第八十五話◆:痴漢
第八十五話
文化祭当日、俺は湯野花さんと行動を共にしていた。場所は電車内で、ぎゅうぎゅうに押されているわけでもない。俺は電車の変わり行く風景を楽しむこともなく、ただぼけっとみているだけだった。
そんな時、裾がひっぱられる。ひっぱったのは湯野花さんだった。
「……あ、あそこの子、痴漢されてますよ」
「……本当だな~」
大人しそうな女性の尻を触っている中年のおっさんが一人。中年のおっさんといってもマッチョ系だ。
「零一君、何か言ってやってくださいよ」
「……え、俺が」
「そうです」
やれやれ、面倒ごとには巻き込まれたくないんだけどなぁとか、色々ぶつぶつ言いながらケータイを取り出す。待ち受け画面となったゼロツーをさっさとカメラ画面へと切り替える。
「よし、撮れた……おっさん、今すぐその人の尻から手を離せ。さもないとこの湯野花さんがあんたを地獄の果てまでストーキングするって言ってるぜ……げほっ」
殴られてしまった。くっ、こんな親父なんかに負けるわけには……それに、ただで起き上がるほど俺は優しい人間じゃない。
「しょ、証拠なんてないだろっ」
ちょうど駅に着いたのか、出る人たちに押されて俺たち三人が出される。被害者女性も一緒に出てきて俺の後ろに回ってきた。ついでに、湯野花さんも俺の後ろにいる。がんばってくださいとか言っているが目の前のおっさんに腕力で勝てるとは思わなかった。
「……さっき、撮らせてもらった」
俺はケータイの画面を相手に向ける。相手の表情が真っ青に染まってそのまま逃げ出した。
「あ、おいコラ待てよっ」
おっさんの足の速さは尋常ではなく、俺でも追いつくことができなかった。もしかしてだが、このためだけに足を鍛えていたりしないよなぁ。
湯野花さん達がいるところへ戻ってみたが、彼女の姿がなかったりする。
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「残念でしたね、あの痴漢を捕まえることが出来なくて」
電車内でそんな事を湯野花さんが言ってきた。
「ま、そうだけどな……じゃじゃ~ん」
「……財布、掏ったんですか」
「いや、気がついたらポケットに入っていたんだよ」
「……説得力ないですよ」
「俺の目的は金じゃないぜ……これに何か入ってるだろ……ほぉほぉ、免許証が出てきた」
その後、俺と湯野花さんは依頼主が待っているところではなく警察へと向かった。俺は依頼主のほうを優先したかったのだが彼女がどうしてもといったためである。画像と財布を警察に渡して説明をしていると約束の時間がとっくに過ぎ去っていた。
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約束の喫茶店に着くと先ほど痴漢にあっていた女性が待っていた。
「……え」
「あ、先ほどはどうも……」
頭を下げられ、とりあえず俺たち二人も席につく。
「では早速仕事の話をさせてもらいます」
「はい……」
「今回の依頼は何ですか」
「……実は、ストーカーにあっていまして、それをどうにかしてもらえないかと……母は気のせいだろうというのですが怖くて……」
「なるほど、それでは……」
まさか、この後面倒なことに巻き込まれるとは思いもしなかった。もっとも、今だって充分面倒なことに巻き込まれているのには違いないんだけどな。
風が強くて外に出たくない作者雨月です。昨日は頑張りすぎて身体の節々が痛いです。というわけで今日はここまで。三月二十日土曜、七時六分雨月。