第五十一話◆:爺さんの笑みは悪魔のようだ
第五十一話
上司から言われた仕事は素直にやらなくてはいけないのである。
「あのお譲ちゃんを若造が連れてきたときはニアに対しての侮辱行為かとおもったぞ。危うく息の根を止めるところじゃった」
「……冗談はやめてくれ」
爺さんに詳しく話を聞くことにした俺(勿論、湯野花さんは帰ってしまっている)は道場ではなく母屋のほうにいる。
「で、いつ盗まれているのに気がついたんだよ」
「おとといじゃったな」
「なるほど、おとといね……」
手帳に書き込む。書き込んでいると爺さんが後ろにいて耳打ちされた。
「……此処だけの話、犯人はすでにわかっておる」
「え、それなら警察に言えばいいじゃねぇか」
「そうもいかん。奴がいるのはここの下じゃ」
そういって床を叩く。
「なるほど……」
「正直、あのお譲ちゃんに知られるのはまずいから彼女の……な、写真を入手して黙らせようと考えていたがおぬしがおったから彼女は救われたんじゃよ」
よかったのう、カッカッカ。そう笑う爺さんが怖くて仕方がなかった。
「で、それはともかく……ニアはどうしたんだ」
「ああ、ニアは夏休みに入ったから山で修行……じゃなくて、稽古している途中じゃ。さっき連絡を弓矢でしたからいずれ帰ってくるじゃろ」
「ただいま、じーじ」
「ほらな」
気がついたらニアが隣にいた。以前より目つきが鋭くなって常人とは違うような何かを俺は感じることが出来た。ライオンを前にしたシマウマは条件反射で逃げる。そんな感じだな。
ただまぁ、ニアはニアだ。
「お、零一っ。遊びに来てくれたのか」
「ん、いや、そういうわけじゃないんだがな」
「そうじゃ、ニアにはこれから若造と一緒に地下へともぐってもらう」
「地下……零一と一緒にか」
「ああ、そうだ」
爺さんにそういわれたニアの表情はすっと引き締まり、俺のほうをしっかりと見据えた。正座で、太ももの端に手を置いている。
「零一、お前にどんなことがあってもニアが絶対に守り通してやるからな」
「……あ、ああ……ありがとな」
格好いい台詞だが……そんな台詞をニアが言うとなると、ここの地下はろくでもないことになっているのだろう。嫌だ、行きたくないと思うが一体、地下はどうなっているのだろうという好奇心のほうが強かったりする。
ともかく、あまり楽そうな仕事ではないと理解できた。
ニアの服装がくのいちっぽいとか、色々と突っ込みどころもあったりするがそこはすべて流す方向で。
―――――――
階段下の扉の階段から更に下へと下る。そこはすでに地上とは全く違う場所だった。足場は四角に切られた石で出来ており、上を見上げてもそれは変わらず換気用のダクトが連なっておかれている。
爺さんは用事があるために一緒に行けないとのことだったが地下へ降りる前に珍しくこんなことを言われた。
「……雨乃零一、これより先は魔窟となっておる。これまではニアの友人として多めに見てきたがこの地下にもぐるということはそれ相応の覚悟、そしてニアを信じることが出来なければ大怪我では済まされんぞ」
いつもの飄々とした態度ではあるが口調は厳しかった。
「それでも、この仕事をやり遂げる自信があるのだろうな」
「零一、安心しろ……お前にはニアがついているからな」
「まぁ、俺のやることは追跡だからな。何かあったらニアに頼む」
「まかせろ」
胸を叩いたニアがこれほど頼もしく見えなかったりするのだ。
「よし、では雨乃零一、ニア・D・ロードに命ずる。我が道場の看板を奪いし愚か者を捕縛し、連れてくるのじゃ」
「はっ」
「了解」
まぁ、爺さんが格好良く見えたというのは口が裂けてもいえないんだがな。
地下は地上とは違って少し寒く感じる。相手が何処に潜んでいるのかはさっぱりわからないが重要項目として『犬』がいるらしい。
「気をつけろ、番犬に出会うと面倒なことになる。犬は一匹しかおらんからといって安心はするな、常に警戒しておけ。奴に気づかれると他の犬がいっせいに覚醒するからな」
爺さんがそういうとなると……覚悟はしておいたほうがいいだろう。
「零一、前方から誰か来るぞ。凄く先から規則正しい足音が聞こえてきてるからな」
「何……一旦隠れるぜ」
地下道にはダンボールなどが結構置いており、それらにすぐさま隠れることが出来る。大きなダンボールに入って耳を地面につけてみた。なるほど、本当にかすかだったが足音が聞こえている。これを聞き分けるとはニアはもはや人間レベルではない気がしてならなかった。しかし、足音についての話だが『コツ、コツ、コツ…』といった足音ではなくて『カシン、カシン、カシン…』といった感じの機械的な音なのだ。
それが俺たちのところを通過して曲がり角を曲がったところでダンボールにあいていた穴から安全を確認して出る。
「……ニア」
「何だ」
壁がはがれてニアが現れる。
「お前は忍者か」
「……その質問に対してはノーコメントだ…ともかく、難事は去ったぞ。さっさと見つけて戻ろう」
そんな時だった。地下室中に紅いランプが点滅し、警報音が鳴り響いたのだ。
さて、今回からニア地下の話ですね。ちなみにまだ全容はわかりませんよ。二月十八日、木曜七時十五分。