13:夏に近いとある休日◆
いらいらしてやった、今は後悔している。
13
日曜日、夏が近いということもあってか寝苦しい夜が終わって朝が来た。
「零一様、朝食の準備が出来ました」
「んぅ~、今いく」
ぼろいアパートにお手伝いがいると言うのも変な話だったが超がつくお金持ちなので仕方がないのかもしれない。もちろん、二人とも事情があったりするのだが。
男の名前は雨乃零一。高校三年生だが19歳になる。一年留年したためでもあり、その留年はとある少女のためにささげたと言っても言い過ぎではないだろう。
零一は顔を洗い終えるとうがいをし、朝食の席に着いた。向かい側には部屋の家事を一手に引き受けている東風花が座っている。
「零一様、先ほど電話がありました」
「へぇ、電話か……どこの誰からだった」
味噌汁をすすりながらそんなことを聞く。うん、やはり風花のほうが俺より料理がうまいなと考える零一の耳に風花の声が入ってきた。
「吉田剣様からです」
「ああ、剣か……で、どんな話だったんだ」
「それが………」
風花が口を開くのとチャイムが鳴るのは同時だった。タッチの差でチャイムのほうが速かったのかもしれないが写真判定に任せたほうがいいかもしれない。
「行ってきます」
「ああ」
とりあえず風花が戻ってきて続きを聞くとしよう、うん、自分で電話するよりも用件を風花が知っているのならそっちから聞いたほうがいいだろうし……変に電話したら『それでは私が用件を伝えた意味がありません』とかいってそうだしなぁ、そんなことを零一は考え、ちょっと噴き出すのであった。
俺、剣の真似うますぎっ。
「零一様、先ほどの続きですが」
「お、戻ってきたのか」
「はい、先ほどの続きですが『これから行くので出る準備をしておいてくださいっ』とのことでした。剣様がきております」
「間が悪いな」
「申し訳ありません」
「いや、風花のせいじゃないよ」
頭を深く下げる風花にため息をつきつつ、ここで第三者がいれば『それならば件の吉田剣が悪いのか』と言ってくるかもしれない。しかし、雨乃零一と言う男は『いいえ、それは違います』と答えるだろう。
「最善は尽くしたんだから大丈夫だろう」
ともかく、急いでいるような相手を、しかも、吉田剣と言う人物を放っておくのも危険である。その木刀の味をまだ知っていないが知ったとしたらもう二度と味わいたくないだろうし最近は丸くなったと零一は思っている。
寝巻代わりの蒼いスウェット上下でお客のところまで行くとそこには顔を真っ赤にした吉田剣が荒く息をしていた。
「一先輩、朝早くで申し訳ないのですが自転車を持っていますかっ」
「え、自転車………そうだなぁ、そういえばこの前竜斗が置いていったママチャリがあったかな」
久しぶりにこっちに戻ってきた男装癖を持つ友人が頭に浮かんだ。
「たまには風を感じたいだろうから使っていいよ。安全の蛍光ピンクヘルメットも付いてる」
「………ああ、そりゃどうも」
ママチャリで風を感じるなら屋上でも行くぜと考えたのだやめておいた。零一と言う人間はそんな人間だからだ。
「すいません、運転してもらえますか」
「え、ああ」
運転なんておかしい……いや、正しいのか、そんなことを考えていた零一はスリッパを履いて自転車にまたがった。すると荷台に剣がまたがっていた。
「じゃ、漕いでくださいっ」
「ええっ、犯罪だろ、これ」
犯罪行為をしていた人間が言う言葉ではないのだが、零一は純粋に剣の事を考えていたのである。こいつはもしかして俺の事を試しているのかもしれん、安易に自転車をこぐと握っている木刀が頭をかちわってくれるのかもしれない……。
「実は先ほど走りこんでいたら怪しい人物を見つけたのです。急いでください、一大事ですっ」
「わ、わかった」
ともかく、これ以上何かを言う前にこぎ出した。当然、次に聞こえてくるのは指示の声である。
「右」
「ああ」
「左」
「わかった」
「左」
「はいはい」
自転車をこぐ零一の目にものすごく怪しい人間が映った。
「あの人ですっ」
「………ああ」
緑色のほっかむりに、のの字の風呂敷、全身タイツのような奴である。しかも、急いでいるようで走っていた。
「一先輩、このまま速度をあげてあの人を追い越してください」
「え、追い越すのかよ」
零一が後ろを振り返ると荷台に靴をつけて飛び降りる準備をしていた。
「お願いしますっ」
「あ、ああ………」
