第五話◆:知らなきゃよかった
第五話
「……にゃぁあああ……」
「なんだ、猫か」
そんな具合に誤魔化せるのは達人だけだ。俺はあいにく、そういった達人ではない。
―――――――
「待て、この野郎っ」
あれだな、女に追いかけられるなんて男、冥利に尽きるに違いない。しかし、あいにく俺は追いかけるんじゃなくて放っておいて欲しかった。
きっと、捕まったらこうなっていただろう。
「もうっ、逃げちゃうなんてだ・め・よっ」
「ぐっはぁっ」
……足が速くて本当に助かっている。まだまだ、昇天したくない。まだいろいろと遣り残したことがあるし、来週にはゲームの発売日が差し迫っている。初回限定で何かつくそうだし、予約も何もしていないから急いで店頭に並ばないといけないのだ。
後ろからは確かに追いかけてきてはいるが徐々に離している様だ。そりゃそうだ、走りながら大声を上げるなど愚の骨頂。声をあげるのは相手がもう少しで捕まりそうなとき、ラストスパートのときのみがベストだと俺は思っている。
曲がり角を曲がって俺は勝利を確信した。しかし、残念ながらその考えはとても危険なもので俺がこの町にやってきたばかりだというのが決定的だったのだ。想像しても簡単に結果がわかるだろう。
俺の目の前には壁が、絶望的な何かの壁があった。
「……」
言葉も出なかった。そこに山があるなら登っていたさ。登山家だから。
「はぁ……はぁ、やっと、追い詰めたぞっ」
そして、後ろからは来なくて良いのにべっぴんさんがやってきた。
医者から酒と女は禁止されているんです。
そういっても、通じそうにない相手だから分が悪いというか何と言うか……
「ぼ、僕……猫だにゃあ」
「……」
「……」
駄目だぁ、誤魔化せねぇよっ。俺の技術じゃこれが限界だっ。誤魔化すのが無理ならば、説得、もしくは交渉するのはどうだろう。
俺の脳内で光が瞬いた。
「まぁ、待て。落ち着け、落ち着いてまずは深呼吸だ」
「……お前、何故ニアを尾行していたんだ」
「ニア……」
って、どなたでしょう。
「ニアはニアだ」
どうやら、目の前の少女の名前はニアというそうだ。
「フルネームは何だ」
「ニア・D・ロードだ……はっ、貴様……ニアの名前を知ってどうするつもりだっ」
「いや、別に。どうしようとも……思っては……いませんけどねぇ」
一歩一歩、俺を壁際に追い詰めてゆく。おいおいおい、俺が何を……追跡はしたが……したっていうんだよぉっ。
ええと、何だ、こういう時って『help me』だったか……『stand by me』だったっけ……ええい、こうなったら追い詰められた鼠は猫に噛み付くって言うことを思い知らせてやるぜっ。
「ちゅ~……それ以上こっちに来ると噛み付くちゅ~」
呆れて帰ってくれたら万々歳。もしくは、戦意を一瞬でも喪失してくれればかいくぐって逃げようと思っていたのだが、今回、この行為は間違いだった。
「……ほほう、それは面白い……」
「え、あ、ちょ、ちょっと……あの、冗談ですよ、じょうだ……ぎゃあああああああっ」
―――――――――
「いたたたた……」
転校初日から踏んだり蹴ったりってあれですか……日ごろの行いがよろしくないってことなんでしょうかねぇ。ぼろぼろになりつつも、俺はため息をついた。
「……財布は無事、他は特にねぇか」
どうやら、財布に興味はなかったらしい。てっきり、財布を取られていたかと思ったがあの人は純粋なストリートな、ファイターさんだったようだな。汚らしい壁際で立ち上がってとりあえず、俺の家(親戚様様の家だが)へと帰ることにした。
少しの間、歩いていると誰かに見られているような気がしてならなかった。
「……ん」
この感じ、間違いなくつけられているっ。普通だったら気の所為で済ませていただろうが今回は間違いない。脳内に浮かぶのはさっきのニア・D・ロードだ。
ふむ、拳の一撃、スピード、ちらりと見えるパンツはすばらしい出来栄えだったが追跡術は劣るようだな。ちょっとからかってやるか。
そう思って一気に走り出す。勿論、相手も出来る限りのスピードでばれないようについてくるが相手が悪かったな。腕っ節じゃ適わないが、追跡術なら俺のほうが上である。
素早く曲がり角を曲がり、壁に背をつける。
「……はぁ……はぁ……」
息があがった調子で一人の少女が俺の前を通り過ぎた。
「誰だ、てめぇっ」
「きゃああっ」
「ええっ」
声が全く違った。どうやら、人違いだったようで……その場にへたりこんだ相手を見る。すでにあたりは暗闇だったので自前のペンライトで照らしてみた。
「えーと、どちらさんでしょう」
そこに照らされたのはめがねをかけて泣きべそをかいている可愛い女の子だった。こういう場合ってどうしたら良いんだろうか。
→謝る。
持ち帰る。
第五話です。今回以降の話はどうしようかなと……道筋を立てて今後も精進しないといけませんねぇ。後書きで人気にさせる小説、目指してみせます。二月一日月曜、十四時五十一分雨月。