第二百三十八話◆:帰る場所
第二百三十八話
一人暮らしをして一年以上がたったある日、俺は雨乃家を訪れていた。もちろん、それには理由があっていつものように遊びに来たわけではない。まぁ、ここ最近遊びに行ったりしていないので若干懐かしいなと思いつつ、此処がやっぱり自分の家なんだなと改めて実感した。
俺の前には佳奈だけがいる。達郎さんと鈴音さんはいまだ仕事に行っている時間帯の夕方なのだ。しかし、既に料理はされているようでいい匂いがしていたりする。
どこか緊張したような顔で佳奈は俺のほうを見ていた。
「佳奈」
「な、何よ」
「そういえば、お前の部屋見せてくれねぇか」
「え、な、なんでよ」
何か俺に隠し事でもしているのだろうか。挙動不審で近くに警察か、朱莉、俺がいたら何故こんなにも怪しいのだろうと思って探りを入れるに違いない。
「何か見せられないものでもあるのかよ。あ、また部屋を散らかしすぎて怒られるって思ってるんだろ」
「そ、そんなわけないじゃないのよっ」
「達郎さんたちが帰ってくる前に俺が掃除をしてやるよ」
立ち上がり、佳奈の部屋のほうへと向かう。
「あ、ちょっと。待ちなさいって」
「固い事を言うなよ」
邪魔をしようとする佳奈を体よく避けた後に扉を開ける。
「あ………」
「え」
俺の目の前には信じられない光景が広がっていた。え、嘘………、そういうしかなかった。
汚い国からやってきたお姫様のお部屋は………今やごみが散らかっていない、きれいな部屋となっていた。
「な………いつ業者を呼んだんだ」
「呼ぶわけないでしょっ。掃除、私がしたのよっ」
怒ったようにそういう佳奈。俺としては信じられない気持になりつつ、成長、してるんだなぁ、胸はまだのようだが………と思っていた。
「あ~、なんだ。それなら俺が夕食を作ってやろう」
「え、もう私が作ってるけど」
「なぬっ」
そういえば、いい匂いがしていたものなぁ。
「食えるものなのか」
「し、失礼ねっ。ここ最近はずっと私が作ってるのよっ」
「ふーん」
なんだか、子供の成長を見ている親の心境である。
「ふんふん、赤魚の煮つけにおひたしか………」
煮崩れも起こっていないし奇天烈摩訶不思議な味もにおいもしてこない。
「ど、どう」
俺の顔を眺めている佳奈はまさしく合否判定待ちの受験生そのものだったりする。
「味も見た目も普通にいいな………」
「よかったぁ~」
胸に手を置いてため息をつく姿を見ると何かしら意地悪をしたくなるのだが俺もそこまでガキではない。
「うーん、正直言って此処に戻ってくる理由もないなぁ」
「え」
「あ~、ほら、俺ってここに居候してただろ」
「ええ、そうよ」
「まぁ、居候ってことでなんだ。佳奈の部屋の掃除や他の家事なんかも出来るからそれで住まわせてもらっていたわけなんだし…………」
そういったことがなくなると、今度は俺がつり合いとれないって言うか、なんだかい座れないような気がしてならない。
「れ、零一の家は此処なんだかいていいのよっ」
「まぁ、そうかもしれねぇけどさぁ」
「家族なんだから、そんな交換条件みたいなこと、言わなくていいのっ」
「…………」
佳奈の瞳は真剣そのもの。これを嘘だと言える人間はきっとひねくれているのだろう。
「でもな」
「わ、私ね。零一が此処を出て行った理由に私の部屋の掃除とか、家事が面倒になってきたからかなって思ってたの」
「そんなわけないだろ」
「だ、だからあんたがまた出ていったら私の努力が無駄になっちゃうのっ。もう此処にいていいじゃないっ、何か不満があるのなら絶対に改善するからっ」
それは例えるなら子供のぐずり方にそっくりだった。成長しているのか、後退しているのか。俺にはもはやわからなくなってきたがはっきりとしていない自分の気持ちに整理がついてきた気がする。
「………俺さ、此処にいても本当にいいのかな」
「あたりまえでしょっ」
「そっか………あ、でも………」
「え、何か問題でもあるの………」
不安そうな表情だったが、伝えておいたほうがいいのかもしれない。
「ちょっとな、伝えておかないといけない人間がいるんだわ」
「………それ、終わったら戻ってくるの」
「ああ、そうだな。伝えるだけだからな。じゃ、これから行ってくる。荷物、また取りに来るからな」
佳奈に荷物を預け、俺は玄関のほうへと向かうのだった。
どうも、作者の雨月です。今じゃもう古参の仲間入りを果たしてしまった雨月ですが………ねぇ。雨月さんの作品を読んで小説を書き始めましたっ。なんて話は一切聞きません。いや、まぁ、これを機に小説を書きたくなったとかっていい話があったらいいんですけどね。おれだったらもっといい話を書けるっ。そんな感じで奮起してもらいたいものです。さて、今回の話は成長。一時期は一人暮らし………微妙ですが………をしていた零一にも転機が訪れそうな気配ですね。そして、次回にとうとう登場の妹、そして………あいつ。読んでいる人がいるのか、いないのかよくわかりませんがまた次回お会いしましょう。着々と最終回に向けて話は進んでいっていると思います。八月十五日日曜、二十三時二十四分雨月。




