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地獄の階段は賑やかに登れ(前編)

世界で一番有名な薬物依存者は、シャーロック・ホームズだろう。


どんな善人面をしている奴だろうと、一度ドラッグの魅力に取りつかれたら終わりだ。薬物依存になってしまえば、もう二度と後戻りは出来ない。薬物依存は、症状が回復することがあっても完治はない。


アルコール依存症もニコチン依存症も薬物依存に分類され、脳に障害を負った状態なのだ。辞めたいのなら、それなりの覚悟と精神科の通院をお勧めする。


まぁ、俺は立派な薬中だが、辞めるつもりなど更々ない。


俺とドラッグの出会いは……、まぁ大して面白い話でもない。夢に破れ、社会に裏切られた末路という奴だ。語って聞かせる話でもない。


それより、ドラッグの話をしよう。


俺が最初にキメたドラッグは、マリファナ(乾燥大麻)だった。

路地裏に転がっていた中東系の外国人から*万円で買った物だ。その時は相場を知らなかったので、かなりボッタクられていた。あの時はまだ麻薬全般は全て高いと勘違いしていて、まさか後に*千円で買えるとは思ってもみなかった。


グラム数万単位の高価なドラッグ、ヘロインやコカイン等が存在するのも確かだが、ゲートウェイ・ドラッグと呼ばれる大麻は実際大した値段ではない。まぁ、大麻でも質によって高い物はある。最近流行りの合法ドラッグ、錠剤型のMDMAなどはかなりの安価だ。


つまり、ドラッグにもいろいろな種類があるということだ。


麻薬というと注射のイメージがあったが、その時買ったマリファナはジョイントだった。だからこそ、抵抗感なくキメられたのだろう。


ジョイントとは、乾燥大麻や大麻樹脂などを煙草の巻紙に包んだ物だ。見た目は完全に煙草だ。元々マリファナはスペイン語で安い煙草を意味する。


実際、最初の感想は安い煙草を吸っている気分だった。

少しずつ酩酊感というものを感じられたが、質が悪かったせいかそれほど気持ちいいとは思わなかった。気分は多少ハイになった気がする。だが、その程度の効き目だった。


大麻はソフトドラッグに分類され、依存性で言うなら煙草の方が上である。実際、オランダでは大麻のようなソフトドラッグの使用を許可されている。大麻好きはオランダに永住するか、もしくは東南アジアを歩きまわるといい。


(作者注:日本国籍を持つ者は、たとえ海外であっても麻薬を使用すれば法律で罰せられます)


大麻の取り扱いに関する法律は、大麻取締法だ。

ちなみに、この大麻取締法で規制されているのは、大麻草及びその製品と、大麻樹脂及びその製品だけだ。成熟した茎及びその製品や、大麻の種子及びその製品を除かれている。


また、大麻は無許可で栽培してはならないと規定されている。

逆の言い方をすれば、許可があれば栽培してもいいのだ。実際、大麻の栽培は許可制である。許可さえあれば、日本国内でも大麻の栽培が可能だ。


大麻はおもに栃木県で栽培されている。もちろん麻薬製造をしている訳ではなく、禁止されていない茎や種子の製品を作るためだ。おもに麻布や衣服等だ。また、栽培されている大麻もTHCテトラヒドロカンナビノールをほとんど含んでいない改良品種だ。


それと、現在でも野外に大麻が自生しているのだが、それを無許可で採取することも禁止されている。大麻は正直好きではないのだが、その辺に生えているなら是非とも頂きたい。しかし、さすがに市街地近くには生えていなかった。東南アジアの田舎では当たり前のように生えているらしいが。


(作者注:もし、日本国内で自生する大麻を見つけた場合は、速やかに役所に連絡をしてください)


仮に自生している大麻を見つけても、自分でキメるつもりはなかった。前述したが、大麻は嫌いなのだ。ハッパという俗称があることからわかるように、草っぽいのだ。いかにも安物って感じのも頂けない。仲間内でマリファナ好きがいるから、そいつに高値で売ってやるつもりだった。


