第二百話◆竜斗if:零一と竜斗の一日デート
注意:竜斗の性格が本編と大分違います。
第二百話
「…遅い」
もう約束の時間から既に30分も過ぎている。
何をやっているんだ、あいつは。
今、俺は駅前の噴水の淵に腰掛けている。
事の発端は昨日の夜。
一人静かな晩飯に舌鼓を打っているときだった。
最近少し調子にのり気味のゼロツーが
《いつも一人ぼっちのゼロワン様、貴重なお友達の竜斗様からお電話です。》
なんて言ってきた。
「誰がい・つ・も一人ぼっちだ!誰が!!」
少し乱暴に携帯をとると、
『やぁ、零一くん。今暇かな?』
受話口から陽気な声が話しかけてきた。
「ああ」
『じゃ、明日は?』
「とくに予定はない。」
『んじゃ、明日、10時に駅前の噴水だ。君にこの前の礼がしたくてね。それじゃ!』プー…プー…』
…一方的に話すだけ話して切りやがった。
《ゼロワン様、良かったですね!モテモテですね!》
何が良いのか?何処がモテモテなのか?
…というより、こいつにはそろそろ折檻が必要だな…。
とひそかに決心してから16時間。
それにしても、今日の太陽はどこまで自己主張すれば気がすむのだろうか?
もはや、体力的にも精神的にも限界を向かえようとしていた、そのとき
「零一くん!」
と昨日と変わらずの陽気な声が聞こえた。
その方向にふりむくと、そこにいたのはやはり竜斗。だが、
「お、お前…その格好、どうした?」
上半身はタンクトップの上に羽織りもの。
下はヒラヒラのスカートにハイヒール。
ピンで前髪を程よく分けてあり、しかもうっすら化粧までしていた。
その容姿はどこからどうみても完璧な女性。
「へ、変か?…変だよな、ぼくにこんなのは似合わないよな。」
「いや、全然変じゃねーよ。綺麗だ。」
思わず本心が口からでてしまった。
「そ、そうか…?よかった…」
ホッと肩を卸し、少し顔を赤らめながらニコリと微笑する…そんな些細な仕種でさえドクンと胸が高鳴ってしまった。
ヤバイ…こいつは本当にあの竜斗なのか?
「どうした?行くぞ?悪いが遅れた分を取り返さなきゃ。」
「へ?あ、ああ…」
ボゥとした意識を取り戻したのは、竜斗に腕を組まされたときだった。
歩き出すと、道行く人殆どが竜斗に釘づけだった。
当然だろう。こんなに綺麗なやつは滅多にいない。
笹川やニアとかもずいぶんだが、こいつは相当か、あるいはその上を行く。
ついでに言うと、釘づけの視線の中にはいくらかの殺気も感じられた。
が、当の竜斗はというと…
「ねぇ、零一くん。なんでぼくこんなに見られてるんだろ?やっぱ変なのかなぁ?」
とこんな具合。
「いや、それは絶対に違う。大丈夫だ。それより、これからどこ行くつもりなんだ?」
やはり緊張してるからか、どうしてもいつもよりか声が硬くなる。
「まず、映画館に行こうと思う。」
「映画館…か。何か見たいものでもあるのか?」
「ああ、とっておきのものだ。こんな日にはまさにうってつけさ。」
「…?」
その後も手を変え品を変え聞いてみたが、結局最後まではぐらかされてしまった。
そして、俺は今日の竜斗の中でたった一つだけ不満な点を言った。
「なぁ…竜斗。その格好で男言葉はやめないか?どうも違和感が…」
竜斗はしばらく黙ってしまったが、
「ええ、わかったわ。」
次に返された言葉は、完璧な女言葉だった。
因みに竜斗と観た映画はというと、この前澤田と観たあのホラーだった。
笹川栞が雨乃零一を見かけたのは図書館帰りの駅前。
例の恋愛小説の続刊を借りることの出来た彼女は、とても上機嫌だった。
そう、だ・っ・た。
因みに今現在はというと…今日の気温は25℃超えの夏日なのだが、彼女の周り半径1メートルのみ零下25℃以下…という状態。
原因は、言わずとも分かるだろうが、彼のせい。
いや、彼の隣にいる女性のせいか。
