第四十四話◆:兄は妹の分まで喋るタイプ
第四十四話
気がついたら部屋の中までやってきていて、ちゃぶ台をはさんで話し合っている。笹川兄の名前は笹川まことだそうである。真、と書くそうだ。
「君の事は詳しく調べさせてもらったよ」
「え」
「誤解しないで欲しいが、別にぼくは君に興味があったというわけではないんだよ。いや、それを言ったら間違いになるかもしれないな。うん、やっぱりぼくは君に興味があったから調べたのだろう。何せ、君はぼくの妹の隣にいるからね。転校生ということも知っているよ、ああ、大体の事情も職員室で詳しい書類を見せてもらった。いや、勝手に見たんだから見せてもらったというのはおかしいか。ともかく、君の事だったら大体わかる。君のところの担任さんはお人よしだからね。栞があまり人と話していないところを見てわざと転校生の君を隣に置いたのだろう。栞と普通に話しているということは担任の考えはかけに近かったけど間違ってはいなかったということだね。君の友人である吉田満だって君という存在がいなかったら今でも栞に話しかけてはいなかっただろう。ま、歴史にもしもが無いのと同じで今現在、栞に話しかけているのだからそっちのほうが大切だね。おっと、まだお茶を出していなかった。これは失礼、今取ってくるよ」
そういって部屋を出て行ってしまった。いやぁ、ここまで一生懸命喋る人と会ったのは初めてだ。
「……」
暁、そう呼ばれた猫は俺のひざの上で丸くなっている。
「お前のご主人様は凄いな」
「にゃ~ん」
それは違うぞ、小僧。そういわれた気がした。
「君は猫に話しかけているようだけど、猫が人の言葉を理解するのはともかく、喋るのは無理だと僕は思うんだ」
「わっ」
お盆に茶菓子とお茶をのせてすぐさま戻ってきた。どうやら、先ほどの問いかけが聞こえてしまっていたらしい。
「先ほどの言葉が陰口だったならばぼくはそれ相応の処分を君に下していたことだろう。だけど、先ほどの言葉をほめ言葉として受け取っておくよ。ありがとう。で、君は先ほど猫に話しかけていたが猫に答えを求めていたのだろうか」
「え、あ、いや……まぁ、そうですけど」
「そうだろうね、だから話しかけていたのだろう。だけど、残念ながら猫は喋れないんだよ。いや、猫同士だったら言葉を理解することが出来るだろうが人間と猫とではなかなか心を通わせることが出来たとしても言葉を通すのは無理だとぼくは思うよ。猫が人間の言葉を理解しても猫の言葉をじかに人間が理解するのは不可能だ。猫が人間の言葉を喋れば問題点はなくなるんだろうけどね、あいにく猫はオウムのように喋ることはできない。おっと、せっかく持ってきたお茶がぬるくなってしまったね。ああ、これは気がつかなくて悪かったよ。その扇風機のスイッチを入れてくれ。ぼくは窓を開けよう」
言われたとおりに扇風機を起動させるとがたがたといううるさい音ともに生ぬるい風を俺たち二人に当ててくれた。
「ああ、そういえば栞の話をしていたんだったね。君、栞の後をつけて一度屋上まで行ったことがあったね。これは偶然見かけたんだよ。君が三階までやってきて屋上へと向かう階段を駆け上がっていったのを廊下にいたから見えたんだ。うん、きっとびっくりしただろうね。ああ、そういえば何で栞が複数相手に勝てるのかわかるかい」
「……笹川が強いからですか」
「それはちょっと違うね。確かに、強いのは認めよう。ぼくだってあの子に喧嘩をしたところで勝てる気がしない。というか、勝ったことがない。一ヶ月に一度はやっているんだけどいまだに白星を部屋に飾ったことは無いね。あ、いっておくけどぼくが弱いというわけではないんだよ。栞は状況把握力、運動神経、反射神経が抜群なんだ。複数を相手に戦うときは一発で相手の急所を狙い、決着をつけねばならない。一対一の戦いでぼこぼこに殴り合って掴む勝利よりも一切の傷を負わない勝利のほうがすばらしいものなんだよ。相手の拳よりも素早く人間の弱点に拳を、けりを叩き込んでやるんだ。理屈ではわかっていても実行できる人間は少ない。まぁ、正直な話、今の時代にそんな力は必要ないんだけどね。何処の時代にも不良というものはいるようで一回絡むと尾を引いてしまうから、それと、その仲間にも情報がいってしまうからね。