第八十ニ話◆:依頼
第八十二話
十月に入ると文化祭が急に差し迫っていると担任教師に言われたわけだ。ただ、一年生は特にすることがないために参加するだけとも聞いている。もっとも、それは部活に入っていない奴だけで入っている連中はそれぞれの部活がやる屋台だとか催しの準備をし続けていたらしい。まぁ、俺には殆ど関係のない話だけどな。
「じゃ、零一君今日も行きますよ」
「あいよ」
そして、俺はそんな文化祭執行部に一年生で入り込んだ湯野花さんの手伝いをしている。手伝いといってもいつものように人を尾行したりする仕事のほうと考えていい。大体、文化祭執行部とか言いながらも俺らは『文化祭特別執行部』という尊大な名前をつけられている。これはまた、呆れたもので普通の文化祭執行部から見れば俺たち二人は普通の生徒である。教師側からのスパイのようなもので、不正にお金が動いていないかどうかを探るというのがお仕事である。今回もまた、支給金の着服をしていると噂の生徒をちょくちょく尾行しているというわけだ。
湯野花さんが書類関係をあたって俺が本人を尾行する……そして今日はその上で結局どうだったのかという結論を出す日である。
お金を管理している奴がこれじゃ、文化祭も楽しめないだろうな。湯野花さんから渡された書類を見る。
「……なるほど、こりゃ黒だな」
帳簿などに何を購入したかなどをしっかりと記載しなければいけないのに男子生徒は何も買い物をしていない日に『材料費一万円』と書いている。そして、ちょうどその日に一万円分の本の買い物をしているのだ。
「さてと、先生に報告しますかねぇ」
「そうですね」
「ちなみに、これで何かもらえるのかよ」
「……ひ・み・つ」
なるほど、これが佳奈だったら絶対に吐かせていただろうが湯野花さんだったら仕方ないな。どうせ、現金をもらっていたとしてもこの人が俺に渡してくれることなんてないのだから。
諦めにも近いため息をはいて俺たち二人は職員室へと向かうのだった。
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「文化祭、零一君は行くんですか」
「ん~、俺か……どうだろう。行かないかもな。行ってもすることないし」
ケチな湯野花さんが珍しく喫茶店で奢ってくれるというのでオレンジジュースを頼んだ。高いものを頼もうとすると『その分は身体で払ってもらいますから……何でもいいですよ』と笑った彼女が怖かったりする。
「じゃ、その日は仕事ですね」
「はぁ、仕事……なんでだよ」
「どうせ、暇なんでしょう。それなら有意義に汗をかいたほうがいいとあたしはおもいますけど……」
「……保留にしておいてくれ。もしかしたらほら、俺にも彼女が出来るかもしれないだろ」
「ぷっ」
湯野花さんに笑われてしまった。本当におかしいのか、腹を抱えて笑っている。
「そ、そこまで笑うことないだろ。冗談なんだからさ」
「す、すみません。本当、面白くて……大体、零一君みたいなストーカー男子に彼女が出来るなんてそうそう、というか……普通の子はまず間違いなく好きになったりすることはありませんよ」
「失礼だなぁ。物好きな子がいるかもしれないだろ」
「そうですねぇ、もしかしたら、万に一つ、この地球上の何処かに……いるのかもしれませんねぇ」
笑いながら湯野花さんはそういっている。全く、からかいやがって……
「その点、湯野花さんは見た目がもてそうだからいいよなぁ」
「見た目がって……中身も素直でいい子、モテモテですよ」
「そっかぁ、羨ましいもんだな」
「男にもてたいんですか」
「や、そういうわけじゃないから」
だらだらと雑談は続き、気がつけば結構遅めな時間帯になっていた。
「いやぁ、友達と話すとやっぱり時間が経つのが早いな」
「ま、楽しいのならそれでいいんですけど。じゃあ、あたしは帰ります」
「待った、俺が送っていくよ」
「別に……近いからいいですよ」
「もし、誘拐でもされたらかなわんからな」
「ああ、零一君があたしをさらう予定ですか」
「いや、それはないから」
悪戯とはいえ誘拐されたとか……よい子のみんなは言っちゃ駄目ヨ。
暗がりとなった帰路を二人で歩く。そういえば……こんな暗がりで湯野花さんと出会ったんだったなぁ。
「懐かしいですね、最初であったときに似ていますよ」
あの時は曲がり角にいたんだよな、今も変わらず湯野花さんにたまにつけられていることがあるけど何でそんな事をするのだろう。俺の生態調査でもして何処かに売りさばくのだろうか。
「そうだよな、俺もちょうど考えていたところだ」
「……似た者同士、これからも仲良くやって行きましょう」
差し出された右手をまじまじと眺め、俺は頷いた。
「ああ、お手柔らかに頼むぜ」
そっと湯野花さんの手を握り締める。その手はやはり、柔らかかった。
ここからが長編です。三月十七日水曜、十二時三十分雨月。