しかし、やるとしてもそれくらいだ。大麻如きで商売はする気はない。


言うまでもなく麻薬ビジネスは暴力団の市場である。奴等と警察は縄張り意識が強い。仲間内での売買は見逃してもらえるだろうが、シャバでの商売は命が幾つあっても足りない。一時期インターネット上で流行った種屋なんてのは確実に足が付く。インターネットでの取引は情報交換の記録が確実に残ってしまうので、暴力団の脅威はないが、警察の脅威がある。


もし、麻薬ビジネスに手を出すなら、命を賭けるだけ見返りと勝算がなければ絶対に出来ない。


俺達のような小物にとって一番恐ろしいのは、麻薬を取り締まる法律ではない。麻薬を取り扱う組織の反感を買うことだ。法律を犯したところで、せいぜい十年程度の懲役。しかし、組織の反感を買えば、それは確実な死に繋がる。


今俺が住んでいる街は東京ではないが、それなりの大都市だった。ドラッグを取り扱う組織は、暴力団と外国人グループの二つ。互いに牽制しつつも大規模な抗争にはなっておらず、小競り合いをしつつも縄張りの住み分けをしている、というのが現状だった。


街の勢力圏については、またいずれ別の機会にでも話そう。

先程少し触れたが、麻薬を取り締まる法律について少し説明しよう。


ドラッグに多くの種類があるように、取締法もドラッグ毎によって区分けされている。麻薬五法と呼ばれ、麻薬及び向精神薬取締法、覚せい剤取締法、大麻取締法、あへん法、国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(略称は、麻薬特例法)がある。


国内でもっとも流通しているのは覚せい剤のため、覚せい剤取締法は比較的、厳しい法律となっている。営利目的の輸入や売買では最高で無期懲役刑までの規定があるが、実際はほとんど十年前後の懲役で済む。また軽いのは大麻取締法だ。こちらは営利目的の栽培が最高でも懲役十年になる。


ただし、世界的に見れば日本の取締法は甘いと言わざるを得ない。中国で邦人の麻薬売人が死刑になったニュースがあったように、麻薬ビジネスで痛手を被った経験から、どこの国でも薬物関連の最高刑は無期懲役刑以上が一般的だ。


日本は麻薬で稼ぐには実に安全な場所だった。失敗しても十年程度の懲役で済む。欧米諸国のように警察と麻薬組織の間で銃撃戦が行われる訳でもない。それに、やはり金を持っている連中が多く、興味を持っている者も多いので、収入も相当な額になる。


ドラッグを気楽に楽しむというなら、東南アジア系の方がいいだろうが、稼ぐという点ではいまいちだ。




さて、それではそろそろ話を現実に戻そう。

始まりは、この不気味なドラッグだった。




「……赤いエクスタシーにしか見えねぇぞ?」


「ペケじゃねぇよ! そいつはすげぇぜ! マジすげぇ!」



エクスタシー、ペケはそれぞれ同一の麻薬の通称だった。メチレンジオキシメタンフェタミン、すなわちMDMAことだ。最近流通量が増加している錠剤型麻薬だ。フェネチルアミン系のデザイナードラッグで、分子構造は覚せい剤 (メタンフェタミン) に類似している。見た目は錠剤というよりラムネ菓子に近い。また丸い形から玉という通称もある。


MDMAは元々心理的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療薬だったが、ドラッグと向精神薬は効果的に大きな差はない。問題は依存性や中毒性、社会的な影響などだ。


そして、現在流通しているMDMAは違法製造されている物がほとんどであり、薬としての純度は高いものではない。また、有害な成分も混入している可能性も高いので、ある意味で致死性がもっとも高いドラッグだった。


また、エクスタシーという通称はMDMAに限らず、錠剤型麻薬全般に使われている。というより、錠剤型麻薬が必ずしもMDMAで限らない。錠剤みたいなモノは、とりあえずエクスタシーやら玉やらと呼んでいる。