色々と栞も大変なんだよ。負けちゃうと何をされるのかわからないから栞はいまだにがんばっている。不良が喧嘩が強いというわけでもないだろう。ただ悪ぶっているだけだ。小さいころから努力を積み重ねてやってきたもはやプロと、素人が勝てるわけも無い。栞は相手が諦めてくれるまでがんばることは間違いないだろうね。実践させたのがぼくだから黒幕はぼくだといってもいい。暴力はよくないけど彼女の場合は仕方がないんだよ。勿論、暴力沙汰が学校にばれたら大変だから本を読んだりしている。最初はそうだったのかもしれないけど今では立派な趣味だろう。栞の部屋、本棚ですごいことになっているよ。ぼくはそれが嬉しいよ」
そういってお茶を飲んだ。また喋るのだろうかと身構えていると扉が開いた。
「あら、真……お友達が来ていたのね」
「いや、お友達というのは正解じゃないね、母さん。この人は暁を連れてきてくれた人だよ。今日あった人をお友達といえるほどぼくはそこまでお人よしというわけではないね」
「まったく、あなたは若いのにちょっと理屈っぽいわ……あら、貴方もしかして雨乃零一君かしら」
若いというわけではないだろうが綺麗な人だ。どことなく、笹川に似ているがとげとげしさは一切無いような人だった。
「はい、そうですけど」
「早速頼んでおいたことをしてくれていたのね」
「え、どういうことですかそれ……」
「湯野花朱莉ちゃんってお友達にいるわよね」
「ええ、いますけど」
「その方に猫の捜索をお願いしているの。七月末程度までには絶対見つけてみせますと言われたから頼んだのだけれどよかったわ。暁、おいで」
「にゃ~ん」
暁は俺のひざの上からどいて部屋の外へと出て行ってしまった。
「ふむ、今更だけど暁が他人になれるとは珍しいな。縛られるということが嫌いなのか首輪すら拒絶するからね。君、何かしたのかい」
「いや、特に何もしてないっすね。餌はねだられた気がしますが」
「ふむ、その程度か。ああ、そういえば暁について詳しく教えていなかったね。大体、暁って名前をつけたのはぼくじゃなくて栞だ。何に影響されたかは知らないが珍しく譲らなかったのを今でも覚えているあれは、そう、大雨が降っていた……」
まだまだ、話は続くようだった。
―――――――
「……お邪魔……しました」
「いや、本当に悪かったね。まさかこんなに遅い時間帯までおしゃべりが続いてしまうと思わなかったんだよ。うん、更に言い訳させてもらうなら君のような聞き手がいるとぼくも喋った意味があったというものだね。ああ、さっきは君の事をお友達ではないといってしまったがこれほど喋ったのだから君とは友人だ。よし、友情の握手だ……まぁ、友情なんて脆くて気がついたときにはなくなっているということもある。約束、異性関係、すれ違い……そんな理由で消え去るなんてよくあることだからたとえぼくと疎遠になってしまっても気にすることは無い、普通どおりに過ごすといいよ。おっと、下手に引き止めてしまってすまないね。そういえば引き止めるという行為にも色々とあると思うんだ。物理的に引き止めること、たとえば抱きしめるとか腕を掴むとかね。それと、精神的に、これは基本的に言葉だね。何か去ろうとしている人にとって気にかかることなどを言うことによって後ろ髪を引かせるんだ。おや、もうこんな時間だ。ぼくはこれから見なくてはいけないテレビがあるから失礼するよ」
そういって勝手に家の中へと入っていってしまった。
「にゃ~ん」
「あれ、お前も見送りに来てくれたのか」
足元で猫パンチをしている暁を抱き上げる。
「やっぱり、お前のご主人様は凄いな」
「にゃーん」
やっぱり、それは違うぞといわれた気がしてならなかった。
はい、前回最後で出ていたお兄さんの登場です。妹と比べていたって普通の人で雨月的には困っています。困ったぞ、せっかく濃いキャラを登場させようと思っていたのにこれでは中途半端ではないか。そんな状態です。さて、今後このお兄さんがどんな風に絡んでくるのかを期待しないで待っていてください。ああ、そういえば今年もバレンタインがやってくるんですね。サンタクロースにチョコをお願いしてもやってこない、そんな人生。二月十二日金曜、七時四十三分雨月。