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ファンタジー

養女とは。

作者: 青い時計


「喜べ、アンジュ! ルノ侯爵がお前を養女にとお望みだ!!」


 お父さまの喜色満面の笑顔にお兄さまも私も驚き、そして歓喜に包まれる。


「やったなアンジュ! 侯爵令嬢なんて凄いじゃないか!」

「私が、侯爵家の娘になるのですか! なんて素敵なのでしょう!」


 興奮したお兄さまに肩をポンッと軽く叩かれ、浮かれた私は両手を組みぴょんぴょんと飛び跳ねた。


 ルノ侯爵はお父さまのご友人。お腹がぽっちゃりとした方で、いつも穏やかな笑顔を浮かべておられる。

 お父さまは伯爵家にも関わらず貴族学院でルノ侯爵と親睦を深められたのだという。

 真っ直ぐな気質のお父さまは気安い友だと、年に数度はお互いの屋敷を行き来してらっしゃるほど仲が良い。何度か家族ぐるみでお会いしたこともあって、皆様とても笑顔の素敵な方々。


 侯爵家にはご息女が産まれなかったので、きっと娘を必要としているのだろうと4つ違いのお兄さまが朗らかに笑う。貴族の婚姻は爵位が物をいうと家庭教師の先生が言ってらした。もしかして当家より上位の家柄にお嫁入ができるのだろうか。もしかしたら我が伯爵家の治世にも大きな力になれるかもと胸がときめく。


 貴族学院に通っているお兄さまは現在17歳。

 男子にしか扱えない『魔術』という術を主に習うのだという。『魔術』は男子にしか扱えないため女である私は通えないけれど、学院に通うお兄さまは人脈が広がるととても楽しそうだ。


「・・・・・・わたくしは聞いておりませんが」


 お母さまの硬い声に首をかしげる。


「人柄も地位も素晴らしいルノにアンジュを差し上げるのだ。何か不満が? どちらにしても女が口を出す話ではない!」


 ピシャリとしたお父さまの言葉に、びくりと肩を震わせたお母さまが俯いてしまった。

 長い沈黙の後、はいと答えたお母さまの顔は苦し気で、なぜお母さまは喜んでくださらないのだろうと不思議に思った。




***




 侯爵家に向かうのは、お母さまの達ってのご意向で『ヴェガの宴』の後になった。

 アンジュが侯爵令嬢になってしまってはなかなか会うことも叶わないではないかとお母さまが駄々を捏ねられたらしい。


 ヴェガの宴は王妃様が主催されている夜会であるにも関わらず、貴族の子女は小さくても参加が義務付けられているずいぶんくだけた宴だった。


 小さい子や赤ちゃんも参加する特徴的な夜会で、ここでは少々騒いでも怒られない。普段、同世代の女の子となかなか話す機会のない私は、この宴をとても楽しみにしていた。




「よく聞いてアンジュ。養女というのは妾のことなのよ」


 ヴェガの宴直前の控室で、久しぶりに会えたお母さまは悲壮な表情を浮かべて、私の手を握り締めている。


「めかけ?」


 聞きなれない言葉に問い返す。


「愛人ともいうわ。そうなってしまったら貴方は侯爵家から出られない」


 痛いぐらい手を握り締めてくるお母さまが何をおっしゃっているかよく分からない。


「あい…じ、ん?」


 だれが? だれの?


「一生お屋敷から出られない。もしかしたら自室からも出られないかもしれない。日陰の身に落ちてしまう」


 ひかげ? ひかげの身って……。


「侯爵夫人がいらっしゃるのよ。そんなこと神がお許しにならないわ」


 お母さまは涙をこぼして首を激しくふり、嗚咽をこらえていらしゃる。


 トントンとノックの音がした。


「このヴェガの宴には魔女様が来らっしゃるわ」


 素早く涙を拭いたお母さまが真剣なお顔でおっしゃった。突然何を言いだすの?


「魔女? 魔女なんておとぎ話のお婆さんじゃ…」

「いいえ。魔女様はいらっしゃる。強く強く魔女様にお願いするの。きっと助けてくださるわ」


 それしか貴女が助かる道はないの。


 ドンドンドンドンという乱暴なノックと共にお父さまが入ってこられた。

 お母さまからひったくるような強引なエスコートに驚くが、見上げたお父さまは無表情で何を考えてらっしゃるか分からない。


 そんな馬鹿な。お母さまの考えすぎよ。お父さまがそんな酷いことを考えてらっしゃるはずがないわ。




***




「やあ、久しぶりだ。大きくなったね」


 大股で近づいてこられたルノ侯爵は、お父さまとご挨拶なさってから私にもお声がけくださった。

 ほら、いつもの人当たりのいいルノ侯爵だわ。

 これからよく尽くすのだぞとお父さまが笑顔でおっしゃる。


 私に歩み寄ってきたルノ侯爵がお髭を擦りよせ、ほおに親愛のキスをしてくださった。ちくちくして嫌だなと思った次の瞬間、何だかぬるっとした物がほおを舐めた。びっくりしてルノ侯爵を見上げると、その視線は私の頭の上から下まで行って、そこから舐め上げるような視線が一旦胸で止まって再び目が合った。不快。きもちわるい。きもちわるい。きもちわるい。


