第二百二十七話◆:未来の過去に起こった雨乃零一殺人事件 Ⅱ
第二百二十七話
一切授業に出ないまま放課後となった。どうせ、俺の席なんて六年ほど前にきれいさっぱり消え去っているのだから授業なんて出れるはずもない。俺は近くのファミレスでずっと時間をつぶし(昼食は取ったが、それ以外はジュースでしのいだ)、満と落ちあった。
「で、俺はどうなってんだ」
「こっちが聞きたいよ。ともかく、僕の家に行こうか」
満の運転する車に乗って俺は満の実家にやってきた。以前、やってきたときと変化のない家。敷いて言うならば小さな庭に謎の植物が大量に置いてあったということか………家庭菜園のなれの果てである。
「剣とかいるのか」
「ん、いや…………いないよ、あの子は………まぁ、一人暮らしで出て行ったから」
そりゃ残念だ、六年後の剣を見るチャンスだったんだけどな。
「両親も出払ってるからね」
「そうなのか」
「うん、世界一周だってさ。一カ月ぐらい前から一人暮らし」
「大変だな」
―――――――
六年後の満の部屋もほとんど変わりがなかった。
「変わってないな」
「そうかな」
「ああ、俺の住んでたアパートはコンクリで固められてたぜ」
それはね、そう前置きしてから面白そうに言うのだった。
「先月、駐車場にされたんだよ。君の幽霊が出るって噂がたってたからね」
「生きてる本人がいる前でよくそんなことが言えるな」
「こっちじゃ死んでるからねぇ」
皮肉は相変わらずだともってきてもらったお茶をすする。
「しかし、こうやって君と話すのも本当に………久しぶりだよ」
感慨深げに、懐かしそうにそういう。
「なんせ、こっちじゃ死んでるって言ってるぐらいだからな………で、犯人は捕まったのか」
この質問に満は首を振った。
「おいおい、野放し状態かよ」
「………驚かないで聞いてほしいんだ」
「何がだ、もしかしてお前が俺を刺したとかそんなのか」
「いや、違う」
やたら真面目な表情で満は言うのだった。
「容疑者、今だってそうだけど………佳奈ちゃん、栞ちゃん、ニアちゃんに朱莉ちゃん………夏樹ちゃんと、竜斗、風花さん………そして剣に容疑がかけられたんだよ。それに、面倒なことになってるし」
「は」
全員の顔がふと、脳裏によぎった。
「嘘だろ」
「いや、嘘じゃない。全員調べられて、そのまま放置状態。警察はいまだにこの八人の誰かが怪しいって考えているそうだよ」
「…………」
信じられないことが連続して起こっている。これがタイムスリップだというのだろうか。まだ認めていないという気持ちはあるのだが瞬時にコンクリを埋めることが出来るなんてそれこそあり得ないだろう。
そして、俺が刺殺された揚句、俺の知り合いの女子ばっかりが容疑者とはな。
「あのさ、君を信じるならば、君は君が殺される一年前の君だろう」
「ややこしく言うなよ。まぁ、そうだけどそれがどうかしたのか」
「何か変わったことはないかな。誰かに恨みを買っていたとか」
「………どうだろうなぁ」
刺殺されるなんて夢にも思ってなかったし、異常が起こっていた何て一回もなかったはずだ。
「買ってなかったと思うぜ」
「君が気がつかなかっただけで買っている可能性は」
「そりゃ誰だってあるだろ」
「ま、そうだよねぇ。君は女の子に刺される運命だったのかも」
二人してしばらく考えてみたが全く答えは出なかった。
「なぁ、今でも佳奈とか同じ場所に住んでるか」
「………もしかして、会いにいくつもりかい」
「そっちのほうが手っ取り早いだろ。刺した理由も含めて聞いたらなんとかなるかもしれん」
一年後、俺が死んだとしても今の俺は生きているのである。生きてるときに気になることはやっておかないとな。
「そうだね、じゃあとりあえず会いに行ってみよう」
