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終着駅



先生と、最初に結ばれたとき。

同じように強く目を閉じた。

初めての恐怖と、新たな関係への困惑と。

歓喜と。

どうしていいかわからずに、心臓だけがバクバクと音を立てていた。


今は。

違う恐怖で心臓が悲鳴を上げる。



――助けてっ!



ガチャン


「!?」

玄関のドアが開く音がかすかに聞こえた。

すぐさま男の手が浮く。

階段を登ってくる音がすると、男は目だし帽の奥で、「チッ」と舌打ち。

体から、男の重みが消える。


「一人暮らじゃなくて、助かったね、子猫ちゃん」

そう捨て台詞を吐くと、男は冷静に窓の鍵を開けてベランダから飛び降りた。

どすん、という大きな着地音が階段を上る彼にも聞こえたのか、

「どうした!?」

あたしの部屋のドアを壊さんばかりに、彼が走りこんできた。

「…っ」

あたしの状況を認めると、彼の表情がこわばる。

「恭子!?」

「い、今泥棒が…」

声がかすれる。

「何かされたのか!?」

ぎゅ、と抱きしめられた。

暖かい。

そして、お酒くさい。

「ちょっと、触られた、だけ」

「触られただけ、って、そんな冷静に答えるな!」

思わぬ怒気。

「今追いかけたら、まだその辺にいるかも…」

「いい、恭子が大事だ」

もっと、強く抱きしめられる。

「恭子が無事であることが、無事で俺の腕の中にいることのほうが、犯人を追いかけることなんかよりよっぽど重要だ!」


気付くと、体が震えていた。

「ごめん。もっと早く帰っていたら…」

そして謝罪。

涙が、溢れた。



落ち着いてから家の中を捜索すると、1階のリビングの窓が割られていた。

警察に通報し、1時間ほど現場検証と簡単な事情聴取が行われたが、深夜ということもあり、詳しい調書は後日取るということになった。

「娘さん無事でよかったですね」

「…すいません。ありがとうございます」

彼は、何の訂正もせずに警察にお礼を言った。


警察が帰ったあと、二人で暖かいココアを飲む。

「ごめんな」

「…あやまることないよ。でも、ちゃんと妻ですって言ってもいいのに」

「そこが不満?」

苦笑いしながら、あたしに付き合ってあまいココアを飲む彼。

「今日は、いいかなって思って」

「…。明日、ちゃんと聴取されたら驚くよ、警察の人」

「そうだな」

「あたしこそ、ごめんね」

「何がだい?」

「ん、なんでもない」

結婚式の事で悩んでいた罰のような気がした。

なんて言えない。

子供みたいで。

「なんで、得度してたこと、教えてくれなかったの?」

「得度してようが、していまいが、俺と恭子の関係に変化はないと思ったからな」

しっかりと、自分の意見を持つ彼が好き。

大人の男の人で、世代も違って。

頼りになって。

あたしを、大切にしてくれているのはすべてで感じる。

「結婚式、さ」

「ああ」

「あたし、教会式がいいな、ってずっと憧れてたんだ」

「…そうか」

「仏式って、どんなのか調べてみてね、ちょっと困惑したんだけど、別にあたしキリスト教徒じゃないし、多分仏教徒だし」

「うん」

「仏式でも、いいよ?」

「それは、恭子の妥協になるのかな?」

妥協はさせたくないって思っていたけど、自分が妥協するのも嫌。

「息子」にも言われた。

話し合ってみろと。

「妥協、じゃなくて…。考えてみたらさ、式って1時間もないわけでしょ?」

「そうだね」

「あたしがやりたいのは、ブーケトスと、ゲストハウスで披露宴。もちろん純白のウエディングドレスを着たいの」

「…うん」

「それって、披露宴会場でやれるよね?イベントとして」

まだ少ししか考えていないけど、そんなプランが練れるのか、分からないけど。

「あたし、どれだけ守られてるのか、大事にされてるのか、今日、ほんと分かったんだ」

多分、あんな事件がなければ、たどり着くのにもっと時間がかかったであろう答え。

「折衷案っていうの?まさかお寺で披露宴とかやらないだろうし。あたしも、あなたが大事なの」

自分の気持ちを言葉にしながら、あたしは彼の顔を見れないでいる。

どんな表情であたしの言葉を聴いてくれているのだろう。

否定されるだろうか。

得度は、前の奥さんとの関係の中での結果であって。

それを自分のものとして大切にしている彼の考えに、嫉妬めいたものもあったのは確かだけど。

「大事だから。あたしとの関係を大事にしてくれているって分かったから…」

あたしも、自分を大切にしないといけないって、思うから。

言わないと。

対等に。

妻として。

「あたしも、あなたが大切だって示したいの」


「恭子…」

「あなたが大切にしているものを、あたしにも大切にさせて欲しいの」

ふと。

ほほに彼の手が触れる。

四十代の男の人の手。

ちょっと乾燥していて、ペンだこがあって。

やさしく、あたしに触れる手。

彼の目に、あたしが映る。

「恭子。ありがとう」

まっずぐに。


そんな彼がいとおしくて。

告白した時から変わらない。

ダンディで、やさしいまなざし。

あたしを、愛してくれるまなざし。

「俺も、君を大切にする」




結婚式でその言葉を聞く事になるのは、もうしばらく先の話。

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