第四十二話◆:石像と怪談
第四十二話
蒼空、蒼海、白い砂浜、水着ギャル……俺は楽園へとやってきているのだ。しかし、それらをずっと見ていたところでやっぱり飽きる。すること無いので二時間ぼーっとしていたのだ。
こっちに手を振っている澤田が着ている水着があのスクール水着(白)だというのはあえて突っ込まない。何も言わないでおこう。ほうっておこう、それが一番だ。盗撮しているような輩もいないようだし、女子三人を置いて俺は砂浜を一人、歩くことにした。
「ん……」
その視界の隅に何かを見た気がした。細い感じで、あの雰囲気……
「……じいちゃん」
ふと、そんな声が漏れていた。まだ、確認していないためにもしかしたらという気がしないでもない。しかし、こんなところにきているとは到底思えなかった。
勿論、淡い期待も抱いていて急いで駆け寄った。砂浜ダッシュを終えてそのままの勢いで人影のあったところへとやってきたがそんなものの姿何処にも無く、変わりにあったものは倒れた石像だった。
「……」
何かの慰霊碑…というわけではなさそうだ。お地蔵さんでもないし、一体これは何なのだろうか。人を模した石像の顔をじっと見ていると口元が歪んだ気がした。
「それ、見せてもらえますか」
「うわぁっ、ゆ、湯野花さんかよ……」
驚いたぁ……。
「はい、単なる石像みたいだけど」
「……これって、噂に聞くあれですよ」
手に取り、じっと見る。いつの間にかはずしていたメガネをかけていた。
「あれって……なんだよ」
「ともかく、一度二人のところに戻りましょう。お二人とも急に零一さんがいなくなったから探していましたよ」
「……それは悪かったな。ちょっと、じいちゃんが居たような気がしてこっちに来ちまったんだ」
「そうですか」
それ以上深いことは聞かれなかった。普通だったらじいちゃんが何故、こんなところにいるのか聞いてくるだろうとは思っていたけどな。ま、面倒だし別にいいか。それに、話されたところで迷惑だろうし。
―――――――
夕方まで遊び倒し(俺、びしょ濡れ)豪華な別荘のリビングで食事を採ることになった。
「いやぁ、君達を呼んで正解だったよ」
「ははは、呼んでいただいて嬉しかったですよ」
澤田パパはビールを飲んで顔が真っ赤で上機嫌である。すでに澤田ママのほうはビールを飲んで部屋で眠ってしまっている。
「せっかくの夏だから一つ、怪談話をした後に肝試しをしてくるといいよ。此処、結構有名な心霊スポットがあるんだ」
「そ、そうなんですか……私はちょっと遠慮したいな」
佳奈はこういったものが駄目らしい。ちなみに、俺はそうでもない。澤田の表情もあまりよくないところを見ると苦手なのだろう。
そんな時、うめき声が聞こえた気がした。
「あ、澤田のおじさん、奥さんが呼んでいますよ」
何のことは無い、単なる呼び声だったのだがどうも……澤田の表情が悪かったりする。
「お、本当だ……じゃあ、私はこれで失礼するけどみんなは何かして遊ぶといいよ」
そういって部屋のほうへ消えてしまった。これがいきなり煙のように消えてしまったら一つの怪談が出来上がるんだけどな。
「きょ、今日はお開きでいいですか」
澤田がそんな事を言い出した。
「ほら、皆さん疲れているようですし、明日の朝も遊べますから……その、明日も元気いっぱい遊ぶために……どうでしょう」
「私もそれに賛成」
「ん、俺もいいぜ」
「あたしも構いませんよ」
「じゃ、じゃあ……片付けますね」
どうも、先ほどのうめき声ですでにグロッキー状態のようだ。ま、俺もちょうど疲れていた頃だったし寝るとしようかな。
―――――――
指定された部屋のベッドに入ってうとうとしているとノックが聞こえた気がした。
「ん……」
「失礼しますね」
「湯野花……むぐ」
扉を開けると人影が入り込んできて俺の口をふさいだ。すぐ耳元でこんなことをささやいた。
「……今すぐ、着替えて外に出てください。話したいことがありますから。くれぐれも他の人には見つからないようにしておいてくださいね」
「……」
喋ることができないために頷く。それだけで湯野花さんは出て行ってしまった。
準備を終えて外に出ると懐中電灯を持った湯野花さんの姿があった。ジーパンに長袖のシャツ、メガネといった姿だ。
「さ、行きますよ」
「行くって何処に……ってそれ、持ってきていたのかよ」
差し出されたそれは石像だった。
「……実はですね、この石像ってたまに紛失するそうなんです。普段はここから歩いて三十分程度先にある祠にあるそうです」
「ふ、紛失って……盗まれただけじゃないのかよ」
「さぁ、それはわかりませんがそれをちゃんと戻さないと今度はその人たちが行方不明になっちゃうって怖い話ですよ。多分、澤田のおじさんが言おうとしていたことはこのことだと思います」
何処にでもあるような……ね、そんな話です。そういった湯野花さんの表情は嘘をついているというわけでもなさそうだった。
「そ、そんなの迷信って言うか誇張表現なんじゃないのか。もしくは、勘違い」
「それなら、試してみますか。これ、かかわった人間すべてで返しに行かないと駄目なんですよ。以前も似たようなことがあったそうで、五人中の三人が返しに行き、残り二人が一ヵ月後、同じタイミングで行方不明になったそうです。あたしも別に信じてはいませんが」
「……」
「一ヵ月後、零一さんが行方不明になったら一応、追跡ぐらいはしてあげますよ」
そういう湯野花さんはいたって真面目だった。というか、顔が仕事をしているときのそれになっている。
「しょうがねぇ」
「いい返事です。七月の終わりにも仕事があるということはいっていましたよね」
「ああ、言ったよ」
「それの前哨戦ということで」
そういって、彼女は歩き始めたのだった。勿論、俺はそれを追いかける。
―――――
まぁ、その後……なんやかんやあって朝を迎えた。一睡もせずに山の中をさ迷い歩いていたために疲れたということだけが頭の中を駆け巡っている。
「湯野花さん……よぉ」
「……なんですか」
充血している目を俺に向ける。普通に怖い。
「……遭難しなくてよかったな」
「………そうですね」
まだ寝ているようで扉には鍵が閉められている。勿論、合鍵を持っているためにそれで開けてみた。
「や、おはようお二人さん」
「……澤田の、おじさん」
「朝から散歩かな」
「まぁ、そんなところです」
朝の挨拶を交わしてそのまま朝食へ。きっと、このことをホラー小説で作ったりしたならちょっとした時間つぶしになるかもしれない。
隣でぼーっとしている湯野花さんを見ながらそんな事を考えた。
別に怖くもなんとも無い怪談です。怪談でもなんでもないですけどそこはご愛嬌。尻切れトンボということで一つがっかりしてください。さて、次回は猫が登場します。二月十一日木曜、九時四十九分雨月。