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第六十二話◆:貴方の

第六十二話

「……」

 夏の暑い盛り、もう夏休みは終わるというのにまだ夏は終わりそうに無い。

一人の少女が真っ白のワンピースを身にまとい、誰もいない公園の噴水に近づいていく。白いワンピースを纏った少女、笹川栞は暑いとも思っていないのかいつものように無表情であった。暑さで誰もいない公園だったが、人がいたとしてもあまり係わり合いを持ちたいとは思わない、そんな雰囲気のある少女だ。

噴水の淵に腰をかけてしばらく、水の動きを眺める。彼女の白い手には数枚の写真が握られており、どれも友人と一緒に写っている写真であった。

「……」

 それらを噴水の淵に並べていき、一枚だけを手に取った。他の写真はどれも今の無表情からは信じられない笑顔だったが、強いて言うなら手に取ったその写真が一番みていて気持ちのよい笑顔であっただろう。

「……」

 その写真だけを水の溜まっている噴水の底へと沈める。残りの写真を特に大事そうとは思えない手つきでまとめ、手に持ち立ち上がる。

 笹川栞はいつもの無表情で公園を後にした。

 セミが鳴き続ける暑い日であった。



――――――――



「夏休みを永久的に作る方法ってないかなぁ」

「…あれば先人がやってるだろ」

 雨乃零一は終わってしまった夏休みを嘆く友人の話を聞いていた。空調システムは相変わらず起動しておらず、九月の頭はまだ夏といっていい。机にへばってため息をつきながら窓の外を見る。一人の少女と、何処までも果てしなく広がる雨雲、数えることの出来ない雨粒が一瞬だけ視界に入っては消えるというそんな動作を少しの間だけ、零一は眺めた。この雨は二時間目の休み時間から降り始めている。傘を忘れたと嘆いていたクラスメートもいたわけでそれまでに止めばいいな、そう零一は考える。

 窓の外を見るためには左側を見なくてはいけないために、当然、左となりの席に座っている笹川栞が視界に入るのである。

「……」

 相変わらず、無表情であった。外の様子に興味を向ける事無く、近くで話をしているこちらに注意を向けることも無く……夏休みに何かあったかと訊ねたところで幸ある答えが返ってくるとも思えない。容姿端麗で成績優秀、クールな上に本が好きであるというクラスメート注目の的である。いまだにそれを信じていないのはもはや、零一が一人だけになってしまっている。ともかく、話しかけても一言、二言ぐらいしか普段は返ってこないであろう。

「笹川」

「何……」

 しかし、それでも零一は訊ねるのであった。元来、変に諦めが悪いと言おうか……これも彼の祖父である雨乃源二の育て方がよかったためであろうか。

「……」

 栞は本を読むのを止め、零一のほうをみた。しばらくの間、二人でにらみ合った、見つめあった後に零一が先に口を開く。湿気でむしむししている。ただそれだけのことしか零一は考えていなかったりするわけだが、用も無いのに本を読むのを邪魔してはいけないだろうと思って適当に見繕う。

「暑いな」

「そうね、暑いわね」

 そしてまた、零一は友人である吉田満のほうに首を戻し、栞は本の文字を追いかけるのであった。会話のキャッチボールはうまく成功したのでこれでいいだろうと零一は考えるのである。

「うん、こんな暑い日にしなくてはいけないことがあるね」

 一切の口出しをせずにそんな二人を見守っていた満は唐突にそう告げる。ちなみに、この言葉は零一、栞に向けられていたものだが反応するのは零一のほうである。

「何だよ」

 どうせ、ろくでもない答えなんだろう……そう、簡単に想像のつく友人の思考回路に嫌気を指す事無く零一は尋ねる。九十九パーセント想像つくかもしれないが、残りの一パーセントかもしれないからだ。

「決まってるよ、告白するんだよっ」

 今回は残りの一パーセントのほうであった。適当に言わなくてよかった、そう零一は考える。

「で、誰に」

「栞ちゃんに……ねぇ、栞ちゃんっ。今日の放課後、校舎裏に来てくれないかな」

「うん、わかった」

「やったっ」

 栞はどうでもよさげに首を縦に頷くが、文字を追いかけ続けている。零一は呆れたように天を仰いだ。

「あ~、お前よぉ……」

「何かな、負け組」

 胸をそらす満にため息を一度ついてどうしたものかといった感じで零一は口を開くのであった。

「人を勝手に負け組にしてるんじゃないぜ……そんなことより、お前の脳内って本当、どうなっているんだろうな。一度頭かちわって確認したいぜ」

「僕の頭はいつもどおりさ……歓喜の踊りっ」

 夏の暑さにやられたんだな、かわいそうに。教室の後ろで小躍りしている哀れむような視線で見ながら零一はトイレへと向かうのであった。

「……今日の晩まで土砂降りだぜ……」

 本当に校舎裏まで行くのだろうか……告白は雨天決行なのだろうか。様々な考えが脳内を駆け巡ったが零一の尿意はそれより先に脳の一番大切なところまでやってきていた。



――――――――



 放課後、こうもり傘を手にぶら下げて零一は下足箱で自分の靴を取り出していた。嬉々として栞の手をとり、いの一番に教室から出て行った友人が明日の朝、どんな顔をして自分に説明してくるか実に楽しみだったりするわけだが、それはあまりにも酷であろうということで明日、訊ねるのはやめておいた。

「……何をにやけているの」

「うわぁっ」

 隣には先ほど満とともに校舎裏まで向かっていったと思われる栞が立っていた。無表情、というには流石に言い切れない感情を顔に浮かべている。ちょっと驚いているような表情であった。

「いきなり隣にいるんだからびっくりしたぜ」

「いつも隣の席にいるわよ」

「や、そういうわけじゃなくてだな……」

 つんとした無表情にどう対処したものかと零一はしばし思案したがいい答えが浮かばない。

「じゃ、一緒に帰るか」

「そうね、ちょうど傘を忘れたから」

「ああ、そうか」

 栞がもうちょっと恥ずかしさを持っているような相手だったならば、零一も気恥ずかしくして相合傘など出来るはずがなかっただろう。だが、相手が相手だったために出来たというわけである。


特別編ってやつですよ。いや、嘘ですけどね。無駄に差別化はかったりしましたが、どうだったでしょう。最後に一言、この小説のメインヒロインは誰なんだっ!月曜で一日、さぁ、皆さん今日から一週間気合いを入れて乗り切りましょ。三月一日月曜、七時十分雨月。

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