第四十五話◆:一学期末のニア
第四十五話
期末に向けて、勉強を開始するのが基本的な高校生のしなくてはいけないことだろう。ああ、後は家に帰ってきたらうがい手洗いといったところか。
「え、ニアも勉強しているのか」
昼休み、偶然廊下でであったニアとそんな会話をした。
「それ、ニアに対して喧嘩を売っていると思っていいんだな」
そして、全く勉強をしていなさそうな雰囲気のニアが一緒に勉強をしようと言ってきたとき正直、世界が崩壊するといわれたときよりショックを受けた。
「そういうわけじゃないぞ、ニアほどの人間だったら勉強をしなくても満点採れるって思ったからそういっているんだよ」
「そうか、いやぁ、そうだな。ニアほどの頭だったら満点間違いなしだな。だけどな、勉強はいつもしていないと駄目なんだぞ、零一」
俺、いつかニアが悪い奴にだまされないか心配である。
―――――――
下校時にも再びニアに出会ってしまった。
「よし、じゃあ放課後はニアの家で一緒に勉強だ」
「ええ~、ニアの家でかぁ」
「じゃあ、零一の家でするのか」
「う……それならやっぱりニアの家でするか」
「そうか、それなら最初から文句を言うなよ」
それもそうなのだがニアの家には爺さんがいるし、また何か面倒ごとにつき合わされるかもしれないという恐怖がある。いや、確かにからくりのことについて色々と調べたいというか、素人ながらいじってみたいのだ。だが、厄介ごとは背負いたくないのである。
「さ、行くぞ」
「……腹をくくるか」
勉強をして帰るだけ、そう、それだけが今回の目的である。けして、けして爺さんと目を合わせてはいけないのだ。これは実に難易度の高いミッション、きっとニアの爺さんはあの手この手にあんな手、隠し腕を駆使して俺の注意をひいて面倒ごとに巻き込むつもりに違いない。
「零一、何をぶつぶつ言っているんだ」
「いやぁ、ニアから勉強のお誘いが来るとは思わなかったから神様に感謝の言葉をささげているんだ」
「そうか、それはよかったぞ。ニアは零一ならいつ来ても大歓迎だ」
にこりとニアはそう笑うのだった。
―――――――
「よく来たの、若造」
「え、あ……どうも。お邪魔させてもらいます」
「何、堅苦しい挨拶は不要じゃ。今回はあれじゃろ、期末テストの勉強をするために来たんじゃろ」
「はい、その通りっす」
よかった、今日の爺さんは普通だ。いや、姿が忍者服であるというのはきっと私服なのだろう。気のせいだ、きっとこれはコスプレに違いない。
「わしもな、今はちょっと忙しくて悪いが遊んでやれんのじゃよ。悪いな」
「い、いや……気にしなくていいんすけど」
「ほっほっほ、若造が……まぁ、毎日来てくれればニアも退屈せんで済むからな。冗談で棒手裏剣を打ち込んできたときは下克上かと思ったぞ」
今、なんだか非日常が見えた気がしてならなかった。
「零一、行くぞ」
「ああ……」
ニアにそういわれたとき爺さんのほうを一瞬だけ見ていなかった。
「ふむ、わしもからくり人形を仕上げなければいかんからな」
それだけ残して気がつけば消えていたのである。忍者……何て現世にいるわけないな。しかし、からくり人形がどうのこうのといっていたから非常に興味がある。それって一体全体何なのだろうか……もしかして、この前の地下室のその先に……
「零一、知りすぎた人間はある日友人達の前から忽然といなくなるものなんだぞ」
ふと、ニアがそんな事をつぶやいた。
「……は、何のことだよ」
「……そんなことよりニアにちゃんとついて来い」
ニアの部屋に行き着くまでにいつものトラップを無視する。もはや、これが日常の一部となっているところを見ると俺も相当図太い神経の持ち主だったんだなぁと思えてきた。きっと、常識人としての感覚が麻痺してしまっているに違いない。
「じゃあ、まずは生物からだな」
「ああ、そうだな」
それからいたって普通に勉強をした。勉強中は一切ニアがボケることはなく、真摯に取り組んでいるその横顔は可愛いというより格好良かった。
「ん、どうした。ニアのことが気になるのか」
「……いや、別に何でもねぇよ。真面目にやってるからちょっと意外だなぁって思っただけだ」
「それ、ニアに喧嘩を売りまくっていると考えていいんだな」
全く、変に喧嘩っ早いところがあるから困るぜ。
「そんなわけ無いだろ。ニアのが頭がいいのはこうやって真面目に取り組んでいるからなんだろうなって……思ったからだ」
嘘じゃないし、心の底からそう思えた。天真爛漫な感じを受けるがやるべきことはきちんとやることが出来る偉い子だということだ。
「うん、勿論だ。だらけていてやっていたら怪我するからな」
何故、怪我をするのだろうか。其処のところが非常に気になった。
「なぁ、何で怪我をするんだよ」
「……零一、女の子には秘密がつき物なんだぞ。じーじがそう言っていたからな。秘密があると魅力が増えるとも言っていたぞ」
「……それ、多分俺に言わないほうがよかったと思うぜ」
「え、何でだ」
「……」
天然が入っているのだろう、きっと。
―――――――
トイレを借りるためにニアの家をさまよっていた。そう、それは間違いなく事故だったに違いない。
「うわっち」
気がついたら足元がなくなっていたのだ。廊下の端になんとか手をかけてはいたのだが、手がだんだん疲れてくる。急いで上がろうとすると今度は誰かに足をつかまれていた。
『侵入者、排除シマス』
そんな声が聞こえた気がした。
さて、第四十五話目の更新ですね。次回は夢の話です。二月十二日金曜、十三時四分雨月。