第五十五話◆:革靴、水族館の現抜かし
第五十五話
「あ~あ、結局零一と二人だけで水族館かぁ」
「そうだよなぁ、せっかく達郎さんと鈴音さんと一緒に水族館だったのに残念だったな」
電車に揺られながらそんなことを二人で愚痴る。達郎さんと鈴音さんは家のほうにかなり大事なお客様が来るそうで朝からばたばたしていたのである。
仕方がないので佳奈と一緒に水族館というわけなのだ。
「あ、チケット忘れてきちゃった」
「え、それ本気で言ってるのかよ……」
ちょうど、駅で止まる。まだ隣町なのでやり直せるだろう。そういうわけで、俺と佳奈はいったん家に戻ることにしたのだった。
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「じゃあ、悪いけど家の前で待ってて。すぐに持ってくるからさ」
「全く、頼むぜぇ……チケット忘れるなんて子どもじゃないんだからよぉ」
悪かったわね。そういって家の中へと入っていく。すでにお客さんが来ているのか立派な革靴が玄関のほうへつま先を向け、おいてあった。
「これ、爺ちゃんの革靴にそっくりだなぁ……」
いまだに佳奈が戻ってこないのでちょっと革靴を掴んでみようかと考えるが、ばれたらきっと大変なことになるだろう。鈴音さんはいつもどおりだったがあの達郎さんが大慌てをしているところを見ると相当立場が上の人なのだろう。
触るのは止めておくとして再び革靴をじっと見る。みれば見るほど、革靴は爺ちゃんのものにそっくりだった。
「……」
まさか、こんなところに爺ちゃんがいるわけが無いだろう。大体、爺ちゃんが来ているのならばもはや、行方不明ではない。雨乃源二がここにいる確率は限りなく零に近いはずである。孫に顔も見せなくなるとはあの爺ちゃんらしくないし。
考え込んでいると佳奈が戻ってきた。その手にはしっかりと水族館のチケットが握られていたのだった。
「結構時間かかったな。何処においていたのかわかってなかったのか」
「え……あ、う、うん。そうだけど……」
なにやら歯切れの悪い返事である。どうかしたのだろうか……
「佳奈、腹でも痛いのかよ」
「そういうわけじゃないんだけど……ううん、気にしないで。さっさと行くわよ」
何かを振り切るように首を振って俺の手を掴む。珍しいものだな、佳奈が俺の手を掴むなんてさ。
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「佳奈、あそこにサメがいるぜ」
「うん……」
「佳奈、あっちにカワハギが泳いでるぜ」
「うん……」
「佳奈、バンドウイルカが跳ねたぜ」
「……あれ、スナメリよ」
佳奈の反応はいまいちだった。
「……」
目の前で手を振っても気がついていないようで、通路脇のポールに二回ほど激突しているために注意深く佳奈を見なくてはいけないはめとなっている。
「あのよぉ、そんなに俺と来るのが嫌だったのかよ」
「…」
それでも佳奈は気がつかない。体調があまりよくないのだろうか。なにやらかなり思いつめたような表情をしているのであった。
「もっしもーし、佳奈さ~ん……」
「……」
やっぱり、無視である。二人してベンチに座ってこれが彼女と彼氏だったならばおしゃべりも進むのだろうが何処かおかしい佳奈と一緒では何もおきたりしないのだ。
あんまり無視するものだから二本の指を鼻の穴に突っ込んでやった。
「……はっくしょん。あ、あんた何やってるのよっ」
「お、やっと気がついた……お前、おかしいぞ。どうかしたのかよ」
「……別に、どうもしてないわ」
「嘘つけよぉ。二十分ぐらい鼻の穴に指突っ込んでいたのにさっきやっと気がついたんだぜ……」
「え、嘘……」
「嘘に決まっているだろ……で、何でそんなにぼーっとしてるんだよ」
「……」
そういうとまた黙り込んでしまった。
「あれか、俺が男だから多分相談しづらいような内容か。まぁ、それなら仕方ないわな」
「……そういうわけじゃ、ないんだけどね」
結局、佳奈は家に帰り着くまで何処かおかしかった。家に帰り着いたときにはすでにあの革靴の持ち主は家を出てしまっているようで顔を見ることがなかったと付け足しておこう。
はい、また一週間が始まりました。実際は日曜日からが一週間の始まりなんですけどね。なんとなく、月曜からが始まりっぽいので。さて、今回の話は意外と重要だったりしますが、シリアスにするつもりはありませんので先に言っておきます。実は零一はそのことを知っていたりします。なんのこっちゃと思うかもしれませんが今はそれで構いません。そういうわけで、今日もがんばって行きましょう。平成二十二年二月二十二日月曜、七時二十一分雨月。