とにかく、氷の女王は、かつてないほどの怒気を周囲にぶちまかしながら、雨乃零一と謎の女の追跡を始めるのだった。
映画の後、俺と竜斗は野々村家が経営しているという、学生にとっては少しお高いレストランの一席に腰掛けていた。
竜斗はなんでも好きなものを注文してくれ、なんてことを言っていたが、俺に10000を超える最高級ステーキなんぞ頼める度胸があるわけもなく、結局一番安いそれでもお値段1200円のオムライスにした。
「ふふ、零一くんって結構遠慮深いのね」
「いや、なんかお前にここまでされるとだな、あとで何か3、4倍になって返すことになりそうな気がしてな」
「まぁ、零一くんったら、私をそんな目で見てたのね。ショック」
…かわいい。
目の前で少し頬を膨らませて拗ねた顔をする竜斗にまたそう思ってしまった。
今日すでに何度目だろうか。
ついつい見入ってしまう。
黙り込んでしまった俺に対して竜斗は、
「どうしたの?何か今日はいつもと変よ?もしかして、私と一緒にいるのいや?」
不安げな顔で尋ねる。
「い、いや、そんなことはまったくねーよ」
「そう?じゃ、どうしたの?」
まさか、お前に見とれてた…なんてことは冗談でも言えない。
苦し紛れに
「えいが…そう、映画だ」
「映画?」
「そうだ。いや、なんかあのホラーがいやにリアルでな…」
するとニヤリとして
「ふーん…零一くんってそういうのダメだったんだ。まぁ、たしかに上映中に白目むいてたし」
くそ、ばれてる!
…だが、そう、確かに前より恐ろしい感じがした。
なんというか…殺気みたいなものがムンムンと俺に突き刺さってきたのだ。
「ふん、お前だって俺の腕にしがみついてキャーキャーって喚きまくってたじゃねーか」
それも澤田と同じようにまたタイミングがいいもんだから、俺はマジで死にそうだった。
まぁしかし、そのおかげで胸の感触を少し楽しむことが出来たのもまた事実だがな。
「あ、あれは…そう、周りの人が驚いて、驚いたからよ!別に怖かったわけじゃないもん!」
…もん。
さらに言い返そうと試みたが、ちょうどオムライスができあがったらしくこの果てのなさそうな言い合いは中断となった。
「んで?本当は何をしたいんだ?お前のことだから何か目的があるんだろ?ならさっさと言っちまえ」
フォーク片手に湯気だったオムライスをつっつきながら、スプーン片手にコーヒーにミルクを混ぜている竜斗に聞いた。
「目的?そんなのはないわよ」
「ない?」
「ええ、ないわ。そうね…強いて言うとすれば、あなたには本当の私を見てほしかった…とでも言えばいいのかしら」
「本当の私…か」
「そう、要するに今のような女としての私。今まで男としてしか生きてこれなかったから。でも、あなたになら、零一くんになら女としての私を見せたいな…ってそう思ったから」
「そう、か」
そう言って俺はオムライスを口に運んだ。
うまい。
ふと竜斗を見ると、俺を向いたままなのに気付いた。
「ん?どうかしたか?まさか…俺に「いえ、それはないわ」
…何も言ってないのに。少し傷つく。
「でも…」
「でも?なんだよ」
「いえ、なんでもないわ」
そういうと竜斗は、湯気のたってないコーヒーを一気に飲み始めた。
…変なやつだ。
零一と竜斗が仲良く昼食を食べている間、裏では店長を始めとした従業員たちが、早く二人が立ち去らないかと肝を冷やしながら待っていた。
事の始まりは三十分前くらい前、 一本の電話からだった。
「はい、こちらレストランの店長です」
「ああ…、店長か。これから三十分後に我が野々村グループにとって大変大切な方がそちらの店にお見えになる。くれぐれも粗相のないようにな」
野々村?野々村グループっていえば…ここのオーナー!?
なんでそんなお偉いさんがこんな傘下のちっさい店に来るんだ!?
視察か?視察なのか?
