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始発

こちらは「電車のおかげ」という小説の続編というか番外編です。

単体でも読める作品だとは思いますが、よろしければ「電車のおかげ」本作も合わせて読んでいただければ幸いです。

「電車のおかげ」http://ncode.syosetu.com/n4778n/


その出会いの奇跡を、なんと表現したらいいのだろう。



「電車のおかげ」



その一言に思い至り、心拍数が上がった。

車庫に入った電車の中で、一人の女性客が眠っている。

なんとも気持ちよさそうに。

クロスシートの片隅に、うずもれるように。

かくれんぼ中の子供のようだ。

車掌が巡回をサボったのか、乗客を乗せたまま車庫に入ってしまうなんて、滅多に起こることではない。

その車両点検に入るシフトがたまたま自分になるなどという偶然も。

そのシートで眠る女性が、顔見知りであるという偶然も。

「お客様?」

意を決して声をかける。

目を覚ます気配は無い。

そっと、肩に触れる。

丸く、小さな肩。

「お客様?大丈夫ですか?」

びくっ

女性の体が痙攣のように震えた。

こちらも、瞬時に手を引っ込める。

「ひゃっ!え!?ここどこ!?」

あからさまに動揺した風に、女性客はきょろきょろと辺りを確認する。

見知った駅でもなければ、終点ですらないのだから慌てもしよう。

「えっと、車両基地です。電車の車庫ですよ」

なるべく刺激しないように、ゆっくり話す。

女性客が、こちらを見る。

整備士の制服を着た、俺を見る。

「あ、ごめんなさい!」

自分が寝過ごしたのだと悟り、謝る。

動揺と羞恥のためか、その後は一切俺の顔を見ることはなかった。

そして。

どうやら、むこうは俺の事を覚えていないらしい。

「いえ、こちらこそ降車時に気づかず申し訳ございません」

少し、残念だ。

「出口までご案内しますね」

俺は、8年ぶりに再会しても、すぐにあなただとわかったのに。

「本当にごめんなさい」

彼女は、再び恥ずかしそうに謝るだけ。

車庫と外界を隔てるフェンスの入り口まで来ると、彼女は再び頭を下げた。

「どうもお世話かけました」

「いえいえ」

俺は、名乗ることもできず、彼女の後姿を見送った。



翌日。

基地内を歩いていると、近所でも有名な甘栗屋の行列の中に彼女の姿を見つけた。

しかも、視線が合った気がする。

「どうした?崎本」

先輩社員が、足を止めた俺に声をかける。

「先輩。俺が昨日起こしたお客さん…」

「ん?ああ」

「甘栗屋にいるんですけど」

「お?まさかお前に礼でもしに来たか?」

からかい半分の先輩社員のせりふを、俺は真に受けるように走り出していた。

後方で、おもしろそうに「がんばれよー」と声が上がる。

フェンスのドアを開け、まっすぐに甘栗屋へと向かった。


「まさか、これ買うために車庫まで寝過ごしたわけじゃないですよね?」

「は?」

列に並ぶ彼女の後ろから。

ぶしつけにも声をかけた。

昨日と同じ制服を着ているし、彼女は一瞬にして俺の事を思い出したような表情をした。

「そ、そんなわけ…!!」

「ですよね。僕が起こすまで寝てるって、そうとうお疲れのようでしたし」

妙なフォローを入れてしまった。

「どうも。お世話かけました」

「いえいえ」

起こされた時と同じ会話だな、と思った。

いったい、あなたは何をしに来たんですか。

そんなこと聞けない。

「僕もここの甘栗好きなんです」

「はぁ。おいしかったです」

彼女は、素直に甘栗の感想を述べる。

「やっぱり買って帰ったんですか?」

思わず笑みがこぼれる。

「あ、別に本当に車庫がここに近いからわざと寝過ごしたってわけじゃないですから」

「わかってますよ」

「昨日、ファンになったんです」

「僕のですか?」

さ、と彼女の頬がが耳まで赤くなった。

「甘栗のですー!」

かわいい。

「ははははははは」

今度は、腹を抱えて笑ってしまった。

「ちょっと、智子さん、面白すぎ」

「え?」

急に名前を呼ばれ、彼女は面食らっているようだ。

それはそうだ。彼女にとっては見知らぬ男のはずである。

まさか、俺が8年間も覚えていたなんて知るはずはない。

「あれ、やっぱり覚えてない?」

彼女は、こくん、とうなづいた。

「大学のオープンキャンパスでお世話になりました」

「あー!!」

どうやら、思い出してくれたようだ。

「みのり君!」

「正解」

名前を覚えていてくれたことに、今度は俺が面食らう。

「よく思い出しました」

本当によく思い出したよ、智子さん。

大学では一度も声がかけられなかったのに。

俺を思い出したからか、智子さんの緊張がほぐれた気がする。

「何してんの?」

俺、少しは期待していいの?