朝から全速力はきついなぁ、しかも俺、女の子を自転車の後ろに乗せて走りたいって思ったことは確かにあったけどこんなのが最初だったなんて泣けるなぁ………。
怪しい男を追い抜いたところで軽くなって、人の叫び声が聞こえていた。そして、鈍い音が聞こえてくるのだった。
その後、零一は曲がり角から出てきた女の子にぶつかりそうになったために急いでハンドルを切って電柱に最高速度を維持して突撃。
俺、空を飛んでるよっ。
そんなことを思った後、セメントに背中を殴打してせき込む羽目となった。蛍光ピンクの安全ヘルメットに亀裂が入っていたのだが彼自身は問題なかったのでヘルメットは無事に役目を終えたと言っていいだろう。
大丈夫ですかと尋ねてくるOL風の女性に頭をさすりつつ大丈夫ですと答えて急いで剣のもとへと向かう。そこにはアスファルトに正座をしている泥棒風の男が目に入った。
「女性の下着を盗むなど、なぜこのようなことをしているのですかっ」
「………すみません」
「貴方のご両親はこんなことをさせるために育てたとは他人の私でもそうは思いません」
それを見ていて零一は警察に連絡したほうがいいだろうなと結論付ける。何が起こっているのだろうかと首をかしげてやじうまとなっているOL風の女性に近づいて行ったのだった。
「すいません、警察を呼んでください」
「え、はぁ、わかりました………何が起こっているんですか」
「俺にもよくわかりませんが、日が完全に昇りきってくると今度は救急車も呼ばなくてはいけなくなると思うんで早めにお願いします」
―――――――――
「しかしまぁ、剣は相変わらずすごいな」
「はい、何の事ですか」
先ほどの警官が困惑する様子が頭の中で思いだされた。当然、困惑させた人物の顔も一緒に脳内再生される。
『非常事態だったのですっ。不埒な輩を追いかけるには自転車が必要だったし、私の考えていた作戦は一人では無理だったから無理を言ってこちらの雨乃零一先輩に協力してもらったんですよっ』
すごい剣幕だったな、うん。零一は何度もうなずいており、その隣の偉そうな警官は剣のほうに熱い視線を送っていたりする。
「きっと剣は警察に入ったら喜ばれるだろな」
「はい、何故ですか」
「まぁ、なんだ、朝からご苦労様ってことだな」
いつかは追われる身となるかもしれんな、うん、その時は本気で逃げさせてもらうとしよう……絶対に逃げ切って見せるっ。そう零一は心に誓うのだった。
「一先輩」
「何だ」
「朝から協力していただいてありがとうございます。警察で二人乗りについて咎められ、主犯格のように扱われてしまうとは……私も軽率でした」
本当に申し訳なさそうに言う剣を見て零一は手を振った。
「気にするなよ、たかだか二人乗りだろ」
「しかし、一先輩に前科が出来てしまいました。一先輩のような方が違反なんてするわけないのに………」
見ていて本当に心苦しいものである。
ある時は女の尻を追いかけ、またある時は男の尻を追いかける………老人から幼稚園児まで、追跡しまくって前科は………いやいや、まだそれらについてはばれていないし、御用になってもない、つまるところはばれなきゃオーケーなのさ………。
まるで犯罪者みたいな事を考えながらさっさとこの話題をそらしたほうがよさそうだなと考えた。
「で、剣はなんであんなところにいたんだ」
「いえ、一先輩の心遣いはありがたく思いますが……話をそらさないで下さい。今回の件については私が一方的に悪いのですから」
「………いや、俺は別に………」
道を歩く他の人たちが面白そうなものを見つけたわ、奥様っ。そんな顔をしながら遠くで止まって見ている。
「本当に申し訳ありませんでしたっ」
「………あ、ああ……いいよ、うん、謝ってくれたんだから」
「本当ですかっ、まだ私と友達でいてくれますか」
「あ、ああ………」
鬼気迫るような雰囲気に零一は頷いた。必死さは伝わってくる。
「剣と俺は友達だろう」
「仲直りしてくれますか」
「仲直りも何も……まぁ、したいならするか」
指と指をくっつけ………いや、古いか。零一は頭一つ小さい剣の頭に手を置いてなでた。
「一先輩、友達とは対等な立場でしょう」
「ああ、そうだな」
「頭をなでるのはいかがなものかと」
微妙な顔をする剣に零一は手を休め、しばらくの間考える。
「じゃあ、どうすればいいんだ」
「やはり、握手ですか…しかし、先ほど頭をなでられるのも嬉しかったのですが」
「じゃ、握手してみようか」
がっちりと握手をするがなんだかこれでは契約成立みたいな雰囲気があたりに流れている。
