置いてけぼりのレオ《中》
仮契約を獲得するため、試練に立ち向かうレオ。その試練とはガーロン山の奥にあるレッドウッドの木に登る事だった。クリアの条件は日没までに木の天辺に登り、サラマンダーに触れること。
果たして、レオは木の天辺に辿り着くことができるでしょうか?
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コツコツ登り始めて二時間は過ぎただろうか。どんどん枝が増えてきてうっとうしくなった。やっとレッドウッドの半分まで登ってきたか。視線を見下ろすと、フラマが蟻みたいに見える。さすがに足がすくみそうになる。
「何とか、早く木の天辺に辿り着く方法はないものか……」
見上げると、天辺までは、まだ遠い。まるで木の幹が空へと続く丸太橋のように見える。
「そうだ、良いこと考えた!! 幹を歩くように登ればいいんじゃね?」
俺は早速枝へ移動すると、細枝に座った。太い幹に両足をぴったりくっつけると、右足を前に出した。そして、左足を出す。これを交互に繰り返すだけ。しかし、肝心なことに気がついた。
「ごっ……これって、腹筋が必要じゃねーーか!! あ~~~っ!!! おっ、落ちる~~!!」
案の定、足だけは木の幹にしっかりついていて、上半身は仰向けになり、おへそ丸出しの宙ぶらりんな状態になった。
「ぶっははははは~~~!!! お前、面白いやつだな。何やってるんだよ。サーカス団にでも入るつもりなのか?」
フラマが腹を抱えて笑ってやがる。俺は無性に恥ずかしくなった。
「ちっ、違うよ!! ただ、手が滑っただけだ」
「俺の闇魔法では、手が滑らないはずだが、おかしいなぁ~?」
クソ、ノクターンがニヤリと笑っている。くやし~~!!
「おーーい!! すまないが、俺の体を起こしてくれないか?」
「どうしようかな~~」
フラマはニヤニヤしながら、俺をじらしている。あいつ、絶対性格悪いに違いないな。
すると、涼しい風が横から吹いてきた。俺は風に背中を押され、元のカブトムシみたいな体勢に戻れた。
「お前、フラマととんでもない賭けをしているみたいだな」
シルフリードが宙に浮きながら、腕を組んでこちらをじっと睨んでいる。シルフリードは、風の中級精霊でセレーナの契約精霊だ。シルフリードは、セレーナが生まれる前から契約していたらしい。だからか、セレーナのこととなると口うるさくなる。
「シルフリード。俺は、こうでもしないと、この村に置いてけぼりにされるんだ。だってさ、セレーナとルカお兄ちゃんが俺をのけ者にするから――」
「あの二人は……仕方なくこの村を出るんだ」
「仕方なくってなんだよ? 何で俺は連れていけないんだよ?」
「……お前は、特にあのお母さんから愛されているだろ?」
「俺だけ愛されているわけでは……ないだろ?」
シルフリードはしばらく黙り込んで、怖い顔をした。
「……お前、本気で言っているのか?」
俺は、彼から視線を逸らした。
本当はそうじゃない。お母さんはセレーナに対して、態度が厳しい。
セレーナはこの村を悪魔から救ってくれた天才だ。凄いことをやってのけた。
それでもお母さんは、セレーナを避け続けた。セレーナが前世の魂のまま転生したと知ったときから、俺たち家族の仲が変な空気になっていた。俺が言うのもなんだけど、お母さんは明らかにセレーナを嫌っている。
「なぁ、お前が残れば、あの家で両親の愛情を独り占めできるんだ。それでも残りたくないのか?」
俺は木の幹に頭をぶつけて、言葉をひとつひとつ選ぶ。
「俺は、この村が好きだし、友達もいるし、毎日が楽しいよ。ここに一人残れば、お父さんやお母さんを独り占めできるかもしれない。でもさ、……でもさ、それでも置いて行かれたくないんだ」
シルフリードが、呆れた顔で大きなため息をついた。
「セレーナはさ、レン爺ちゃんの所へ行って、修行をするんだろ? ルカお兄ちゃんも行くというから、きっと一緒に強くなるんだろうな。俺はその中に入らせてもらえないのか?」
俺は以前、セレーナとレン爺ちゃんが修行について話し合っているところを立ち聞きしたことがあった。たった三歳で悪魔退治をしたセレーナは、レン爺ちゃんの元でもっと強くなろうとしている。
俺らはセレーナに命を助けられた。悔しさ半分。情けなさ半分だ。きっと俺が情けない兄だから、セレーナは俺をいつまでもお兄ちゃんて呼んでくれないんだ。俺だってセレーナを越えてみたい。
「俺は、妹に借りがある。俺はもっと強くなって、今度は妹を守りたい。そして、俺が将来冒険者になるためにも修行したいんだ。行きたいんだよ」
シルフリードは目を丸くした。
