第二百三十一話◆:未来の過去に起こった雨乃零一殺人事件 Ⅵ
第二百三十一話
剣だったら声を出して確認すればいい。しかし、相手が泥棒さんだったら声を出して確認するのは間抜けである。まぁ、声を出すという行為は相手に自分の存在を教えるものだということだ。気弱な泥棒さんだったら声を出してすぐ逃げてくれればいいのだが不意打ちを受ける可能性もある。居座り強盗は危険なのだ。
気配を感じ取ると、相手はどうやらリビングにいるらしい。昨日のうちに間取り図は頭の中に叩き込んでいるのでリビングからは見えづらい場所へと移動する。その後、相手を確認することにした。
「………ん」
どうやら、相手も俺の存在に気がついたらしい。これは危険だなと判断し、すぐさま逃げようと考えるもどうやら遅かったらしい。
なんだか、懐かしいような(食らったことはない)木刀の一撃が後頭部を直撃したのだ。しかも、手加減をしているのを感じることが出来たが………意識はその後に吹き飛んでしまった。
――――――――
次に気がついた時には頭の上に冷たいものが置かれており、場所は満の家の仏間だったということだ。よかった、ロープなんかでぐるぐる巻きにされてなくて。
「う………」
かすかに残る後頭部の痛みも、少し経てばよくなった。人の気配が廊下からしてきたので上体を起こしてぼーっと眺めているとふすまが開いた。それは多分、成長した剣だったのだろう。
「目を覚ましましたか、零一先輩」
大人びた感じだが、凛とした表情、そして態度は変わってはいない。しかし、以前より角が取れているのはその雰囲気から察することが出来た。
「やっぱり、剣か」
「ええ、そうです」
俺の頭に張り付いているぬれたタオルを脇に置いていた洗面器に浸し、再び乗せた。
「もういいぜ」
「いえ………しかし、兄から聞いて驚きましたよ」
まさか、過去から来るなんて………剣はそういう。
「そうだな、俺もなんで未来に来ちまったんだろうな。しかも、死んでるし」
「…………」
「なぁ、剣が俺を刺したのか」
白のパーカーを着ている剣に尋ねるとしばらく無言だったが首を振った。
「本当は、誰から聞かれたとしても…………私が刺した、そう言わなくてはいけないと思います。事実、私が刺しましたから」
「どういうことだ」
何か一物ありそうなしゃべり方で、正々堂々としていたあの頃の剣とは違うものだ。
「これ以上は詳しく言えません。迷惑がかかりますから………それに、刺した私が言うのもなんですが不可解な点があるのです」
「は、何のことだ」
これは剣も迷っているような素振りで微妙な顔をしていた。
「刺した時、手ごたえを感じたのですが………どうも、不自然だったような気がします。しかし、実際に零一先輩は死亡したとの連絡もあり、葬儀も行われました。新聞にも間違いなく、『八か所刺されていた』と書かれていました………」
「何が言いたいんだよ」
「………私が零一先輩を刺した理由は二つあります」
相変わらず、人の話を聞いていないというか、自分の道を進んでいるというか………ともかく、今は剣の話を聞くことにしよう。
「一つ目は何だよ」
「零一先輩がよくない人に、いえ、人として最低な部類の人間になった」
「二つ目は」
「共感してもらえないでしょうし、私の事を狂っていると思うかもしれません。それは零一先輩が刺されても仕方がない人間だった、そういうことです」
本人を前にして非常にひどいことを言う奴だ。まぁ、俺であって俺ではない未来の俺がどうも、今の俺のようにイケてる男ではないということらしい。
「剣、一つ聞きたいことがある」
「なんでしょうか。先ほど言ったことが全てです。これ以上は………」
「違う、剣は人として最低な部類の人間で、刺されても仕方がない人間なら平気で人を刺すってことか」
剣は俺の質問に実に悲しそうに笑うのだった。
「………あえて言うなら、それが零一先輩だったから………かもしれません。衝動的とは………言葉で説明するのは簡単ですが、実際にやると理解なんてできないんですよ。後悔を先にすることが出来ないように衝動的という言葉も予想することなんて出来ないんです」