「………なんだか違うな」
「そうですね………あ、ちょっと待ってください」
ポケットに手を突っ込んで剣が取りだしたものは携帯電話だった。
「宵乃淵さんなら何か知っているかもしれません」
「………」
いやぁ、多分彼女は知らないと思うぜ………俺並みに友達少なそうだし………そんなことを零一が考えていても当然、剣には伝わらずコール音だけが聞こえてきた。
「あ、もしもし、宵乃淵さんですか。友達と………ええと、比較的仲が良い相手との仲直り方法を教えてもらいたいのですが。男と女の仲直り方法ってやつです」
いやぁ、帰ってこないんじゃないかと僕ちゃん思うんだけどなぁ………そんなことを零一が考えていても電話相手の宵乃淵静には伝わらなかった。
「え、ああ、なるほど。うんうん、参考になりました。ありがとうございます」
え、嘘、宵乃淵さん仲直り方法知っていたのかよっ………俺より友達が多いってことなのか、いや、もしかしたら少数精鋭、深い友人が一人、二人ぐらいいるのかもしれんな。
そんな妄想をしている零一にいきなり剣が抱きつく。
「うわ」
「これが仲直りの方法だそうです」
零一の頭の中には一時期はやった『だっこちゃん人形』が浮かびあがったりする。それに追加してコアラもユーカリの葉をかじっている。
「で、俺はどうすればいいんだ」
「私を抱きしめてくれればいいのではないでしょうか」
「わかった」
ひしと抱きしめあうが、当然そこは道のど真ん中。
「おーおー、夏が近いからお暑いねぇ」
「よそでやれよ」
そんな声が聞こえてくるも、二人は抱きしめあっており、零一は冷静になり始めた。
「剣」
「何ですか」
「これはちょっと違う気がするんだ」
「大丈夫です。これが不完全なのは知っていますから」
「え、不完全ってどういうことだ」
「………私と零一先輩は友達ですね」
「そうだな、親友と言っても差し支えはないのかもしれない」
「そして、男と女です」
「そうだな、お前の事を男と間違える奴はいるかもしれないが………」
「何か言いましたか」
「いいや、何も……ともかく、俺は男でお前は女だな」
ややこしい男装癖が一匹いたけどなぁと零一はいいそうになって口を閉じた。
「宵乃淵さんに教えてもらいました」
「はぁ、そりゃよかった」
「男と女が抱きしめ会ってキスをすれば仲直りだと」
「………」
唇を突き出している剣をどうすりゃいいんだ………ため息をつきつつ、周りを見るが誰もいないようである。
「…」
こりゃ本当にしちゃっていいのか………なんだか、ものすごーく、いろいろと決断を………逃げたほうがいいかもしれない。
「ん」
零一が逃げようとしたのを察したのか、剣は零一の腰にまわしていた手に力を入れて逃げられないようにする。零一の冷や汗が余計出てきた。
「い、いいのかっ、本当にっ」
「………私は零一先輩が相手なら大丈夫です」
な、仲直りなのに本当にいいのかよっ………ううっ、で、でも本人がいいって言っているのなら………云々、よし、仕方がないっ、こうなったら流れるままに従ってしまえッ………。
「零一、剣、こんなところ何やっ………」
どさっと何かが熱を発するアスファルトに堕ちた。零一は我に返って後ろを振り返る。
「み、満っ……お前なんでこっちにいるんだっ」
そこにいたのは県外で一人暮らしをしているはずの吉田満、剣の兄であった。信じられないものを目にしており、零一が始めてみる表情をしていた。
「れ、零一………」
「あ、何か勘違いしているようだが………仲直りだからなっ」
はたからみて抱き合い、これからキスしますっ………そんな雰囲気である。
「零一」
落ちているコンビニの袋を拾いあげずに零一の肩に手を置いた。
「今後は僕の事を『お兄ちゃん』って呼んでくれ」
「は」
そろそろ夏がやってくる、そんなとある休日に起った事件だった。
そういえば剣って存在薄いなぁ………主役を張っている話も特にないし、せっかく危険物所持しているし暴れさせてみよう。うん、一話限りのライバルも登場させて零一との絆も再確認させるとか色々とやったほうがいいだろう……ああ、そういえば吉田家は牛の角を付けた兜があるって決めていたけど使ってないしなぁ………そんな考えから出来た話ですが……なんでこうなってしまったんでしょうか。誰かわかる方がいらしたらぜひとも教えていただきたいものです。まぁ、ともかく本編の休みを兼ねた今回の話、おもしろかったならば幸いです。