第二百十三話◆:意義のない土曜日
前回までのあらすじ:零一は少女を呼ぶ時、はたと困る。名前を教えてくれないのでなんと呼べばいいのかわからないのだ。仕方がないので勝手に名前を付けることにする。雨の音色と一緒にやってきたのだから『雨音』と呼ぶことにしたのだが、それが大層気に入ったようで解明したようである。それなら自分もしてくれと赤ん坊も叫ぶ……じゃあ『梅雨』なんてどうだろうと言ってみると泣き叫んで却下………。
第二百十三話
扉を開けたその先にいたのは一人の男、なぜか馬のマスクをかぶっていた。
「…………」
「やっ、よく来たね、わが弟よ」
「おい、お前そのマスクをとれよっ」
近づいてそのマスクを掴むが、相手も取りたくないようで掴んでいる。
「いやぁ、それは出来ない。君だっててっきりマスクをかぶってくるかと思ったら素顔じゃないか。あいにく、ぼくは………」
「洋ちゃん、ふざけていたらデートする時間がなくなるわよ」
一瞬にしてマスクを引っぺがした。それはもう、鮮やかな手並みというしかなくて、あれ、風が吹いたのかなぁと思った時には兄という男の素顔がすぐにわかったのである。
そこには俺そっくりの顔があった。
「いや、最初に言っておくけどぼくたちは双子じゃないからね」
「それにしても………似すぎじゃねぇか」
「まぁ、違うところがあると言ったら目、かなぁ………ぼくは若干たれ目だけどね」
ソファーに腰掛けるように言われて素直にそれに従う。風花は俺の後ろのほうで立っていた。美月とかいうお手伝いさんは出て行っていない。
「しっかし、あの東本家の子供が三人もいるなんて初めて知ったよ。零一君だったかな」
「あんた、俺の兄貴なんだろ。だったら別に呼び捨てでいいぜ」
そうかい、それならそうするよと洋一郎という男はうなずく。
「ま、面倒なことは置いておくとして君は東のトップになりたいのかい」
「いや、なりたくないね。面倒事はあまり好きじゃない」
「僕もそうさ。大体、東を継ぐのはぼくらの血のつながらない妹だそうだよ」
「妹ねぇ」
どんな奴なのか想像もつかない。
「大体東家って言うのは能力の高い人物を後継ぎにするからね。だからこれまで生き残ってきたんだからさ」
「そうなのか」
「ああ、そうだよ」
いろいろと聞きたいことはあったのだがいざ前にしてみると思いつかなかったりする。
「ま、ぼくが否定して弟も否定した………そうなった場合は確実に妹に権利が譲渡されるんだろうねぇ」
「俺はそれで構わないけどな」
そういうと首を竦められた。
「権利が譲渡されるのはもうちょっと先の話。一年の間は監視をつけられているんだよね」
風花を見てウィンクをする。風花も静かに頭を下げた。
「まぁ、言われてみればそうか」
「きっとこれから様々な干渉してくると思うね。それらを乗り越えないと面倒なことになると思うよ………今日はこの程度でいいかな」
「は」
「これから美月とデートなんだ」
「………」
本当にこいつは俺の兄貴なのだろうか、顔が似ているだけで他の家の子供じゃないのか。
――――――――
行って何か得られるものがあったのかと誰かに尋ねられたら俺は首をしかめるしかないだろう。寒空の下、俺は再び風花と一緒に電車に乗っていた。
「変な奴だな、俺の兄貴は」
「どこの時代も兄というものはそういうものではないのでしょうか」
「………」
そうだな、満と真先輩も兄貴側の人間だろう。似通っているのは仕方がない事なのだろうか………
「これから零一様が通らなくてはいけない道、きっと険しい道のりだと思います」
「風花はこれから先何があるのか知っているのか」
「いいえ、詳しくは知らされておりませんし、知らされていたとしても教えてはいけないとくぎを刺されていることでしょう」
詳しくは知らされていないということはやはり、何かあるのだろうか………出来れば面倒事には首を突っ込みたくないんだが………
「これからの道、どのようなことがあってもわたくしは零一様の隣にいるという約束だけはしておきます」
ほほ笑むわけでもなく、俺の目をしっかりと見据える瞳。嘘か本当か、俺には分からなかったが支えられたのも……事実かもしれない。
「風花………そっか、ありがとな」
「当然の事です」
まぁ、風花みたいなやつとだったら一緒に住んでも一切苦が存在しない………というよりも、逆に俺が風花のためにならないのではないだろうか。うーん、冷静に考えてみたら最近風花意外とあんまり話してない気もするし………今度誰かに相談してみようかな。
かなり久しぶりに一日中に二話目を投稿。いや、ね、たまにはあるんですよ。そして今後の展開も実は考えていたりと………そういえば、真先輩はそろそろ卒業、退場の予感ですな。すでに隣の市までやってきている宅急便の荷物がなぜかこの時間帯になっても来ない………なんでじゃあっ。七月九日金曜、十九時四十六分雨月。