安価で入手しやすいドラッグであるが、その危険性から俺はあまり手を出さないようにしていた。



「で、これは何だ?」



俺は手の中にある鮮血色のラムネ菓子みたいなモノを転がしながら、目の前のロクデナシに訪ねた。


まぁ、奴は頭のネジが数本飛んだ薬中なので、まともな話が聞けるとは思っていなかった。そもそも年中ラリっている男の話に信憑性などあるはずもないので、せいぜい暇潰しのネタにでもするしかない。



「聞いて驚け! これがあの伝説のブラッドだよ!」

「あぁ~、はいはい……」



いきなり眉唾話が出てきた。もう聞き流し決定だ。

ブラッドの話は聞いたことがある。いわゆる都市伝説だ。それも、この街の薬中の間だけで流れているロクでもない噂。


伝説のドラッグ、ブラッド。麻薬の王様ヘロインを超える酩酊感を得られて、神如き力を得られる謎のドラッグ。


とにかく胡散臭い噂の絶えないドラッグで、見た目は粉末やら錠剤やらいろいろ言われているが、その色は必ず鮮血のような赤色らしい。おそらく名前の由来もその色から来たと思われるが、噂だと崇高な王の血を混ぜてあるから、だとか。神如き力という奴も誇張以外の何も出もないだろう。曰く、このドラッグを使うと口から火が出る、目からビームが出るなど、もはや冗談にしか思えない話さえ囁かれていた。


当然根も葉もない噂に決まっている。そもそもラリった連中の噂を本気で信じるなど、あまりに馬鹿げている。



「少しは食い付けよ! つまんねぇ奴だな!」


「お前、ブラッドなんて眉唾が実在していると思ってんのか? お前がイカれたシャブ中なのは知ってたが、そこまで狂ってやがったのか?」


「俺だって本気で信じている訳じゃねぇよ。ただ、それが実際にヘロイン並に強烈なクスリで、なおかつ伝説に違わない見た目をしてる」



ロクデナシは獲物を狙う獣のような眼光のまま口角を上げた。笑みというには不気味すぎる顔だった。笑っているように見えない理由は不細工な面だけでなく、その瞳に宿っている狂気も原因の一つだろう。


年中ラリってるロクデナシが今日は随分とまともな思考をしていたことに驚いた。



「それが本物であるかはともかく極上の効き目は保証できる。俺も実際に試した。その辺のペケとは雲泥の差だ」


「つまり、売れる、と?」

「あぁ、売り方次第だが、ヤクザを敵に回すだけの価値があるぜ」


「くくく……、いいねぇ……。最高に痺れてきたぜ」



極上のコカインをぶち込み過ぎたみたいに手足の末端が痺れ、最高の昂揚感が全身を包み込んだ。


無能なヤクザ共を出し抜き、麻薬で一攫千金を得るなんて、まさに夢物語と言っていい。それこそ、ブラッドの噂話みたいに現実感のないことだった。


しかし、だからこそ面白い。


目の前のロクデナシは、ドラッグの評価だけは確かな男だ。どういう理屈かは知らないが、今俺の手の中にある赤い錠剤は噂のブラッドと言っても遜色がないほど高い効果がある。


この胡散臭い赤い錠剤は、使い方次第で巨万の富を得られる。


今度こそ輝かしい未来を掴んでみせると意気込むと同時に、苦い過去が脳裏を過ぎった。夢が叶う直前で病気に泣き、順調な昇進の途中で手酷い裏切りにあった。どれも心に深い傷を残した出来事だったが、これから得られる富を考えれば、どちらにも瑣末な過去だった。



