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金波銀波  作者: 食物連鎖
7/8

6. 夕食

「ごめんなさい、声を荒げたりなんかして。今日は本当に酷い日だったの」

「誰だってそういう気分の日はある」


二人は窓側の席で卓を囲んでいた。すっかり陽が落ちたラクーナの空には先の尖った月が輝き、食堂の壁に飾られた燭台が赤らんだ男達の顔を浮かび上がらせる。


料理より先にグラスが運ばれてくると、シデラはそれを軽く持ち上げ、青年のグラスにコツンと当てて申し訳なさそうに笑った。


「ご馳走するわ。助けられちゃったし」

「そうか…じゃあ遠慮なく」


青年は表情ひとつ変えず頷くと、一気にグラスを傾けて飲み干し、グラスの底が(あらわ)になった。その光景に思わず吹き出してしまったシデラは青年の赤く揺れる瞳を覗き込んだ。


「まだ名乗ってなかったわね。私はシデラ。学術院で大湖の研究をしてる」


側を通った店員が青年のグラスを満たされたグラスと入れ替えた。


「あなたは?」


青年は一瞬迷ったように目を逸らすと、新しいグラスの雫を指先で拭い、重そうに口を開いた。



「……グラディウス」


「グラディウス!今日はありがとう」


丁度大皿に乗った食事が運ばれてくると、こんがりと焼き目のついた魚が目の前に置かれた。熟した果実と共に鮮やかな野菜が転がり、湯気立つ熱い香りが卓上に広がった。

舌鼓を打ちナイフを手にしたシデラの横で、グラディウスは皿の前で首をかしげた。


「この怪物はなんだ? 魚か?」


シデラは唖然として目を丸くした。


「…ベネヴォーラよ? ここら一帯で取れる代表的な淡水魚。ベネヴォーラを知らないなんて、あなたはそんなに遠くからきたのね」


シデラは改めてベネヴォーラにナイフを入れた。柔らかくほかほかに焼き上げられた身を切り分けると、添えられたベリーソースと野菜と共にグラディウスの皿に取り分けた。

グラディウスもフォークを手に取った。


「…!」


「どう?」

「…美味い」


フォークを止めることなく食べ続けるグラディウスに安心し、シデラも湯気の立つ白身を口に運んだ。果実の酸味とベネヴォーラの独特な香りが絶品である。


「こんなに美味しいベネヴォーラを知らないなんて勿体無い。グラディウスは一体どこから来たの?」


グラディウスは根菜にフォークを刺してぼそりと呟いた。


「……大陸の反対から」

「それって、東から横断して来たってこと!?」


グラディウスは無言で頷く。シデラは瞳を輝かせて前のめりになる。


「東の科学の発展は凄まじいと聞いたわ! 西が行っている研究は東では時代遅れだって! 」


酒が運ばれてくる賑やかなこの場所では、いつもより興奮したシデラの声も目立たない。


「いつか東のアカデミアを訪れて、学会へ参加したり、研究室を覗いてみたいって夢があるの。あ、ここだけの秘密ね。東の肩を持つなんて、西(こっち)の教授たちに知られちゃ怒られちゃうから。

東の端には、世界中から著名な研究者が訪れて学会が開かれる夢のような国があるのよね。東の国々の中でも特に科学に秀でているっていう。

確かその国の名は_________」


グラディウスがバンと机を叩いた。

振動が食器を揺らす。シデラはハッと我に返った。


「よせ」


低く、短く吐き出すような声。

窓に燭台の炎の揺れが映った。


「あ、ごめんなさい……喋りすぎちゃった。自分の興味のあることになると抑えが効かなくって……」

「……いや、」


何か言いかけたグラディウスだったが、言葉を途中で飲み込み、椅子を引いた。


「美味かった。ご馳走様」


青年は背を向けて食堂を出ていく。

ローブの裾が夜風をはらんで揺れる。

シデラはぽつんと取り残され、すっかり空になった卓上の皿を見つめた。


「何よ…あれじゃ友達もいなさそうね」


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