第六十三話◆:笑顔は
第六十三話
珍しくもなんとも無い、朝の教室。扉を開けて今日も学校へやってきた雨乃零一の目の前に野獣がやってきた。吉田満という名前を持った野獣はイライラしているようにみえる。
「雨乃零一ぃっ」
「うっわ、どうした……」
胸倉をつかまれ、そのまま前に後ろに揺らされる。
「お前はぁ、お前ってやつはぁ……栞たんにそんなことを、そんなことをぉ、教えていたのかっ」
目は血走り、口から炎でも吐くんじゃないのだろうか…少しだけ零一は待ってみたが一向に火が口から出ることは無かった。
「……何のことだよ……ええい、いい加減話しやがれこの野郎っ」
「……おはよう」
そんな二人の脇を栞が通過していく。無表情かつ、興味を持っていないようだったが以前は挨拶もしなかったのだから進歩したほうなのだろう。零一はそう思っている。
「あ、おはよう栞たん。見ててね、今日からずっと君を零一の魔手から守って見せるから」
栞に声をかけ、零一を睨みつける。
「おいおい、俺の魔手って……どっちかと言うと俺が守ってもらいたいほうだぜ」
昨日の放課後、最後にからかってしまったために拳の味を噛み締めてしまったのである。笹川って実は本読んでないんじゃないのか、そういったのがまちがいだったのだ。
「はんっ、零一なんてバッティングセンターの暴投で股間にスパークしちゃえばいいんだっ」
これは駄目だ。零一はため息をついた。夏の暑さで、完全にやられてしまったのだろう……思えば惜しい友達をなくしたものだ。
「俺がお前に何をした」
「違う、僕に何かをしたんじゃなくて、栞たんに変なことを教えたのが、零一だろう……ほら、これを見てよっ」
叩きつけられるように渡されたものは一枚の写真だった。二人写っており、男のほうは朝の鏡によく映る美男子。もう一人は淡い笑顔の少女である。
実に、見覚えのある写真。少女は女王様の格好をしていて右手に鞭を持ち、左手には鎖を握っている。その鎖は男の首輪に繋がっていた。
「……笹川ぁ、ちょっと来てくれ」
「何よ……」
すでに本を広げて本の世界に飛び込んでいた隣人を呼ぶ。満に動くなと釘をさして教室の外へと栞を連れ出し、零一はため息をついた。
「お前よぉ、あの写真を満に見せたのかよ」
「付き合ってくださいって土下座されて面倒だったから」
「……」
つりあわないって思ったんだろうな、零一は冷静に考えて結論を出す。二人の脇を他のクラスの生徒が特に注目する事無く通過していく。
「いや、それは置いておくとしてだな……もし、へんな噂でもたったらどうするんだよ」
「別に……わたしはどうせ友達とかいないから。でも、悪口とか言われたら手加減しない」
もういいか、そういわんばかりの表情を零一に見せる。再びため息をついて零一は口を開いた。
「今度からは出来るだけ相手を説き伏せるほうでがんばってくれ」
「……もう、告白なんてされないと思うけど」
「……一応な」
お前は知らないかもしれないけどな、お前に愛の告白をしようとしている奴はごろごろいるんだぞ…そう伝える事無く零一は栞と共に教室に戻る。
「満、あの写真はな……」
その後、約一日をかけて零一は満に説明しなくてはならず、この暑いのに何で俺が……そういった愚痴を聞いてくれる相手もいなかったために心の奥底の黒いノートに『吉田満』と名前を書くのであった。
昼休み前までにはすでに吉田満が笹川栞に告白してフラれたという話が広がっていた。栞の席には女子、男子問わず人だかりが出来ており、女子はどうだったとか聞いており、男子は告白したいから校舎裏に来てくれと注文をしている。結局、クラスメートの零一、満を除く全男子が一日のうちに約束を取り決めるという異常事態へと発展してしまっていた。
「笹川はすげぇ人気だな~」
「まぁ、仕方がないよ……で、あの写真の話、本当なんだろうね」
「嘘じゃねぇよ。この目を見てみろ」
「……怪しいな」
「ま、仕方ないな。笹川でS、栞でS。イニシャルがS・Sだからな」
ドSだな。そういった零一の顔面に辞書がぶつけられる。
「……」
辞書の味を噛み締めながら、零一は真剣白羽鳥を学べばあの辞書を格好良くとれるのではないだろうかと考えるのであった。
朝、寝坊して投稿する時間もなくバイトへ直行。さて、言い訳もしましたから今回の話についていきましょうか。わかった人もいるでしょうが、サブタイトルで一文できます。笹川特別編でもいいのですがね。一文予想してみてください。三月二日火曜、十二時二分雨月。