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金波銀波  作者: 食物連鎖
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4. 議席


学術院会議には各学科の教授と教授補佐が集う。


つまり、ダリオの所属する第7棟 天文学科の教授も出席しているはずなのだ。月に1回、学術院議会のその時間だけ上司が消え、研究室では他愛もない雑談が始まり、緊張が緩む。



シデラはダリオの元へ向かっていた。


ダリオの所属する研究室がある第7棟は、第9棟のすぐ目の前である。その間にある中庭を横切っていくのが最短ルートだ。


ダリオも今頃少し休憩中だろうか。

少しの時間でいいから、暖かい春の太陽を浴びながら話すことはできないだろうか。研究に関係ない話でも、誰かの噂話でも、話題はなんだっていい。朝のように憂鬱な心を晴らしてくれる太陽の温かさが欲しい。私の前でオリーブの瞳を細めて笑う彼が見たい。

そんな淡い期待を抱きながら階段を駆け下り、ついに1階にたどり着いた。


外廊下に出た時、第7棟へ急ぐシデラは思わず足を止め、

中庭の先にある扉を見つめた。


「あれって…」


第9棟1階の大広間。

ベールに包まれていた学術院会議の扉だ。


「…警備もいないのかしら」


噂に聞く限りでは、覗き見した研究員が罰を与えられただの、院長直々にアカデミアから追放が下されただの、タブーとして扱われていた。だが扉の周囲には誰もおらず、他の研究室と同じように、ただの扉があるだけだった。


シデラの抑えられない好奇心は寄り道を強行した。

歩みは自然に扉へと向かい、「ちょっと見るだけ」と自身に言い聞かせて中庭の先へ進んだ。

両開きの扉は装飾がいっぱいに施され、天井に付きそうなほど高い扉の上には両扉に渡って『ラクーナ学術院』の文字が彫られている。



_____次は…___



少し声が漏れている。

微かな声に引き寄せられるように扉に一歩近づくと、中の灯りが見えたような気がして駆け寄った。


「…!」


扉がかすかに空いている。

赤色の絨毯(じゅうたん)が見える。


完全に締め切られていない両扉は、覗き見をしてくれと言わんばかりの丁度いい隙間で、シデラの心臓は小さく震えながら隙間から漏れる光を浴びた。



__ですから、来年度の予算案で___

 


想像していたよりも更に大きな広間には床一面に毛足の短い絨毯(じゅうたん)が敷かれ、煌びやかなシャンデリアの上に蝋燭が並ぶ。二つの長テーブルには年老いた教授、教授補佐たちが腰掛けている。

シデラはその中で退屈そうにしているアルガス教授を見つけた。



_____今後の課題としては、主に_______

______来月の学会において____



「なんだ…思ったより普通の会合ね」


肩を落とした時、議席の中で一人の男性が挙手した。

皆の視線が一点集中すると、最奥の最も豪華な議席に座る老人が訝しげに眉を釣り上げた。


「…天文学科 ケルネッツ教授。何かね」


ぶっきらぼうに問いかける老人の目元には皺が刻まれ、威厳に満ち溢れた背筋で大広間を支配していた。


「あれがナヴェルシア院長…! 初めて見た…」


シデラは畏敬と好奇に包まれて手が汗ばんだ。

ナヴェルシアはシャンデリアから降り注ぐ灯りを遮るかのように帽子を深く被り、チェーンのついたメガネの位置を直した。


「本研究室のことを少しお話ししてもよろしいでしょうか」

「…どうぞ」


天文学科ケルネッツ教授がゴホンと咳払いをすると、教授陣は顔を上げた。


「…実は()()から私の新しい補佐が着任しました。これからも連れて会議に出席する予定ですので、皆様にもお見知り置き願いたい」


ケルネッツ教授は背後に座る若者に目をやると、若者はぎこちなく立ち上がった。



「天文学会の新星、

ダリオ・フリネール君です」



シデラの足元は泥に浸かったように動かなくなった。

中庭を照らしていた春の光は第7棟の影を伸ばし、整頓されて植えられた草花が一斉に揺れる。


「…ダリオ?」


各席から拍手が起こり、ケルネッツは握手を差し出した。その()()()()は緊張した笑みでそれを握る。

腰につけたベルトには、アルガスやケルネッツが持つような書庫の鍵が掛けられている。


「ではダリオ君、皆様に一言」

「はい!」


ダリオはまるでケルネッツ教授のように一度咳払いし、あの麗らかな声を大広間に響かせた。


「改めまして、ダリオ・フリネールといいます。この度 教授補佐に任命いただきました。

ケルネッツ教授のお力になれるように精一杯努力します!


…ああ、 参考文献は忘れませんので」


大広間に教授陣の笑いが響き渡る。シデラにはよく聞き覚えのある声だった。

嘲り、愚弄、蔑みを含んだ、こだまする高笑い。

皆がアルガス教授を振り返り、獲物を捕まえた蛇のように目を細める。


「勘弁してくれよ、ダリオ君」


嘲笑の中、アルガス教授の明るい声が大広間に響く。


「私も困っているんだよ。孤児院からの『若者』を受け入れることが、学術院の世間的評判を高めると聞いていたのに………

まさか 女 だったなんて!」


シデラの下唇は震え、喉の奥に苦い味がした。

大広間の笑いは大きくなっていく。男たちの声に合わせて、シャンデリアが揺れて見える。

ダリオも大口を開けて皆と一緒に笑う。腰につけた書庫の鍵が灯りを反射する。

オリーブの瞳はまるで泥のようにぬかるんでいた。


「ゔっ」


思わず口を押さえて一歩下がると、扉の隙間から奥の席と目が合った。

揺れるシャンデリアの真下。

ナヴェルシア院長がこちらを見ているような気がした。


喉が絞められているように苦しい。膝に力が入らない。

シデラは夕暮れの風に吹かれて冷たくなった手を握りしめて、第9棟へ戻っていった。



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