第九十三話◆:湯野花→朱莉
第九十三話
停学二日目、特にすることなどないので一応勉強しておくことにした。外に出たところで金があるというわけでもないから何も出来ないのだ。誰か適当に目星をつけて尾行してもいいのだが、そんな事をして見つかったときがやばい。停学ではなく退学となること間違いなしだ。
「……暇だなぁ」
ぴんぽーん
つぶやいたのと同時に、チャイムが鳴り響いた。
「……なんだろ」
荷物でも届けられたのだろうか……そう思って玄関先に向かってみるとどうも違うらしい。
「湯野花さん……どうしたんだよ」
まだ、お昼の時間帯だ。昼休みにはまだ少し早いのでサボったのか、抜け出してきたかのどちらかだろう。どちらにしろ、それはあまりよくないことである。
「おいおい、いくら俺の生態が気になるからって駄目だろ」
「違うんです」
冗談を真面目に返されるほど困る事はない。いや、さっきのは冗談だったんだよといちいち説明するほうがなんだか馬鹿げている気がしてならないし。
おとぼけ一切なしのシリアスな表情。ん、こういう場合って俺のほうが空気読めてなかったりしますか。
「じゃあ、何しに来たんだよ」
「謝りに来ました……この時間帯なら誰にも邪魔されずに話せるだろうと思って。今、家の中には誰もいませんよね」
いや、ゼロツーが俺のケータイでアニソンを聞いていますよとはいえなかった。この驚異のテクノロジーのことについてはなんとなくだが黙っておいたほうがよさそうだ……もしも誰かにばれたら面倒なことになりそうだし。
そういう理由で俺が湯野花さんに言えることは一つだ。
「ああ、いないぜ」
まさか、湯野花さんが来るとは思いもしなかったな……
玄関内に入ったとき、湯野花さんは急に黙り込んだ。てっきり『いやぁ、いい材木を使用していますねぇ』とか言うかと思ったんだけどな。
そのままリビングへと案内し、お茶菓子を出すことにする。
「コーヒーと紅茶……それと、緑茶……何がいい」
「じゃあ、紅茶で……」
「お昼はインスタントラーメンとオムライス、スパゲティ(ナポリタン)のどれがいい」
「……いや、お昼はいいです」
「……じゃあ、晩御飯は……」
「早く座ってくださいっ」
怒られてしまった。俺の渾身のボケが一喝によって消されたというわけである。不良に殴られたときに『ぶったね、親父にもぶたれたことないのにっ』といえるほどの漢になりたいと俺は思っている。ええ、空気を読めませんとも。読めないから誰か振り仮名でもふっておいてくれよ。
二人してテーブルに着く。紅茶の湖面を眺めながら湯野花さんはため息をついた。
「……零一君、怒っていますよね」
「……え、何が」
「とぼけないでくださいよ」
拗ねた、もしくはひめたる感情を何とか抑制しながらも言葉を紡いでいる様だ。そのぐらいしか俺にはわからない……いや、このぐらいわかっていればそれでいいのかもしれない。他人の心なんてわからないさ、だから、顔色を窺うっていう言葉があるのだから表情で見極めないといけないのだろう。
「とぼけるなって言われてもな……湯野花さんが俺に何かをしたのかよ」
「……本当にわからないんですか」
「ああ、わからないな」
「停学の……話です」
「それがどうかしたのかよ」
今更それがどうかしたのだろうか。俺には何故、彼女が停学の話を出してきたのかよくわからなかった。
「それがって……だって、零一君を停学にしたんですよ。あたしはそのことなんてぜんぜん知らなくて感謝状もらって喜んでいたし……」
「いいじゃねぇかよ。というかさぁ、俺は別に湯野花さんのことを恨んでも何でもいねぇよ。普通の女子高生だろ、停学にしたのはあんたのおじいちゃんだ」
女子高生に人をどうこうする力なんてあるわけがない。湯野花さんが俺を嫌っており、陰でおじいちゃんに停学にしてくれよと懇願したという陰謀論を考えるのならわからんでもないが……流石に其処までしないだろう。
「……そうですけど、でも」
「でもも何もねぇ。俺は気にしてない。湯野花さんがそれでも気になるって言うなら謝って帰りなよ。まだ学校は終わってないだろ」
「……はい……零一君って優しいんですね」
うっすら微笑んでいるが、俺は首をすくめるしかなかった。
「俺が優しいねぇ……湯野花さん、そろそろメガネを変えたほうがいいんじゃないのかよ」
「……考えておきます」
紅茶を飲み干して湯野花さんは立ち上がる。俺に背を向けて彼女は喋り始めた。
「あの、何か困ったことがあったらあたしに話してくれませんか。絶対に力になってみせるってここで誓いますから」
「何を言ってるんだよ。其処まで大袈裟な事を言わなくていいぜ」
「……お願いします」
消え入りそうな声だった。
「わかったよ、何か困ったことがあったら湯野花さんを頼りにするからな……そのかわり、面倒ごとはごめんですよとか言うのは無しだぜ」
「望むところですよ」
彼女は二度と俺の方を見る事無く、玄関のほうへと歩いていった。見送りなんてしなくていいといわれたのでカップの片付けをする。
「……泣いてたのかもな」
床にこぼれた何かの雫も、ついでに俺は拭き取った。
本文中で零一が冗談を真面目に返されるのが困るといっていましたがあれは納得でしょう。と、言うか……今月中に出来れば百話まで行きたいものなのですがなかなかうまくいかないのですよ。困ったものです。しかし、こうなったらというか……一応、その気になればあっという間に百話まで到達しますよ。ええ、やろうと思えばやれるんです。ただ、『うわ、こんなに一気に更新して読む気うせたわぁ、作者の謝罪があるまで読まねぇ』といった事件が起きないかどうか非常に不安です。読みてぇよ~とか思う方はご連絡ください。やります。では、雨月はこれから雨が切れましたので洗濯機を回したりお部屋の掃除をしないといけませんので失礼しますっ。三月二十四日水曜、十三時五十九分雨月。