停車駅
結局。
遊びに出かけた友人たちと街で合流することはなかった。
延々と、それはもう途中から智子さんが疲れているのにも気づかないフリをして、ブースに居座ったから。
俺って、こんな積極的だったっけか。
とは思ったが、別に「付き合って」とも「好きなんです」とも言えていない。
ただ単に、少しでも長く傍にいたいと思っていただけ。
消極的なアピール。
帰りの新幹線の中で、友人たちは爆睡している。
カラオケに行ったとか言っていたが、そんなの京都でなくてもできるのに、と思うのは俺だけだろうか。
俺は、一人興奮冷めやらぬなんとか、という状態で目がさえている。
あの大学に進学しよう。
幸い、総合大学だけあって学科は多い。
国文でなくてもいい。
もう一度、智子さんに会いたい。
:::
俺の家族は、父親が一人。
母親は、小学生のときに病気で死んだ。
さびしい思いは何度と無くしたけど、今となってはその事実を受け入れ生活している。
本日の夕食は、寿司とピザのデリバリー。
なんて組み合わせだと思ったが、親父にとって今日は特別らしい。
皿が3人分用意してある。
特に、死んだ母親の誕生日でも、命日でもない。
ましてや親父自身や、俺の誕生日ですらない。
結婚記念日?
よくわからない。
「あのさ、親父。俺の大学進学のことなんだけど」
「まぁ、みのり、座りなさい」
「…」
妙に緊張しているな、と親父の表情が硬く感じられた。
俺は、おとなしく決まった席に着く。
「実は、父さんな、再婚しようと思っている」
「へ?あ、まぁ良いんじゃない?」
驚きはしたが、母が死んでもう10年以上たつ。
男盛りの身をもてあましても、しょうがない。
石原プロの俳優みたいに、ダンディズム溢れる親父は近所でも人気が高い。
主に、中高年にだが。
「ただ、実際に籍を入れるのはあと1年ほど先になる」
「なんでさ」
その話を聞きながら、ピンと来た。
今日、この食卓に相手を呼んでいるに違いない。
「俺が高校の教師をしているのは、知っているだろう?」
「また改まって何。あ、同僚とか?」
親父は、物理教師として県内の公立高校に勤めている。
ありがたいことに、俺の物理の点数は親父譲りだ。
「お向かいの、真柴さん、よく知っているな?」
「あー、恭子が親父の高校行ってるよね」
お向かいの真柴家とは、家族ぐるみで仲が良い。
ひとつ年下の恭子は、親父が勤める高校に進学していた。
「…それで?真柴さんちの紹介?確かおばさんに妹さんいたしね」
恭子の母親には妹がいて、確かまだ結婚しないのよーと世間話していた気がする。
「…実は」
なぜか、親父はいいどもった。
「実は、その、恭子さんとお付き合いしている」
―――お茶飲んでなくてよかった。ふき出すところだった。
いや、心配するのはそこではない。
「はぁ!?」
恭子は高校2年生。
それは犯罪ではないのか?
まて、本人同士が合意の上なら問題はないか。
って、違う。何考えてんだ俺。
落ち着け。
「入ってくれ」
親父の案内に、そっとリビングのドアが開く。
そこには、白のワンピースを身にまとった恭子が立っている。
一瞬、親父の腕に抱かれる恭子を想像してしまい、罪悪感を覚える。
「ごめんね、みのりちゃん」
恭子が、恥ずかしそうに頭を下げた。
「謝る話じゃないけどさ…」
「ホント?許してくれる?」
許すも何も、それは真柴の両親の裁量だろう。
俺は、親父を見た。
真剣な顔。
すべてを覚悟している、そんな風に。
「いつから…」
俺の疑問に、親父が口を開いた。
「彼女が入学して、すぐだ」
それって、もう2年も付き合っていたということか。
「先生は悪くないの!あたしが好きになったの!」
どこのドラマだ。
この展開。
しかし、恭子が親父みたいなのを好きになるなんて。
「恭子、なんで親父なの」
「え、だって。とても笑顔がかわいいのよ?」
どき。
心臓が跳ねた。
「授業で、物理の話してる先生、とっても輝いてるんだもん」
俺の智子さんが気になった理由とかぶる。
「あ、そう」
戸惑って、ぶっきらぼうな返事になってしまった。
「で、今日はみんなで会食をしようと思ってな」
「今日ね、あたしの誕生日なの」
なるほど。
「恭子が高校を卒業したら、結婚しようと思っている」
約束を、家族と一緒に。
親父の魂胆が読め、納得する。
来年の今頃は、俺は大学生だ。
「俺さ、京都の大学に進学しようと思ってんだ」
この前そう宣言したとき、何か考えているなとはうすうす感じていた。
家を出ることに反対されるかと思ったが、そういうわけか。
いいタイミングというやつである。
「そっか…。まぁ、いいんだけど俺は」
どちらかといえば、真柴のおじさんおばさんの反応が怖い。
「恭子んちはどーなの。普通一回り以上年離れてたら反対するでしょ」
「うち?」
恭子は、肩をすぼめていたずらした子供のように笑った。
「崎本先生なら大歓迎!だって」
「…」
親父の人気に万歳である。