なんて絶賛混乱中の店長を尻目に、電話の声の主は
「では、よろしく頼んだ。詳細はあとでFAXで送る」
とだけ言い残し、電話を切ってしまった。
数分後、FAXがとどいたがそこに写っていたのは、目つきの少しするどい、少々髪がぼさぼさな青年だった。
幾分か冷静さを取り戻した店長は、電話の相手が誰であったかすら聞いていなかったことに気付いた。
一瞬いたずら電話かとも考えた。
しかし本当だったとき、失敗すれば蟻を踏み潰すより簡単に自分のクビがとぶことは確実だ。
楽観的思考は危険だ…と判断した店長は、従業員に臨戦体制を敷かせ、いつでも対応できるよう準備を整えたのだった。
結果から言うと、それが正解だった。
きっかり三十分後、写真の青年が綺麗な女性を引き連れてきたからだ。
しかし、店長にとって彼らは厄介の始まりでしかなかった。
なぜならこの二人、当人らも気付かないところでさらに厄介なお客をつれてきた。
朝よりさらに怒気たる冷気を増し、もはや彼女がいるだけで店内が静まりかえってしまうほどのオーラを放つ、女王のような存在感をもつ客…
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笹川栞は強烈な苛立ちと、喪失感のようなものが入り交じる、本人でさえよく分からない気持ちに苛まれていた。
しかも、朝より時が経つに連れ増大し、尚も続くであろうことがなんとなく分かる。
なぜ、私がこんなストーカーまがいのことをしているのか。
それが分からない自分自身に苛立っているのもその一つだ。
彼らの跡を追って何も考えずに入った少し大人びたレストランのメニューの値段は、そんな笹川の頭を冷やすのに十分だった。
何をやっているのか、私は…そんなことを思いつつ、手頃なコーヒーを一杯注文した。
ただボゥっと座っているだけでは変だから、今日借りたばかりの恋愛小説を読みながら、二つ前の席にいる一見仲の良さそうなカップルを見張ることにした。
前巻までのあらすじを思い出す。
とある少女の話。
幼なじみでずっと親友だった彼が、ある日彼女を作ってしまった。
その少女はしばらく黙って見ていた。
その後、友達から彼の彼女が悪女だということを聞く。
少女はなんとかして彼を取り戻すために画策するが、反ってそれが裏目にでてしまう。
彼はますます彼女に思いをよせ、少女から離れてしまう。
ふと、笹川は心の中で渦巻いていたものが、晴れていくような感じがした。
今のこの状況、小説の一部分とそっくりなのだ。
そう…そうだったの。
思い悩んでいた笹川は、一人納得した。
私が雨乃を追っているのは、あの女から雨乃を守るためなのだ、と。
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裏から覗いていた店長は、そんな笹川の様子の変化を見逃さなかった。
凍てつくオーラは収まったものの、次の瞬間何か熱いオーラが発せられるのを…。
彼女が見ている視線の先を見れば、例の青年。
感のいい店長は、ようやくこの状況を理解したのだった。
店長になって以来、もっとも厄介な客らを無事にやり過ごした彼。
もう二度とこんなことはごめんだ、と思いつつも、この後あの美女たちのどちらが、あの青年を手に入れるのかということがとても気になったという。
「ありがとうございました」
レジの定員さんにさわやかなスマイルで見送られた。
竜斗は次にどこへ行くつもりなのだろうか・・・聞いてみる。
すると
「うーん・・・どこにしようか」
なんて返事が帰ってきた。
「おいおい、決めてないのかよ」
「だって私こういうの初めてだもん。零一くんこそ、男の子なんだからもっと私をリードしてよ」
「んなこと言われてもなぁ・・・」
そもそもこのデートの言いだしっぺは竜斗のほうだ。
正直言って俺は何も考えてきてない。
とは言うものの・・・さて、どうするか。
「映画に昼飯・・・ショッピング。そうだ、買い物でもするか」
「買い物?でも私今欲しいものなんてないわよ?」
竜斗は不思議そうに言う。
「いやいや、この場合の買い物は何かものを買うんじゃなくて二人で一緒に見てまわって楽しむんだ」
