1話
「―で、ここの黄昏時というのは誰そ彼時ともかけて、夕方の薄暗く、人の顔の見分けがつきにくくなった時間帯のことを指すんだ。
1部ではあの世とこの世が繋がる時間帯とか、逢魔が時。
魔。つまり悪い悪魔とか、幽霊とかに逢いやすくなる時間とも言われてたりするな。
余談にはなるが、朝方の薄暗い時間帯のことはカタワレ時といって―」
「ふわぁぁ、ねみぃ」
大きなあくびをする。
興味もない話なんて聞く気にもならない。
先生って人種はどうしてこうも永遠に話してられるんだろうな…。
何も書いていないノートを眺めながらそんなことを思う。
…よし、寝るか。
腕を枕代わりに目を閉じる。
このまま夢の世界へレッツラゴー…。
グサッ!と太腿に激痛。
「っ!?」
授業中に叫ぶわけにもいかないので必死に堪える。
「ってぇな!?いきなり何すんだよ!」
ヒソヒソと太腿にシャーペンを突き刺してきた犯人に文句を言う。
「駿ちゃんが寝ようとするからでしょ!授業はちゃんと受けなさい!」
「お前は俺の親かよ…」
はぁ、と溜め息。
とはいえまた刺されるのはごめんなので話を聞いているフリをする。
ちらり、と隣の席の犯人さんを見る。
坂柳綾華。茶髪のショートボブで胸が大きい。それに加えて頭いいし、性格もいいので男子からかなりモテている。
俺のことを駿ちゃんと呼ぶので分かると思うが綾華とは幼馴染だったりする。
俺からすりゃ小言がうるさいやつというイメージだが。まぁ、悪いやつじゃないのは確かだ。…それに、なんつうか危なかっしくて目が離せないし。
こちらの視線に気づいたらしく「?」という顔で見返してくる。
ここでそっぽを向くと俺がこっそりと綾華を見ていたことになるのでそのままじっと見続ける。
謎すぎるプライドのせいでお互いにじっと見つめ合うことになる。
…はたから見たら変人だな。
とはいえここまで来て目を逸らすのはなんか負けた気がするので継続。
少しして恥ずかしくなったのか顔をほんのり赤らめて前に向き直る綾華。
そのおかげで俺も前に向き直る。
…本当、何やってんだ?これ。
そんなこんなで面白くもない授業が終わり、下校の時刻になった。
「駿ちゃん、一緒に帰ろ?」
行儀よく両手で前に鞄を持ち、そんなことを言い出す。
クラスのやつらの視線が痛いが、断る理由が特に思いつかないため、仕方なく一緒に帰ることにした。
「ったく、高校生にもなって一緒に下校とかガキかよ…」
「そんなこと言いながらこうやって付き合ってくれるんだよね。…そういうところすっごく優しいよね」
「うっせぇ、暇だっただけだ」
照れ隠しでそう言うのだが「はいはい。ありがとうございます」と適当にあしらわれた。
「そう言えば、今ってちょうど黄昏時じゃない?ほら、さっきの授業で言ってた」
河川敷を歩いている時、ふとそんなことを言い出す
「何だよ急に。さてはお化けとか信じてるのか?」
「わ、わたしはお化けなんて…」
分かりやすくあわあわと慌てる綾華。
こいつ昔から幽霊とか妖怪だとかそういったホラーなの苦手だからなぁ。
「大丈夫だって、そんなもんいるわけねぇしな」
ケケケ、と綾華をからかうように笑う。
「いるもん」
「うぉあぁぁぁぁっ!!?」
ドタンッ!とその場でひっくり返る。
いきなり不満そうに頬を膨らませた女が目の前に現れたからだ。
「ちょ、駿ちゃん。だ、大丈夫…?」
いきなりぶっ倒れた俺を心配してくれているが何が起こっているのか分からないといった顔だ。
「お、女が…浮いて…」
「女?浮いてる?」
と首を傾げる綾華。
まさか…見えてないのか!?
「ムダムダ。私は普通の人には見えないんだから。君は特別みたいだけど」
クスクスとバカにするように笑う女。
「俺はいたって普通の人間だっ!」
「それはそうと、君に取り憑いてもいいかな?」
「それはそうとで片付けんなよ!?後、取り憑くってなんだよ…」
あぁ…頭痛くなってきた。何なんだよ、今の状況。
「いや~幽霊って意外に不便でさ、私誰かに取り憑かないとこの辺から離れられないんだよね〜」
ヘラヘラとした態度が何故かムカつく。
「…なんで俺なんだよ。他にもいるんじゃないのか?」
「ん〜、直感?君と一緒だと楽しそうだな〜って思ったからかな?」
「さいですか…」
はぁ、と溜め息。
「あ、迷惑なら断ってくれてもいいよ」
「…なぁ、お前さ、今までずっと1人だったのか?」
「ん?まぁ、死んでからはずっとここに1人でいたけど…それがどうしたの?」
ケロっとした顔でそう言う幽霊女。
ずっと1人…か。
少し考えた後、俺は「じゃぁ…そうだな。邪魔しないならいいぞ」と取り憑くのを許可する。
「何だかんだで優しいんだね、君は」
そう微笑む幽霊女。
「…ただの同情だ」
そう言ってそっぽを向く。
「もし私が悪い霊だったらどうするの?」
「どーもしねぇよ。俺の運がなかった。それだけだ」
「いいね!私、君のことめちゃくちゃ気に入ったよ!」
あははははっ!と眩しすぎるほどの笑顔で笑う。
「っ…!」
何故か言葉が詰まる。
「ところでさ、私って普通の人には見えないんだよね」
幽霊女の言いたいことを察した俺は恐る恐る後ろを向く。
そこにはあわあわと俺を見る綾華がいた。
「あ、綾華…これはだな、その…」
「駿ちゃんが…駿ちゃんが壊れちゃったぁ〜っ!!」
「壊れてな〜いっ!」
「待ってて駿ちゃん!絶対にもとに戻してあげるからっ!今度は私が助ける番!だよね」
よしっ!と両手で握りこぶしを胸の前で作った後、トタトタと小走りで帰って行く。
その場で固まる俺。
そんな俺の隣を自転車がチリンチリン、とベルを鳴らして通り過ぎる。
終わった、俺の人生終わったやつだ…これ。
もういっそ殺してくれ…。
「ぷっ、あはははははっ!ひ〜っ!ひ〜っ!死ぬ!笑い死んじゃうっ!」
空中でお腹を抱えて両足をバタバタさせながら全力で笑う幽霊女。
お前もう死んでるだろ…。などとツッコむ気力があるわけもなく。ふらふらと帰路につく。
…なぁ、やっぱこいつ悪霊じゃね?
と心の中で思うのだった