第三十七話◆:笹川のお許し
第三十七話
プラットホームに人の足音が響き渡る。その中には勿論俺と笹川の足音も混じっているはずだ。
「………」
「……」
笹川は無言、俺も無言。二人で何処かに行くならば片方が無言だったらもう片方も基本的に無言だろう。女が冷えた視線でべらべらと喋り続ける男を見る機会は意外と多いのかもしれない。以前、その現場に遭遇したことがあるのだがあれほど見ていて可哀想なものは無かったな。
別に俺自身が無言の空気自体が嫌いというわけじゃない。大体、面倒な相手と一緒に行動しようなんて思わないから笹川とは一緒にいないだろう。
改札口を抜けて隣町へ。隣町といっても以前湯野花さんと一緒に来たところではない。反対側で店などが充実しているところである。
「あ、あの~、笹川……本当、申し訳ないと思ってる」
「……」
普通に無視された。このまま警察に俺を連れて行くつもりなのだろうか。ああ、何もわざとというわけじゃないのに痴漢扱いか。まぁ、ね、あれだ。痴漢をして否定したらもう起訴されること間違い無しって聞くからな……。
そんな事を考えていて俺は誰かに衝突した。
「あ痛っ」
それは笹川だった。どうやら、振り返っていたらしい。無表情でどこまでも嘘を見抜きそうな凛とした瞳は俺を真正面から捕らえて放さない。気分は鷹に目をつけられた白兎の気分だ。
「次からは気をつけて。次は……責任とってもらうから」
「……はい、肝に命じておきますっ」
責任とってもらうってやっぱり警察に連行だろうなぁ……それで、刑務所から出てきたとしても変質者として診られることは間違いないだろう。あ、追跡癖のことを除いて変質者っていわれるのはまだましなほうかも知れんな。ん、いや……どっちなんだろう。
ストーカー零一、変質者零一……どっちもどっちだな。
ともかく、許してもらえたのだからそれが一番いいことだ。これ以上、何かしなければ変なペナルティが課せられるというわけじゃないのだから。
――――――――
初版を探す旅に出ていた俺たちだったが、笹川の機嫌はよかった。増刷されることの無かった小説の初版を手に入れることが出来たのが機嫌のよさの原因であり、俺の不手際も許してくれている……そう思っていいだろう。
夕方ぐらいになるといつものように涼しくなってくるわけだが本格的に夏が近づいてきているためかこれまでより暑かった。太陽はまだまだ沈んでいなかったし、プラットホームは人の熱気でうっとうしい。ここまで来るのに電車を使ったのだから帰りも電車を使わなくてはいけない。そういうわけで、電車へと乗り込む。
電車内には既にクーラーが効いており、少し肌寒かった。ちょうど駅前で待っていた男共の一人っぽい人がその中にいてその隣には体格のよろしい女性が立っている。なるほど、あれと比べるなら笹川は綺麗だな。今更だが、笹川のことが怖くて見ていたのではなく、笹川が綺麗だと思ってみていることに気がついた。そんな笹川は右手に本の入った手提げをぶら下げており左手にはしっかりとつり革を掴んでいる。だが、疲れが出たのかどうかはわからないがこっくりこっくりと首を上下させて現を抜かせているようだった。
結構、はしゃいでいたからなぁ。最初は暴力的で趣味も何一つ無いクラスメートだと思っていたけど(いまだに暴力的なのは間違いない)、実際は趣味に打ち込んでいる子なのだと思い知らされた。初版を見つけて笹川に手渡したあの時、普段はさめていたあの瞳が真っ赤に燃える太陽のようになっていたのだから凄いな……としか感じなかったがいいことなのだろう。
がたんっ
「……っ」
ぼけっとそんな事を考えていたとしても朝のことがあったからしっかりとつり革を握り締めている。そのおかげで俺は体勢を少しは崩したのだが、現を抜かしていた笹川は先ほどの振動の餌食にあった。
前のめりになって俺の胸に顔をうずめるような形になったのだ。あ、既視感だ。
「……っ……」
それで目を覚ます。勿論、目の前にあるのは俺の顔だ。自分がどういった状況に置かれているのか理解するのに二秒ほどかかり、急いで足に力を入れて踏ん張ろうとしたのだろうが変な顔になった。どうやら、足が抜けないらしい。こういうときはフォローを入れてやらねばならないだろう。俺は笹川と違ってヴァッファッリンの半分の成分で出来ているのである。今、ナチュラルに頭の中で『薬の成分か』と思った人は天然だ。
「あ~その、俺も行きは迷惑かけたからな。これでチャラに出来るなんて思っていないから……次、こんなことになったときは責任とってもらうからな」
「……」
何故だか、目をそらされた。まぁ、冗談だってわかっていたからだろう。女性に痴漢されましたといったところで警察が信じてくれるとも限らない。ともかく、俺のときとは違って駅に着くまで笹川の足はどうやら抜けなかったらしい。ま、次から気をつければいいことだしそんなに攻めることも無いだろう。そんなこんなで、六月最終日曜日は過ぎ去って行ったのだった。
第三十七回目の更新です。いやぁ、ちょっとバイトのほうが立て込んでいまして更新スピードがよろしくない状態ですね。っと、そんなことより無感の夢者さんの絵がみてみんにアップされています。どうぞご覧ください。さて、次回は夏の暑さについての話です。夏の暑さも彼岸まで。ここで言っても無意味なんですけどね。ま、今後もぼちぼちと更新していきますので暇なときにごらんいただけるとちょうどいいかなぁ、そう思っています。それではまた次回の更新でお会いしましょう。二月八日月曜、十九時二十四分雨月。