「いや、昨日の今日で智子さんがここにいるから、また寝過ごしたのかなって」

「……そんなわけない…。昨日も私だって、知ってたのね」

「うん。でも、さすがに恥ずかしいかなと」

うそ。正体を明かすタイミングがつかめなかっただけ。

「でも、みのり君、こんなローカル線の整備士してたのね」

「運命感じちゃう?」

「いやー、ちょっと」

そんな彼女の反応に満足し、さらにうれしくなってしまう。

「じゃ、僕仕事中なので、これで失礼します」

「え、あ、うん」

智子さんの表情が残念そうなのは、贔屓目ではあるまい。

「よかったら、甘栗、差し入れに来てくださいね」

俺はさりげなく、次に会う口実を残した。



みのり?」

ぼーっとしいたらしい。

友人が俺の顔の前で手を上下させている。

「どうした、お前」

大学のオープンキャンパスに参加するため、高校の友人たちと特別休暇をとった。

オープンキャンパスは半ば口実で、半分は京都観光をして帰るつもりだ。

「どうした?疲れた?」

「あ、いや」

好みの女の子に目を奪われていました。

なんていえない。

「俺、学科の質問ブースに寄ってくわ」

「は?これから河原町で遊んでくんじゃねーの」

「ん、いい。みんなで先行って」

「…ふーん。じゃ、終わったらメールして」

「おう」

挨拶もそこそこに、俺は学科質問コーナーへ足を向けた。

そこに、さっき目を奪われてしまった女子大生が座っている。

「すみません、いいですか?」

少し緊張したが、声をかけた。

女の人が、けだるそうに視線を上げる。

きれいな二重まぶた。

付けまつげをしている風でもないのに、ぱっちりと上を向いたまつげ。

細すぎず、太すぎず、整った眉。

少し小ぶりな鼻に、グロスが丁寧に引かれた唇。

耳元で、貝殻のピアスがゆれている。

「どうぞ」

女の人のつくり笑顔って、ちょっと怖いな。

改めて目の前に座ると、なぜ自分はこの女性に気を惹かれたのかわからなくなる。

小花柄でふわふわのトップスが、女の子らしくてかわいい。

「よかったら、アンケートお願いします」

学科自体に興味はなかったので、助かった。

差し出されたアンケート用紙に、とりあえず名前を記入する。

崎本みのり。

漢字だと「秋」だが、正確に読める人はなかなかいないので、いつもひらがなで書く。

「みのり?男の子でしょ?珍しいね」

そして、大概の人はこの名に食いつく。

「あ、はい。才能がみのるように、だそうです」

母から聞いた、名の由来だ。

「みのる、じゃなくて?」

「はぁ、そこは女の子用に考えていたらしいので」

「へぇ、でもそのまま使われちゃったんだ」

女子学生は、今度は本心から笑みを作ったようだ。

さっきとは別人の、輝かんばかりの微笑みに見える。

「この大学に入学したら、あなたの才能はみのるのかしら?」

興味深げに、彼女は聞いてくる。

ふと、胸元に名札がついているのが気になった。

「どうでしょうか。えっと、失礼ですがお名前を教えていただいても?」

「あ、ごめんね。人の名前ばかり興味持っちゃって。鳥谷智子です。国文学科の2回生です」

彼女は、ちらと名札をつまみながら自己紹介してくれた。

2回ということは、2年生で、2つ年上か。

「私の名前の由来は、お父さんの初恋の人、だそうです」

智子さんは、臆面も無く名の由来までカミングアウトしてくれる。

「男の人って、未練がましいなんて思ったけど、純愛だったみたい。中学生の頃の話らしいけど」

そして、また笑う。

―――ああ、そうか。この笑顔だ…。

さっき、彼女の姿に目が止まったのも。

友人らしき学生と談笑していたその表情が。

あまりにも、輝いて、心を打ったからだ。

学生生活を謳歌している、そんな芯から楽しそうな笑顔だった。

もっと、その笑顔が見たい。

実際、国文学に興味の無い俺は、取り留めの無い話をするしかない。

どんな勉強をしているのか、智子さんはなぜ国文に入ったのか。

そもそも、この大学の魅力は何か。

そしてネタも尽きようかとしているところへ、地元の話を滑り込ませた。

「智子さん、関西の人じゃないんですか?関西弁じゃないけど」

俺は、最初から「鳥谷さん」ではなく「智子さん」と呼んでいた。

女性は、名前で呼ばれるのが好きだと、どこかで読んだ記憶があるから。

「うん、地方だよ。みのり君も関西弁じゃないけど、どこから来たの?」

「僕ですか、僕は…」

智子さんも、下の名前で呼んでくれて嬉しかった。

そして何より、地元が同じだという事実が判明するのである。

運命といわずして、これをなんと呼ぶのだろう。

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