第七十二話◆:連打
第七十二話
ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴんぽ~ん
連打、あるのみっ。
「ぴんぽーんっ、ぴんぽーんっ」
最後は自分で言いながら扉を乱暴に叩いてみた。
「……あいよ~っ、何ですか」
面倒くさそうに出てきたのはおっさんだった。頭を掻きながら、黒縁メガネをあげている。
「すみません、少しお話がしたいんですけど」
「……なんですか、依頼じゃないなら帰ってください」
そういって扉を閉めようとする。俺はそれを無視してチャイムを再び連打した。
「……もう、何なんですか。警察呼びますよ」
「別に呼ぶのは構いませんが、娑婆に戻ってきたらここの探偵事務所はチャイムを押すだけで警察に連絡するって張り紙を地球中に散布します」
「……」
俺のことをしばしの間、睨んでいた。睨まれることには慣れているので特上の微笑で返してくれた。安心して欲しいが俺のスマイルは無料ではない。
「君は一体全体何なんだ」
「……湯野花朱莉の友人です」
そういうと目を何度か瞬かせた。そして、扉を開ける。
「なるほど、君が雨乃零一君か……どうぞ、はいってくれて構わない。むしろ、朱莉からはいつかここに来るといわれていたからね」
それだけいって湯野花朱莉の父、湯野花勇気はため息をついたのだった。
場所を事務所内へと変えて俺は先ほどいった言葉を質問してみた。
「……いつか俺がここに来るって言われていたんですか」
「ああ、すごく前のことだけどね。まだ、夏休み前……そうだな、それこそ六月の頭には言われていたよ。けど、ぜんぜん音沙汰無くてねぇ……正直、忘れていたよ」
「何で俺が此処に来るって湯野花さんはわかったんでしょうね」
「……私も妻から乙女心がわかってないわねとよく言われるが君も相当なものだね」
「はぁ、まぁ、男ですし」
「……ともかく、いずれ君が興味を持って自分のことを調べるだろうと朱莉は思っていたんだろう」
そんなに以前から湯野花朱莉に予想されているとは俺は想像もしていなかった。
「で、それ以外に何か言われたこととかありますか」
最初から来ることがわかっていたならば色々と偽装することが出来るだろう。まぁ、自分の娘のことをほいほい他人に教える馬鹿な親もなかなかいないだろうけどな。
「特に無いな。まぁ、強いて言うならば君が尋ねたことには嘘偽り無く答えて欲しい、そういわれただけだ」
「……」
それはまた、変わったものだ。ま、ともかく準備されているようで気持ちが悪いがここは心置きなく質問させてもらうこととしよう。
「……あの、何で湯野花さんはあんなにお金に厳しいんですかね」
何か欲しいものがあって一生懸命仕事をしているわけでもないだろう。俺の給料さえ払われていないのである。
「それはまぁ、私の家が貧乏だろうからね。あの子は一生懸命私達に楽をしてもらおうとお金を貯めている。ただ、それだけだろうね」
「……本当ですか」
「ああ、そうだよ。大体、あの子は養子なんだ。私達とは血がつながっていない」
「……」
「恩を感じていたのかもしれないね」
なるほど、ともかく一番わからなかったことはこれで解消することが出来た。
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「今日はありがとうございました」
「いや、気にしないでくれ。どうせ今日は暇だったから」
そういって勇気さんは事務所の中へと引っ込んでいった。事務所の扉をずっと眺めることも無く、俺は近くの電柱柱の陰をじっと見る。
「其処にいるのはわかってるぜ」
すっと、電柱裏から姿を現したのは湯野花さんだ。
「……零一君、やっとここまで来てくれたかってあたしは思っていますよ」
「悪いな、どうも、俺って興味がわかないと調べようとしないからな」
「……これまで、あたしに興味が無かったということですね」
「どうだろうな」
首をすくめてお茶を濁す。
「……あたしなら、零一君の立場もわかってあげられると思うんです」
「何が言いたいんだよ」
何かをチラつかせてはいるが、けしてそれを教えようとは思わない……そう、彼女は思っているようだ。
「あたし、いつでも相談にのりますよ」
そういって事務所に入る事無く湯野花さんはどこかへ去っていった。ま、俺としては知りたいことがわかったからこれでいいんだけどな。彼女が俺について何かを知っているのは間違いないだろうが……今知ったところでどうしようもない。
雨月はメガネをかけていましたが…今朝、壊れました。悲しみに埋もれたいので、というか、時間がないので後書き勘弁願います。三月十一日木曜、七時二十一分雨月。