「へぇー、そうなの」
まるで不思議なものでも見るかのようにして俺を見てきた。
「ってお前、んなことも知らなかったのか?」
「だから言ったでしょ?私は男の人とデートするのはじめてだって」
「んじゃ、今までのは?立派なデートコースだと思ったんだが」
「あれは見たかった映画があったからよ?コースなんて決めてないわ」
「マジで?案外お前・・・」
行き当たりばったりなんだな、と少し苦笑い。
「なによ・・・」
「いや、ぼちぼち行くとするか」
「・・そうね」
すると竜斗は腕をからめてきた。
「おい」
「別にいいじゃない。デートなんだし」
はぁ、とため息はついたが実はうれしかった俺だった。
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笹川栞は今、この街一番のショッピングモールにいる。
レストランから雨乃たちをつけていたら、ここにたどり着いたからだ。
見かけいつも通りのような彼女だが、実は内心少し焦っていた。
あの女、雨乃に何か買わせるつもりね。
このままだと雨乃はあの女の魔の手の餌食になってしまう。
その前に何とかしなきゃ。
そう思いながら、休日の昼間ということもあって相当である人ごみの中、彼らを見失わないように注意深く追跡を続行していた。
・・・が、その途中の本屋。
彼女はあるものを見つけてしまう。
それは、今日図書館で借りたのとは別の、探していた数量限定販売の恋愛小説。
図書館で貸し出しはしておらず、いろいろな本屋に立ち寄ったもののどこでも売り切れ次回入荷待ちだった本。
しかもその店にもあと一冊しか残っていなかった。
数量限定とあって、次にめぐりあえるのはいつか分からない。
もしかしたら今後ずっと手に入らないかもしれない。
「鉄のブックマーク」の異名を持つ彼女にとってそれだけは許されないことだった。
結果、ターゲットを見逃してしまったことは言うに及ばずである。
_________________
同時刻、栞の兄である笹川真も同じショッピングモールにいた。
彼がここにいる目的は、右手に持っている・・・(妹にばれたら容赦なく鉄拳制裁をくらう)なものを手に入れることであり、それを済ませた彼はさっそくブツを観賞しようと同志=満の家に遊びに行くところだった。
と、その途中でとある二人組にであった。
「やぁ、零一くんじゃないか。こんにちは。いや、こんなところで会うなんてまさしく奇遇だ。おや、しかも今日はまた偉く美人な女の子を連れているね。栞が見たらたぶん激怒するんじゃないかな?ん?いやいや、こっちの話さ。なに、気にしなくていい。ところでそこの君、前に一回会ったことないかい?おや、ないって?たぶんそうだろうね。僕もそう思うよ。世の中似た人なんてごまんといるからね。一人くらい見たことのある顔を見ても不思議ではないね。しかし零一くんは相変わらずだね。何がか、ってそれはきみ自身が考えなきゃだめだ。考えない人間は人間であることを放棄しているようなもんじゃないかい?だって・・・て、え?なぜ僕がここにいるか?ああ、それはね、こんな美人さんの前で言うには非常に勇気のいるものだよ。男の君になら大体察しが付くだろうと思うんだけど。まぁヒントをあげとくと、満く・・・え?分かった?さすがは零一くんだ!やっぱり僕が見込んだだけのことはある。うんうん、やっぱり君も同志だ。そうだ、これから君も満君ちに行かないかい?多分彼も喜ぶと思うよ。あ、でもそうか、今日は彼女がいるからダメなのか。残念だ。君にもこれから挑戦する新たな境地をぜひ見届けてほしかったんだけどね。まぁそういうことなら仕方ないか。一人になってさみしくなった時はいつでも言ってくれ。なんたって君は同志なんだ。それじゃ、また会おう。あ、そうそう、栞には会わないと思うけど気をつけて」
その後も出口へ向かって彼は意気揚々と歩いていた。
これからの未来が明るく開けていた。
「あら?兄さん」
その声が聞こえるまでは・・・。
2階のエスカレーター付近にいる、と聞いた栞は、その話し手を粛正したあとすぐさまその場所にむかった。
しかし、当然その場所に零一たちはいない。