それだけ言って剣は立ち上がった。
「どこかに行くのか」
「料理を持ってきます。もう、夕食は出来ていますから、零一先輩はそこに座っていてください。兄はもう少しで帰ってくるそうですよ」
長い髪を俺に向け、剣はふすまの向こう側へと消えてしまう。
「………あいかわらず、独自の思考を持ってるんだな」
剣の証言はいろいろと考えなくてはいけない材料のようだ。しかし、俺が刺されても仕方ない人間ってどういうことだろうか…………。
まぁ、こっちの剣とは付き合いなんてほとんどないのだが、昔の剣なら『目には目を、歯には歯を』とか言いそうな人物だ。つまり、それが意味していることは………。
―――――――
「剣から話は聞けたかい」
「ああ、ばっちりだ。嘘すらつけないお前の妹には完敗だ」
「ふふ、そうかい」
ネクタイをほどいている満に早速尋ねることにする。
「なぁ、死んだ俺はどんな人間だったんだ」
「おいおい、自分の事だろうに」
「他人のほうがよく知っている、岡目八目って言葉もあるくらいだ」
「………そうだねぇ、人が変わった、って言ったほうがいいかな」
実に懐かしそうに満はそういうのだった。
「学校には最低限しか来なくなっていたよ。正直、話さなくなったし、ケータイに連絡すら出来ない状態だった。目つきは悪いし、何件かの殺傷事件の容疑者になったって噂もある」
「………なんだそれ………って、目つきは今も悪いぜ」
「顔も悪いけどね」
「いちいちうるせぇな………でも、なんでそんな容疑者だなんて………」
未来の自分が起こすことになるのだろうかと思うとぞっとするものだ。
「さぁね。そっちの事件を追うなんてなるとこりゃもう、何か大きな組織に所属しているとしか言いようがないんじゃないのかな。襲われた人たちは過去に事件を起こし、無罪になった人たちだった…………一部報道じゃ『死んで当然の人間が死んだ』って言われていたぐらいだから。君は正義のヒーローでも気取ってたのかねぇ」
満はああ、そうだと思いだしたかのように付け足した。
「朱莉ちゃんもね、姿を消した。行方不明じゃなくて退学したんだよ。ちょうどそれが零一、君が死んでから一週間後ぐらい………何故だか僕宛で、手紙が残っていた。自分が刺した、どうやって刺したとか動機も書いていたんだけど実際の現場と全然違うことになっていたからね………警察は今のところ朱莉ちゃんを重要参考にとして探しているんだ」
これまた不可解なことが一つ増えてしまった。なんだかもう、両手をあげて降参したいのだがそれでは謎は当然謎のまま。ここがふんばりどころなのかもしれないな。
「零一先輩、お風呂わきましたよ」
「あ、悪いな」
部屋の扉を開けて俺に向けて剣は続けて言う。
「一緒に入りますか」
「は」
「冗談です、気にしないで下さい」
扉は閉められ俺と驚いている満が残されるのだった。
八月です。あついです、蒸し暑いです、窓を開けても風邪が入ってこない最悪の場所、それが雨月の部屋です。クーラーを入れればそれでいいかもしれませんが日中クーラーはもう遠慮しておきます。あんまり入れていると体に悪そうですし、なぜだか鼻水が止まりません。今日は髪を切りに行こうか、そう思っていましたがやめました。丸坊主でお願いしますっ。そんな感じで言おうかとも思っていたのです。髪が長いとうっとうしいし、洗うのも大変です。しかし、坊主ならばそう、悲観することもありません。というか、坊主状態で髪の毛洗う人なんているんでしょうか。毛自体が短いのに………黒い髪の毛もカツオ君をみればわかるように青く染まるのです。小学生のくせに、あの人髪の毛を染めているんだ、小さい頃はよくそんなことを思っていました。ええ、だっておばあちゃんとか紫、赤に染める人だっていますからね。髪の毛とは、実に奥深いものなんだな、そう思いました。それでは、また次回。八月一日日曜、八時二十七分雨月。