、あの少年は恐ろしい敵だ。君がいかなる策謀を巡らそうとも勝てる相手ではない。あれを殺したいのなら、それこそ核弾頭でも用意しなければ話にならない」


「ただのガキ一人に何故そこまで怯える?」

「ただのガキではないからだよ。言っただろう、危険なのだよ」


……まぁ、いいさ。

こんなつまらない言い争いをするために、わざわざ黒澤に電話をした訳ではない。むしろ、黒澤がここまで佐渡逸樹に怯えているのなら、本題を切り出しやすい。


「……わかった。お前の心からの警告を素直に受け取ろう。

 それで、その佐渡逸樹が色々とやらかしてくれたせいで、こちらは随分と動き辛くなった。客は潰されるわ、売人は潰されるわ、こちらの急所を狙ってきてやがる」


「まぁ、向こうもこちらの意図を読んでいるだろうからな。君に話したルールの一つ、ブラッドの販売範囲だ。ゲームの舞台は風城市と限定されている。我々にしろ、奴等にしろ、この舞台でしか動けない」


「……なるほど。互いにルールを知らなければゲームは成り立たないってことか。いや、違うな。互いに知らなければいけないルールもあるといったところか」


黒澤から説明されるルールは三つ。

ルール一、ブラッドの販売範囲は風城市に限定する。

ルール二、ブラッドを使用させた者は全て報告する義務がある。

ルール三、追跡者に命を狙われる危険がある。


無論、その三つが全てのルールであるはずがない。俺が知らないルールは他に複数存在するはずだ。ゲームというなら、互いに勝利条件や他にも幾つかのルールがなければ成り立たない。俺はそこまでゲームに深入りする気はないが、それでも知らなければ出し抜かれる危険もある。また、知られれば黒澤にとっても痛手となる可能性もあるかもしれない。



「黒澤、お前に幾つか確認したいことがある」

「……ほう、何かな?」


「お前達は何故、ブラッドをこの街に撒き散らす?」



それは根本的な疑問であった。

金銭目的で麻薬を扱うなら理解できる。だが、ゲームなどという娯楽感覚だけで街中に麻薬をばら撒く意図は一体何なのだろうか。しかも、そのゲームには命の危険まで付き纏っている。



「……言っただろう? 王の戯れだ」

「その王とやらは何故、そんなことをする?」


「……我等が『黒き王』は絶対悪だ。人の苦しみに与える存在。そして、我等と敵対する『白き王』は曖昧な正義を抱える迷い人。苦しむ人々を放っておけない愚か者だ。……それで理由は充分だろう?」


「つまり、お前等の敵……、『白き王』とやらに嫌がらせするためだけにブラッドを撒いているって言うのか?」


「端的に言えばそうだ」



こいつ、迷いなく言い切りやがった。

相当に性格悪いと思っていたが、その考えは改めないといけない。こいつは……、こいつ等の性格は確実に腐ってやがる。



「まぁ、もちろん他にも理由があるだろうが、それらはオマケだ。別にドラッグでなくても構わなかった。利用できそうなのがドラッグであり、それを扱うことに非常に長けた有能な駒がいた。ブラッドを生み出し、ばら撒く理由はその程度のことだよ」



底が知れない連中だ……。

まるでファンタジーの住民と話しているみたいだ。


……。

…………。

………………。


ファンタジー、か……。下らない想像をしたな。



「理解に苦しむな」


「最終的な目的は、白き王を屈服させることだ。ブラッドは、そのための布石だと思ってくれればいい。正義の味方とやらは、無知な無価値な人間達の苦しみをいちいち救いたがるものだからな」


「なるほど。まぁ、俺はそこまでゲームとやらに深入りするつもりはない。貰えるモノさえ貰えれば充分だ」



ブラッドの利益だけですでに一千万を超えている。かつて企業戦略事業部で扱っていた金額と比べるとまだまだだが、個人で扱う分には充分過ぎる金額だろう。だが、その程度の金で俺の渇望が満たされるはずもない。



「……だが、今の俺は売人と客を押さえられて動き辛い。今のままだと、お前達が望むほどの成果は望めない。そこで、お前達に提唱したいことがある」


「……ようやく本題か?」


「俺はこれから利益度外視で大量にブラッドをばら撒いて、ブラッドの使用者……、いや、ブラッド感染者を増やしてやる。正義の味方が嫌がるような場所を重点的に、な。普通にブラッドを売り捌くだけでは考えられないくらいの人数をブラッド感染者にしてやる」


「ほぅ……。それで?」

「五億だ。その報酬として、五億用意しろ」


「面白い提案だ。だが、報酬は歩合制にしよう。今後、ブラッド感染者が一人増えるたびに五十万を出そう。千人以上の人間にブラッドを使わせれば、元を取れる計算だ。それ以上の人間にブラッド感染させれば、それ以上の報酬を用意しよう」



……あまりに簡単に交渉に乗ってきたな。

何か裏があるのか……? そもそも金を払う気などないか……?


「心配しなくてもいい。契約は守る。そうだな、信用できないのなら、君が先程提示した五億を先払いしよう。それで、どうかね?」


「…………」

「全く用心深いな。我々にとって人間の金などに対した執着などない。我々が望んでいるのは、多くの人間の苦悩と絶望だよ」


「その多くの人間の中に俺は含まれているのか?」


「君は人間といえども、こちら寄りの存在だろう? 安心したまえ。我々は仲間に対しては寛容だ。そもそも、我々には君を殺す理由などない。君は我々について何も知らないに等しいのだからな。君が我々を裏切ったとして何の痛手もないし、君がこのまま我々の依頼を放棄したとして別に構わないのだよ。君の代わりなど幾らでもいる」


……相変わらず気に入らない野郎だ。

だが、今はそれで納得しておいてやろう。

先払いの分だけでも充分だが、貰える物は貰えるだけ頂こう。ただし、こいつ等との縁はそれで終わりだ。



「用件は以上か?」

「あぁ……」


「では、これで失礼する。君の活躍を期待している」



それだけを言うと、黒澤は通話を切った。

と同時に俺の携帯電話から喧しい着信音が鳴り響いた。通話中からこのキャッチには気付いていたが、相手が誰だかわかっていたので無視していたのだ。


やれやれ……、面倒だ……。

改めて着信相手の名前を見て、その鬱陶しさから深い溜め息が零れた。軽い頭痛を感じつつも、俺はその着信に応じた。

予想どおり、五月蠅い金切り声が俺の鼓膜を突いた。女の甲高い叫びはそれだけで頭痛を助長させる。


適当にその声を聞き流し、俺は口を開いた。



「……黙れ。奴隷の分際で主人に楯突くのか? いいか、お前みたいな薄汚いメスブタが俺の行動にとやかく言う資格などない。自分のその醜い裏切りを棚に上げ、この俺に意見をするだと? 調子に乗るのも大概にしろ。

 俺は無能に興味などない。今も昔もお前は凪の足元に及ばない無能だ。ご褒美が欲しいなら、それなりに役立つところで見せてみろ」



ようやく鬱陶しい金切り声が止んだ。

そろそろこの女を切り捨てる頃合いだろう。どうせ股を開く以外に何の役にも立たない女だ。さて、どうやって始末を付けるか。


……ふむ、面白いことを思い付いた。

どうせなら、最期くらいは俺の役に立ってもらうか。これまでの迷惑料代わりに、な。



「お前に仕事をやるよ。……なぁ、水穂?」






Tell the continuance in hell…


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