「ブラッドにならグラム数十万だって出すって奴は何人もいる。その中から支払い能力のある奴を狙って……」


「馬鹿、それじゃ駄目だ」

「はァ? 何が駄目なんだ?」


「それは後で説明してやるが、その前に確認することがある」



これからの事態を確認して、俺は本棚にある書籍を探る振りをしながら、ある物を懐に忍ばせた。



「売ろうなんて企んでやがるってことは、仕入れのルートがあるってことだな? まずはそれを話せ。どれだけの量をどれだけの値段で仕入れられるのか。そもそも、この胡散臭いモノを作っている奴が誰なのか。そういう事柄全てを話せ。じゃなきゃ協力は出来ねぇ」



正直、このブラッドを作った奴が誰かなど興味はないのだが、このロクデナシより優位に立つために、奴から全ての情報を聞き出す必要があった。


このブラッドの売買は間違いなく巨額の金が動く。しかも、このロクデナシは暴力団を敵に回すと宣言している。ということは、暴力団以外の勢力がこのブラッドを製造し、俺やこのロクデナシを使って何かを企んでいる。


パシリにされるのは御免だ。しかし、目の前にある金の卵を無視できるはずもない。



「はっ! 言える訳ねぇだろ!」



ロクデナシが拒絶するのは予想の範囲内だった。

問題はその言葉ではなく、奴の表情から見とれる真意の方だ。


この男が仕入れルートや黒幕のことを答えないことはわかっていた。というより、初めから知っているはずがないのだ。所詮、こいつは巨大な陰謀を持つ者に煽られただけのパシリだ。


それを確認するための作業だ。こいつが本当に何も知らないかどうか確認できれば、こいつから得られるモノなんてない。



「そうか。じゃあ、死んどけ」

「あァ……?」



奴のこめかみに、先程懐に潜めた『それ』を押し付けた。ロクデナシは『それ』を見ても『それ』が一体何なの理解できず、逃げることも悲鳴を上げることもなく、馬鹿みたいに呆然としていた。


パスッと思ったより大きい音が鳴ってしまい、俺は軽く舌打ちをした。


人間なんて軽い。

少なくてもトリガーを引く力と同じくらいだ。


床に染みが出来るのが嫌だったので、崩れ落ちるロクデナシの身体を掴んで、そのまま引き摺って風呂場に転がせておいた。あそこなら、いくらでも洗い流せる。


俺は手に持った自動拳銃、その銃口に取り付けた自作のサプレッサーを見つめながら小さく溜め息を吐いた。


思ったより消音効果が得られなかった。しかし、音自体はそれほど大きくなかったので、音が聞こえた範囲はせいぜいアパートの中までだろう。このアパートの住民は日中ほとんど出払っているし、聞こえたとしても白昼堂々と発砲したなんて想像もしないだろう。


サプレッサーの減音原理は、バッフルと呼ばれる細かな空気室を多数設けることよって、銃口から発せられる燃焼ガスの勢いを殺すことにある。元々、サプレッサーでは完全な消音は出来ないのだ。



「さて、死体の始末は後回しにするとして……」



俺はロクデナシのポケットから、鍵と携帯電話、ブラッドが入っている容器を取り出した。とりあえず必要な物はこれくらいだろう。


この馬鹿も最期には俺の役に立ったな。あの世で誇っていいぞ。



「とりあえず、こいつの家を漁りながら連絡を待つか。あぁ、そういえば、女と同棲中とか言ってたな? じゃあ、ついでに犯しておくか。何か知っているかもしれねぇし、知らなかったから殺せばいいだけだ。まぁ、何か知ってても犯すし、殺すけどな。くくく……」



自然と笑みが零れた。

久し振りにドラッグ以外の事柄で気分が最高潮に達した。

これから危ない橋を幾つも渡ることになるが、実に充実した楽しい日々になりそうだった。


馬鹿な連中を絶望のどん底に突き落としてやることは、どんなドラッグをキメるよりも気分がいい。


この血染めのドラッグがどれだけの破滅をもたらすのだろう。想像するだけで遠足を待ち侘びる子供のような気分になれた。無垢な子供が虫けらの羽を毟り取るように、俺も無知な連中の希望を踏み躙ってやる。


さぁ、楽しい楽しい喜劇の始まりだ……。






Tell the continuance in hell…


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