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第三十一話◆:梅雨の休日

第三十一話

 六月、中盤。相変わらず雨が降り続いており、いくら部屋にてるてるぼーずを吊るそうと洗濯物を吊るそうと結果は変わらない。部屋干しした時に鼻をくすぐる独特のあのにおいが俺は苦手だ。

 梅雨の休日、やることが無いし、それなら勉強をすればいい、勉強をするのが高校生ってものだろう……言われてしまうかもしれないが、更に鬱屈な気持ちをひどいものにはしたくない。そういった理由で部屋に閉じこもっていても暇なのでリビングでぼーっとしていた。

「ちょっと、零一……邪魔」

「あ、悪い」

 ソファー近くの床に腰を下ろしていると佳奈に邪魔者扱いされてしまった。まぁ、仕方のないことだ。どうせ、俺ここの居候だし。結局、リビングに出ても変わらないんだな。

「……ちょっと出てくるわ」

「外は雨よ、無駄に濡れて帰ってくるだけなんじゃないの」

 洗濯物を二階に持っていっておりてきた佳奈にそういわれた。鈴音さんと達郎さんは休日出勤のためその姿がなく、この家にいるのは俺と佳奈だけだ。鈴音さんのほうは休日出勤といいながらも本当は書類を会社に忘れてきただけらしい。取りに行って帰ってくるだけだからもうそろそろ帰ってくる頃だろう。

「……傘をもって行くから大丈夫だよ」

「何処に行くの、何時に帰ってくるのよ」

 俺は小学生じゃないっつうの。まったく、自分のほうが二ヶ月程度誕生日が早いからといってお姉さんぶっているのではないだろうか。

「……暇だからそこらをぶらぶらしてくるだけだよ。昼前までには戻るから」

 しかしまぁ、訊ねられたものに対して無視をするというのも子どもみたいで馬鹿らしい。

「じゃ、ついでに買い物に行って来てよ」

 こういったちゃっかりしたところは何気に鈴音さんに似ている気がしてならない。

「……わかった」

 メモ帳、エコバックを受け渡される。まぁ、ちょうどいい暇つぶしにはなるかもしれないな。

 止むことを知らない雨は淀んだ灰色の天から降り注ぐ。それは針のような細さにちょっとした衝撃力を持って俺の黒い傘に当たり続ける。勿論、俺の傘がその程度で破れることはなく雨粒の全てが緩やかなカーブの面に当たってはじけ、地面に落ちていくだけだった。

「……はぁ」

 ため息はきっと雨の音にかき消されて二メートル先にも届くことは無いだろう。まだ正午にもなっていないというのに人を不安にさせる曇り空はまるでちょっとした夜のようだった。その先に見えるスーパーが無駄に明るく見えてしまう。



―――――――



 メモ帳に書かれているものは『じゃがいも、にんじん、豚肉』だった。肉じゃが、カレー、シチュー……まだ、これだけで今日の夕飯を当てるのには無理があるようだ。

 店内は雨だというのに結構人が多く、子供連れが多い。やはり、休日だから子どもをつれて買い物とかに来ているのだろう。

「……」

 仲がとてもよさそうな家族連れが俺の目の前を通り過ぎていく。身長が高くて優しそうな父親と勝気そうな表情に身長の低い母親に手を繋がれて小さな、五歳児程度の子どもがにっこりと微笑んでいた。

 そのとき、肩を軽く叩かれた。

 慌てて振り返る。このご時勢、ぼーっと小さな子どもを眺めている高校生がどうなるのか俺は知っている。そう、不審者扱いだ。

「……零一君、佳奈に頼まれていたのね」

「……す、鈴音さん……驚かせないでくださいよ」

「ごめんなさいね。あんまり真剣に見ていたから……邪魔をしたら悪いかなって思ったの……零一君、ちょっと私のことを『お母さん』って呼んでみて」

「……え……」

 そんなの、いえるわけが無い。鈴音さんは佳奈のお母さんなのである。子どもの声が何故だか遠くに聞こえている気がして、それが耳障りで仕方がなかった。

「無理ですよ……俺、鈴音さんの子どもじゃないんですから」

「いいのよ、あの家に住んでいるってことは家族なんだから」

 そういって微笑む。正直、鈴音さんの申し出には嬉しかった。だけど、俺に親がいないということが鈴音さんの心配になっている……それは間違いないことだ。

 この人に心配をかけることだけはしたくなかった。

「……いや、やっぱりやめておきます」

「そう、残念だわ零一」

「……え」

「もう、息子同然なんだから今度からは零一って呼ぶわね」

 俺の頭に右手を置いて、なでられた。まるで、子どものような扱い。もし、これを普段の生活の中でされていたとしたら……俺は怒っていたのかもしれない。

 だが、今は違った。振りほどけないし、情けない。

 自分はまだまだ子どもなんだな、そう思った。まだ死亡届を出していないのは未だ俺がその後姿を捜しているからだろう……いつか、生きて帰ってくるんじゃないか……そう思えて仕方がないんだ。

「…」

 だけど、いつかはしっかりと俺独りでも立てるようにはなりたいな。そのときは…鈴音さんに達郎さん、そして佳奈に何か恩返しをしてあげたい。



――――――――



 家に帰り着く頃にはすでに雨が止んでおり、あれほど降っていた雨が嘘のようにアスファルトで光り輝いていた。梅雨時の晴天がこれほどすばらしいと感じてしまうのはやはり、珍しさゆえのことなのだろう。

「あ、二人ともおかえり」

「ただいま」

「ただいま、佳奈」

 なんだか、恥ずかしくて鈴音さんの顔を見ることが出来なかった。そのまま鈴音さんは二階に上がっていってしまい、俺と佳奈だけになる。

 買ってきた物をテーブルの上におきながら俺は佳奈に言った。

「……お前のお母さん、いい人だな」

「どうかしたの……なんだか、しんみりしちゃっているようだけど」

「別に、しんみりなんてしてねぇよ……」

「何か私に聞きたいことでもあるんじゃないの……時間があるから聞いてあげるわ」

 まったく、お人よしというか世話好きというか……こういうときに優しくするのなら普段から優しくしろと俺は言いたい。

「なぁ、佳奈……俺がここに来てよかったのか」

「ん、何変なことを聞いているのよ。他に行くあてがないからここにいるんでしょ」

「独り暮らしっていう選択肢もあったぜ」

「零一が……それはないわね~」

 愉快そうに佳奈は笑っている。ちょっとむっと来たが理由がわからなかったので勢いだけでは怒る事なんて出来やしない。

「俺が独り暮らしをするのがそんなにおかしいのかよ」

「だってぇ、そんなの母さんが許してくれないと思うわよ」

「は……」

 てっきり、俺の生活力がないというほうで馬鹿にされているのかと思ったがぜんぜん違うことだった。

「お節介だからね、あの人。零一も知っているでしょ」

「……まぁ、知っているよ。そう言われてみれば確かにお節介っていうか物好きって言うか……」

 確かに……あの人がいる限り俺はなかなか一人暮らしできないと思う。生活力にしっかりとした経済力を持っていなければ一人暮らしなんて許してもらえないんだろうな…。ちょっとまだ、俺が独り暮らしをするには期間が必要だと思う。


ちょっとだけシリアスっぽくなってしまいましたかね。しかし、ここも一つ必要なことでして……やっておいて損はなかったと思っています。さて、次回からは空気を入れ替えてまたいつものノリで続けていこうと思っていますのでがんばりましょう。二月六日土曜、八時四十一分雨月。

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