こうして、俺は佳奈に会いに行くことにしたのだった。
―――――――――
佳奈の住んでいる場所はほとんど変わりがなかった。ただ、やっぱりどこか此処は俺の住んでいた場所とは若干違うな、そう思える。
車から出るとき、満も準備しているのに少し驚いた。
「満、お前も来るのか」
「そうだね、佳奈ちゃんが犯人だったらまた君を刺すかもしれないだろう」
「笑えねぇ冗談だ」
俺が持っていく荷物なんてほとんどない。あるとしたら教科書ぐらいで、こんなのあっても役に立たないだろ。
チャイムを押すが、全く反応はない。
「鈴音さんたちが帰ってくるまであと二時間程度かかるな」
「どこかで時間をつぶすのかい」
「いや、合鍵持ってるから」
財布から合鍵を取り出し、回す。
「いいのかな」
「いいのいいの、もとは俺、此処に住んでいたんだし」
「でも、戸籍上死んでるけど」
「過去から来た万能人型ロボットって言うことにしてくれ」
扉を開けて靴を確認する。古ぼけた靴が一足、俺の脇に置かれていた。
「あれ、これ君が今はいている運動靴だね」
「ああ、なんでここにあるんだろうな」
「持ってきたんじゃないかな、思い出として」
「そりゃ嫌な思い出だな………おーい、佳奈、いるのか」
声を張り上げると二階からがたっ、と言う音がした。
「いるようだな。二階に行くか」
「そうだね………一応、気をつけておかないと」
「おいおい、もしも佳奈が犯人だったとしてもお前は刺されないだろ」
「いや、身なりはちゃんとしておかないと………女性に会うんだから」
こんな状況でもそんなことを言っていられる満が馬鹿に見えつつ、変わってないなと思わせるものだったりする。
音がしたと思われる部屋前で俺はノックした。
「佳奈、いるんだろ、俺だよ俺」
「あのさ、どう考えても死んでる人間がそんなことを言ったら誤解するんじゃないかな………『ああ、私に迎えが来てしまった』ってさ。ほら、変わってよ。佳奈ちゃん、僕だよ、僕。吉田満だよ」
そういって何度かノックする。すると、誰かが扉に近づいてきた。納得いかんな。俺が駄目で満がいいなんてさ。
「………本当に、満君なの」
「うん、本当だよ」
「そっか………あのね、何だか零一の声が聞こえてさ………はは、なんでだろ、死んでるのに」
「生きてるけどな」
「え」
「いや、何でもないんだよ、佳奈ちゃん」
俺のほうを睨む満にあかんべーをしてやった。
「あのさ、話があるんだけど入っていいかな」
「あ、ちょっと下で待ってて。部屋、散らかっているから」
「わかった、下で待ってるよ」
どれほど散らかっているのかかなり気になったのだが、満に急かされたので下でおとなしく待っていることにした。
「満、紅茶とコーヒー、どっちがいい」
「コーヒーだね……って、君が淹れるのかい」
「何だ、淹れちゃ駄目か」
「いや、ここ佳奈ちゃんの家だし」
「俺の家でもあるからな」
そんなやり取りをしていると階段のほうから誰かが降りてきているようだった。
「さて、主役の登場のようだな」
「そうだねぇ」
降りてきた佳奈は青白い肌をしていたがかなり大人びた感じだった。まぁ、胸は成長していないようだが………そして、佳奈は俺を見て目を見開いていた。
え、もう若干だれ気味ですよ。やっと佳奈が出てきたって感じで………ええ、まだ二つ目ですけどね。先の見えない戦い、嫌いじゃないんですけどこりゃ、一筋縄じゃいかないかもしれないですねぇ。一体、誰が零一を刺殺してしまったのか。アリバイも、トリックも出てこないし、零一は犯人を捕まえることはできないでしょう………そして、ついに現れた未来の佳奈。ひきこもっていますがまぁ、仕方のないことです。それでは、また次回お会いしましょう。感想、評価お待ちしております。七月二十九日木曜、二十二時十二分雨月。