「意外だな。お前、冒険者になりたかったんだ」
俺は黙って頷くと、再び登り始めた。
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更に一時間経っただろうか、かなり上の方まで登ってきた。そろそろ八分目まできたんじゃないか? 幹の太さもそこら辺の木と変わらないぐらいに小さくなった。ただ、めっちゃ枝葉が邪魔で仕方がない。
「さぁ、そろそろ天辺につくはずだ」
俺は気合を入れて登っていると、ピイピイと鳥の声がした。辺りを見回せば、細い枝の二股あたりに巣のようなものがある。鳥の羽や小枝でつくったのだろうか。麦わら帽子をひっくり返したような立派な巣があった。
「こんな高い所に巣をつくるなんて、親鳥も大変だな……って、あっ!!!」
鳥の巣近くの枝が妙な動きをしている。
よく見ると、枝に擬態している蛇だ。あいつは確かグライドパイソンじゃないか? ヤバい、ひな鳥が喰われちまう。
グライドパイソンは、鳥の巣に近づき、今にも襲い掛かろうとしている。
「ノクターン!! 左手だけ黒いモヤを取ってくれ。早く!!」
俺の声が聞こえたのか、ノクターンは指を鳴らすと俺の左手のモヤを取り除いた。
「届け、炎の槍!!」
左手に白い炎の魔力を練り出し、槍の形を作った。炎の槍を長く伸ばして巣を狙うグライドパイソンを追っ払おうとしてみる。
「あっちへ行け!! シッ、シッ、この蛇やろーー!!」
「シャーー!!!」
炎の槍のおかげで巣に近づけないでいるパイソン。敵意の矛先を俺に向けると、体を縮こませてとぐろを巻いた。
「シャーーー!!!」
「なんだよ、俺に戦いを挑む気か!?」
持っていた炎の槍を変化させて、左手に白い炎の魔力を纏わせた。
――俺と蛇とのにらみ合い。飛び掛かろうとする瞬間を逃すまいとじっと目を見開いた。
突如グライドパイソンは俺に向かって飛び掛かってきた。
――ピシャッ!!
咄嗟に右手の黒いモヤを盾にして、グライドパイソンの毒をくっつけた。
「食らえ、炎の手!!」
白い炎を全開にして巨大な『炎の手』を作り出し、グライドパイソンを捕まえた。
「シャァァーーーー!?」
「炎の手の中で燃えつくせ!!!」
――1、2、3、
俺がカウントをしている間、炎の手の中でグライドパイソンが暴れまくる。
――4、ってうわっ!!
後ろに体勢を崩すと、どういうわけか、頭から落ちてしまった!! なぜ落ちたかって? 俺の靴がすっぽり抜けたからだよ!! ノクターンのモヤは俺の靴だけについてたんだ!!
「あぁぁーーー!! ぐはっ!! 痛っ!! うっ!!」
落ちていく最中、細枝が次々と俺の体にぶつかった。必死で右手で細枝を掴むと、どうにか助かった。炭になったグライドパイソンはそのまま落下した。
「ノクターン!! 左手と両足にモヤをつけてくれーーー!!」
「レオ君、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないから、早くしてくれ!!!」
ノクターンが指を鳴らすと、再び俺の両足と左手にモヤが纏った。どうにか横の幹にしがみつくことが出来たが、半分ぐらいまで落ちてしまった。
「ひな鳥の平和は守ったけど、俺、間に合うのかな……」
「おーーい!! もうすぐあと三十分ぐらいで日が暮れるぞ。天辺までいけそうか?」
フラマの呼びかけに俺は、力なく答えた。
「うっ、どうしよう……多分、俺、無理そうだ……」
俺は泣きそうになった。蛇なんか無視して天辺を目指せばよかった。いよいよ俺は置いていかれる。
泣きたい気持ちを食いしばって、俺は急いで登り始めた。
後悔しても仕方がない。俺は、あのひな鳥を助けたんだ。これは俺なりの正義だ。後悔なんか……絶対にしない。
――俺は、旅立つ二人を見送る想像をした。
二人は晴れ晴れとした笑顔で俺に手を振る。俺は子供部屋のカーテンの隙間から二人を見送る。
二人のいない子供部屋は、きっと広く感じるだろう。二つ空いたベッド。二つの机。俺がいくら面白いことを思いついたとしても、笑ってくれる兄妹がいない。話し相手もいない。静かすぎる部屋に、たった一人でいるなんて。
キッチンでご飯を食べても、おやつを食べても、きっと静かなんだろうな。俺はあの二人を思い出すだけで、胸が苦しくなるだろう。
「あれ……、涙が止まらない。うっ……ううっ……。俺を……俺を置いてかないでくれよ」
足が痛くて少ししか上がらない。腕が上手く上がらない。全身が疲れた。登りたいのに、少ししか進めない。木の天辺が遠くに感じる。
あと、三十分。俺は、絶望に飲み込まれていた。