 息をのんで目線を逸らすと、後ろに控えるルノ侯爵夫人のお顔が見えた。

 きっとこれが”射殺さんばかり”というのだろうと思える視線だった。


 手足の先が冷えていくのが自分でもわかる。ルノ侯爵が私を見つめてらっしゃる視線が本当に嫌だった。

 お母さまのご心配は当たっていたのだわ。


「もうすぐ我が家の一員となるのだ。記念に私とダンスを踊ろう」


 ルノ侯爵からきつめに腕を引かれ、腰から手をぐるっとお腹のあたりにまで回される。ぞくっと悪寒が走った。


 私だって貴族だもの。見知らぬ人と結婚するとは思っていた。貴族の務めとして立派に貴族婦人として振舞えるようにたくさん授業も受けていた。


 でもこんなのは嫌。一生日陰の身なんて。それもお父さまと同じ年のおじさんだなんて。

 さっきのほおへのキスも嫌だった。本当のキスもできるとは思えない。お父さまのご友人の愛人だなんて、お父さまは私を売ってしまわれたの? 嘘でしょ。嘘よね。だれか嘘だと言って。



 魔女さま、魔女さま。助けて助けて!!





 ――― さぁ すべてのヲトコよ すみやかに 眠りなさい

 ――― あぁ むちなヲンナよ ゆるやかに お休みを



 不意に甘く、艶やかな歌声が聴こえた。


 パチパチと瞬きをしたルノ侯爵がそのまま目を伏せておられる。

 よく分からず周りを見回すと、お父さまも目をつぶってらっしゃる。

 立ったまま、あるいは座ったまま動かない人が多い。楽団の音楽も止まってしまった。


 甘やかな歌声が大きくなると共に、フロアの真ん中に突如重厚な扉が現れた。

 驚いて見ている中、扉はゆっくりと開き、中から美しい闇色のローブを羽織った女性たちがフロアに降り立った。

 ヴェガの宴に参加していた数人の女性が拝礼の姿勢をとった。


「まじゅ、つ?」


 おとぎ話のお婆さんのような杖も持たず、背も曲がっていない。

 カツンカツンとヒールの音がフロアに響く。


 ローブ以外は共通点のない髪色、顔立ち、年齢。かっちりした衣装から煽情的な衣装まで、ローブを翻しながら突如現れた女性たちに、いつの間にお席から降りられたのか、王妃様がこうべをたれ、美しい装飾のついた箱を差し出されている。


 その箱を受け取る後ろで別のローブを羽織った女性が封筒らしき物を宙に投げ上げる。 すると封筒はスーッと別々の場所にいる貴族女性の手元へと飛んでいった。


「アンジュ!」


 お母さまの声にハッとする。


「魔女さま。どうか、どうかお助けください。私をここから連れだしてください!」


 私は一番近くの魔女さまに走りよってひざまづいた。

 緩く首をかしげた魔女さまが、こちらを見やる。


「もう傅かれる生活はできないわ。平民と等しくなる。それでも構わない?」


 鈴のような声が優しく問いかけてくる。


 平民でもいい。平民がいい! お父さまの友人へ売られるなんて耐えられない。この状況を抜けだしたい!


 ひざまづいたまま大きくうなずくと、魔女さまが微笑みかけてくださった。


「宜しくてよ」



 ――― よゐがすぎて よるになり イトシ子女を忘れる



 魔女さまはどこから取り出されたのか、闇色のローブを私に被せてくださった。そのまま手をひかれる。


「アンジュ! 幸せに!!」


 拝礼の姿勢のまま涙をこぼしているお母さまに向かって何度もうなづくことしかできない。



 艶やかな歌声と魔女さまたちに導かれるまま、私は重厚な扉をくぐった。




書いといて何なんですが、養女≒若いお妾さんという図式は昔の日本ってか、ヘタすると昭和初期ぐらい迄の日本の庶民の感覚だと思います。

ヨーロッパはゴリゴリの血統主義なイメージなんで、貴族だとこういう方法の隠れ蓑は使わなかったんじゃないかなーと思います。※個人の印象です

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