第二十五話◆:琥珀の病室
第二十五話
やってきたのは高級住宅街の一角。いつかは俺もこんなところに住んで『ぬはははははは』そう高らかに笑ってみたい。え、何……金持ちはそんな笑い方をしない……だと……別にいいじゃん。
「まぁた、あの犬が来るんだろうなぁ……」
ああ、怖気がするね、全く。
「いいじゃないですか、なつきちゃんがいうことを聞くのはあの家でも殆どいないそうですよ」
チャイムを押して返答が返ってくるその数秒のやりとり。
『は~い、どなたですか』
「あ、湯野花と零一君です」
なんだかおかしい。俺の名前も『雨乃』って呼んでくれればいいのにな。
―――――――
「えっと、奥さん……最終的に旦那さんは浮気をしていないという現実にぶちあたりました」
俺がそういう。その隣には犬がふんぞり返っていた。名前をなつきというのは知ってのことだろうが……当初、奥さんと旦那さんはこの名前に反対していたそうである。名前をつけたのは今年で中学一年生の娘さんだそうだ。
「旦那さんが挨拶をしてくれないのは娘さんのことが気がかりで仕方がないということだと思われます」
「む、娘ですか……」
「ええ、娘さんのことです。湯野花さん、説明を」
そういって残りの説明は湯野花さんにまかせることにした。俺が説明するよりも湯野花さんが説明したほうが効果が高い気がしてならなかったのだ。
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俺は今、病院にいる。花束をもって……何故だろう。何故、こんなことに……。ナースステーションにて女の子の名前を口にする。人がよさそうなおばさんはその名前を耳にすると何故だか、嬉しそうだった。
「なつきちゃんこっちに引っ越してきて友達がいないって聞いていたからよかったぁ、貴方、友達よね」
「え、ええ……まぁ、そんなところです」
苦しい言い訳。正確に言うならばお母さんの知り合いということになるわけだがここでそんな事を言えばこのおばさんががっかりするのは火を見るよりも明らかだ。
「明後日退院するって言うんだからもう、あなたなんでこれまで来てあげなかったのよ」
「え、え……っと、色々と立て込んでいまして」
何故、俺が……怒られねばならないのだろうか。いちいち、花まで自腹で、ここまで歩いてきたというのにこの対応はちょっとひどいだろう。
だが、事情を知らないおばさんなのだ。そして、なつきという人物が非常にさびしそうな顔をしていたというのを聞いた。
「あの顔はねぇ、両親じゃちょっと消せない顔よ」
「え、何でですか」
「……あなた、病院に入院したことないわね」
「無いですね。健康体ですから」
「……まぁ、いいけど……友達が一切来ないのよ。親はいるけど友達は来ない……貴方だったら耐えることが出来るかしら」
正直、耐えることが出来る。でも、そういえなかった。
「いえ、出来ないんじゃないかと……」
「そうよね、それならここで油を売っていないでさっさといってあげなさいっ」
理不尽だ、今更ながらそう思えた。
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「え、俺がお見舞いに行くのかよっ」
「当然です、ここで待っていますから」
「俺が行くより、湯野花さんが行ったほうがいいじゃん。相手女の子だもん、どうやって話せばいいのかわからないって」
「残念ながらあたし、年下には興味が無いんです」
「俺もないよっ」
「あ、もしかして……年下の女の子が怖いんですか」
「怖い、ああ、怖いよ」
「情けないですねぇ」
「いいよ、情けなくてもっ」
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押し切られるというのは実に悔しいものだ。しかも、ただお見舞いしただけじゃ話が終わらないというのが非常に悲しい……一つ、湯野花さんから課題が出されている。
病室前で深呼吸。流石金持ち、個室だ。プレートには澤田夏樹と書かれている。
「えっと……ノックしないとな……」
もう一つ、深呼吸。これからノックをするのだから心を落ち着かせないと。
「……ほら、フライフライっ……次はおい、そこ、ぼーっとするなよっ……」
「病院内では静かにしてくださいっ」
「あ、すみません」
心を落ち着かせようとしたら逆に看護師さんの心を乱してしまったようだ。反省。
こんこん
「どうぞ……」
そんな覇気のない声が、元気のない声が聞こえてきた。
「……し、失礼しま~す」
何緊張しているんだ、俺。相手は中一のガキである。これまで対峙して来た不良に番長さんとは比べられないほどの小さい相手なのだぞ。よし、こういうときこそ頭脳プレイだ。
→気合をいれる。
ノックをする。
第二十五回目の更新です。さて、今日はちょっとがんばってみようかな、そう思っています。二月五日金曜、十時二十七分雨月。