杵塚春多大いに語る
〈春の朝寒さも春を告げにけり 涙次〉
【ⅰ】
某テレビ局が、一味のインタヴューを撮りたいと申し出てきた。
テオは杵くんが適役でせう、と云う。
だうせ主婦層しか観ないのだから、中年女性に人氣がある、杵塚を差し向はせたらだうか、と。
インタヴュアーは楳ノ谷汀。お笑ひ界から身を起こした、異色のキャスターだ。彼女もやはり中年。
インタヴューは滞りなく撮影された。尤も、いつもは撮る側の杵塚が、撮られる側に回つたので、彼は少し緊張してゐたやうだが。インタヴューのシナリオは全てテオが書いたのであつた。
その夜、撮影の打ち上げ、と云ふ事で、楳ノ谷を中心にして、さゝやかな宴が張られた。楳ノ谷は酔ひ、杵塚にしなだれかゝつてきた。元ハスラーの杵塚は、あ、俺たち寢るなと直感し、そしてそれは實現した。
楳ノ谷は、カンテラ一味の中でも、唯一の平凡人である杵塚に並々ならぬ興味を抱いてゐた。アンドロイドに天才猫、生身であつても超能力のやうな體術を使ふ者、そして絶世の美女と、體内に「龍」を飼ふ元・ヒットマン。ヤクザとも泥棒とも密な交流のある一味。その中で、凡人には凡人の流儀、と云ふ己れの規定に従つて行動する、杵塚。それにはコツらしきものがある筈だと、関心頻りだつたのだ。
【ⅱ】
-ホテルで。楳ノ谷「杵くんは何故、小さいバイクにしか乘らないの? 大型のクルーザーに乘つたら、もつと女性にモテるでせうに」杵「もうモテ稼業からは足を洗つたんだ。好きなバイクに乘り、自分の好きに生きると決めたのさ」楳「バイクにかける心意氣は、どこから出てきたのかしら?」杵「俺は母より早く死ぬ、と勝手に思ひ込んでゐた。自分が死ぬ間際に、母さん俺はバイクに乘りたかつたんだ、と云ふのが嫌で、免許を取つたんだよ」楳「お母様はご健在なの?」杵「郷里で勝手に生きてるよ。一人暮らしさせるのは、だうかと思つてゐるが」楳「お母様はセンスがいゝわ。出逢ひの春多かれつて、春多とあなたに名付けたんでせう?」
さながらインタヴュー・番外篇、と云つたところだ。楳ノ谷は、中年女性としては珍しく、杵塚の肉體を貪るより、生き方、と云ふものに大きな「?」を投げ掛けるのが眼目で、彼をホテルまで(世間にバレたらゴシップのネタになるばかりなのに)引つ張つてきたのだ。
【ⅲ】
「あ、兄ちやんまたバイクの雑誌!」と由香梨が目聡く見付けた。「こないだグロム買つたばかりでしよ?」杵「この、スズキのジクサー150つて奴がいゝんだよ。仕事上、髙速に乘れる奴がZしかないのは、だうかと思つてね。安いし」由「お仕事樂しい?」杵「まあね。自分の好きな『撮影』が出來て、ボーナスたんまり貰へるんだから、他の仕事よりはいゝやね。きみの學資の積み立ても出來る」由「ところで、フルちやん戀人が出來たつて」杵「あゝ、あのソープの彼女。大分入れあげてるみたいだつてな」
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈春ならば善男善女泡まみれ共にひとゝき愛を語らむ 平手みき〉
【ⅳ】
「兄貴、兄貴」と牧野旧崇。杵「さう兄貴兄貴云ふな。『傷だらけの天使』ぢやあるまいに」フル「?」杵(なんだ知らんのか。本当に何も知らない奴だな。まあドラマを地で行つてるやうな奴だからな)「お前、彼女が出來たつてな」フル「あ、ご存知なんですか!?」杵「最近男を上げて羽振りが良くなつたつて、ソープぢや持ち切りだつてな」フル(にやけつゝ)「尊子つて云ふんですよ。タカ・タカ・コンビつて云はれてます」杵、むつつりと「そんなとこ迄訊いてない」フル「あちや」
杵(まつたく、こんなフルにまで、體内の「龍」を吐く、つて云ふ得意技? がある中で、凡人一人、俺も良くやつてるよ)
杵塚は得意先になつてゐるバイク屋にメールを入れた...
【ⅴ】
メールと云へば、楳ノ谷汀も度々送つてよこした。もう彼女氣取りなんだもんなあ、と、杵塚には五月蠅く思はれたが、數回に一回は、返信してゐた。汀、と呼ばずに楳ノ谷サンと、さん付けで呼ぶ事にした。
さて、杵塚、牧野の戀の行方は? 今日は物語中のインタールードとして、とくに事件を、作者用意してゐない。何となく、杵塚と云ふ自由人一匹、の事を語りたかつたゞけ。日頃訥弁の杵塚が、こゝ迄喋るのも珍しいなあ、と思ひつゝ。
そして、「しええええええいつ!!」事務所の外ではカンテラが、何処にもゐない敵に、止めを刺してゐた。お仕舞ひ。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈花を待つ中にも花は咲くらしき 涙次〉