乗換駅
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「恭子編」
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結婚式をするなら、絶対にゲストハウスで。
真っ白な教会で、みんなの祝福の中キス。
披露宴も、ホテルとかじゃなく、ハリウッドの映画に出てきそうなプールのある豪邸でパーティーがしたい。
「俺、仏教徒だから教会式はしないよ?」
「え」
一瞬、何言ってんのこの人、とか思ってしまった。
そんな乙女の夢を打ち砕くような発言、許されると思っているのだろうか。
あたしは、20歳も年上の彼の顔をマジマジと見つめる。
眉間に変な力が入る。
「いまどき、仏教徒だからって教会式しないなんて人、いるんだ…」
「少なくとも、俺はね」
「クリスマスは?お正月は?」
「クリスマスは別に、宗教と関係なく過ごしているし、お正月はお参りに行かないくらいで他は普通だと思うけど」
親子ほどの年の差で、さらに教師と生徒という関係で、あたしたちは運命の出会いを経てお付き合いをしている。
いろいろなギャップを経験してきたけど、今回は最大級に近いくらいの衝撃を受けた。
親戚の結婚式では、教会っぽい雰囲気の場所で「人前式」というスタイルがあったけど。
「まさか、仏式でやるとか言わないよね?」
高校を卒業して、入籍することになって。
式は絶対にやりたい、と話はとんとん拍子に進んでいる気がしていたけど。
なんだか、波乱の予感。
「俺の希望としては、そうしたいけど。別に君が嫌だというなら妥協する」
妥協!
家業が住職というならまだしも、普通の物理科教諭だというのに。
なんでそんなところにこだわるのかが分からない。
よりにもよって、あたしのために妥協とか!
子ども扱いされている気がして、嫌な気分になる。
「…考えさせてください」
ここで駄々をこねて怒るのも癪だし。
「分かった」
彼を、怒らせるのも論外だ。
今のあたしの精一杯の手は、考えることだ。
「というわけですよ」
『ははははは』
電話の向こうで、「息子」が盛大に笑っている。
彼には、死別した前の奥さんとの間に子供がいて、しかもあたしとは幼馴染で。
年はいっこ上だから、お兄ちゃん的存在。
でも、入籍したら「息子」になる。
「ちょっと、真面目に相談してるんだから!」
その息子は、今京都の大学に進学して、せっせと学生ライフを謳歌している。
『親父さー、得度してるんだよね。聞いてない?』
「トクド?…なにそれ」
『平たくいえば、坊さんの資格もってんの』
「なんで?」
『母さんが死んだときに、なんつうか、思うところがあったみたいで』
前の奥さんは、病気で亡くなったと聞かされた。
闘病生活は3年ほどだったらしいが、小さな子供を育てながらの3年は、とても長かったと語ってくれた。
『通信で勉強できるんだよ。そんで、めでたく資格ゲット』
簡単に言うが、軽い気持ちで合格できるようなものではないだろう。
奥さんを思い、成仏を願い、資格を得たに違いない。
そんな人だ。
あたしの大好きなあの人は。
「だから、教会式はだめなの?」
『ダメじゃないだろうけど、気分的に、ほら、得度までしてるんだしね』
「真面目だもんね、あの人」
『そんな親父が好きとか、俺に言わないでよ?』
「なによ。当たり前じゃない。じゃなきゃ結婚しようとか思わないわよ」
『恭子さー、ほんっとに親父でいいわけ?今更だけど』
「だって、好きになっちゃったんだもん」
『物好きだよなー』
「いいじゃない」
『だったらさ、ちゃんと向き合って、話し合ったらいいと思うけど?』
電話口の声が、急に真剣になる。
そのトーンは、親子そっくり。
『親父は、恭子のためなら妥協するって言ってるんだろ?』
「それが嫌なのよ。二人の式なんだもの」
『ちゃんと意見をすり合わせてみれば。妥協っていうのは、互いの希望をちゃんと取り入れる意思があるってことだろ』
「…」
『子供扱いしてるのとは、違うと思うよ』
その意見に、年の差を感じた。
「あたしは、やっぱり子供じみた考えをしてる?」
『話が出た時に感情的になって喧嘩しなかったんだから、十分だと思います』
声に苦笑いが混じっている。
『いい式が、できるよう祈ってる』
「…ありがと。いい子だね」
『ははは!馬鹿かお前は!』
笑ってくれる。
本当に、いい「息子」だと思う。