近くにある案内版まで行き、この広いモールの全体図を見ながら栞は、次に恋人たちが行くような場所を考えた。
−−−−−−−
嵐のような真先輩が過ぎ去った後、ホッとしていた俺だったが、突然竜斗に腕を強く引っ張ぱられ引きずられるように連れて行かれる。
「あ、おい」
声をあげるが、無視。
それどころかどんどんスピードが上がっていく。
その勢いが収まったのは、2階の人気のない階段だった。
「いててて……一体どうしたってんだ?」
強く引っ張られて赤くなった腕を別の腕で摩りながら聞いた。
すると
「ハァ…危なかった」
短く息をつくように言う竜斗。
「お前、真先輩と何かあるのかよ?」
「違う。ぼくが女だってバレそうになったことだよ」
「ああ、確かに。でも…」
「ねぇ、ここ出ない?」
唐突だった。
「どうしてだよ?」
「ほら、ここって有名じゃないか…人が多いだろ?」
ああ、なるほど。
俺は竜斗の言いたいことが分かった。
「ようするに、バレる可能性も高くなる…ってことか」
「そう。今はたまたまうまくごまかせたみたいだけど、彼より鋭いひとなんていっぱいいるだろ?」
竜斗が言う。
「まぁな…。確かに、ばれるといろいろ厄介かもな。分かった。とりあえずここを出るとするか」
「うん」
竜斗は満足そうに頷いて階段を下りようとした。
「ところでお前…」
「ん、なに?」
にこやかに振り返る竜斗。
「口調、戻ってるぜ?」
「あ!」
−−−−−−−−
外に出たものの、次にどこに行こうか迷う俺達。
そもそもここは「ど」がつくほどのド田舎で、このモールを選択肢から抜くとろくに遊び場すらない。
あとは…噴水公園か。
あそこなら普段あまり俺達の知り合いはいない。
それを竜斗に提案すると、彼女もそれを喜んで承諾してくれた。
−−−−−−−−
栞は自分の考えられる全ての場所を回った…が、親友の姿はどこにも見当たらない。
一体どこにいるのだろうか?
疲れとじれったさが段々苛立ちに変わってくる。
入口付近に戻った彼女は、喉が渇いたのと頭を冷やすために近くの休憩所、自販機で冷たく冷えたものを買うことにした。
椅子に座り、缶ジュースを開ける。
中の冷えた液体が栞の喉をとおり、生き返るような感じを味わう。
すると
「なぁ…あの美人、綺麗だったな。ちきしょう、だれだあいつは。あのボサボサのいけ好かない男は…くそ、俺にもあんな女がいたらなぁ」
「はは、おまえにゃ無理だ!自分の顔、いつも鏡でみてんだろ?」
なんて、隣に座っている男たちの話が聞こえてきた。
最初は気にも止めてなかったが進んでいくうちに、栞の頭の中にある人物が浮かびあがってきた。
「なぁ…お前の隣にいる奴も可愛くね?」
「ん?お、確かに」
男達が自分のほうに気があることに気付いた。
中のジュースを飲み干した栞は、席を立つと、その男達のところへ向かった。
「ねぇ、あなたたち…」
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道を覆う新緑の木々が今日のあっつい日差しから守ってくれているからだろう、公園内はとても涼しかった。
そんな俺の心内を代弁するかのように、竜斗は大きく伸びをしていた。
「んん、きもちぃ」
周りを見渡すと、ベンチで寝ている人がいたり、犬の散歩をしている人がいたりするが、その数はまばらだ。
俺と竜斗はそんな道をゆっくりと、たわいもない会話をしながら二人並んで歩いていた。
公園の中腹に来た頃だろうか。
「あら…?」
突然竜斗が話をさえぎって、道の脇にあるベンチを指さした。
俺もその方向を向く。
そこには、俯いた小さな幼稚園児くらいの女の子が座っていた。
「どうしたのかしら?」
俺は周囲を見てみた。
「親は…いないみたいだな」
「迷子かしら…」
「かもしれないな。行ってみるか?」
「うん」
こうして俺達はその女の子のところに向かうことにした。
見知らぬ年上の異性が話しかけるより、同性の方が心理的にいいだろうということで、竜斗が女の子から事情を聞く役をもつ。
「どうしたの?」
「……」
「迷子になっちゃった?」
「……うん」
やっぱり迷子だった。
女の子はもう泣く寸前だ。
「じゃあ、お姉ちゃん達がお母さんを一緒に探してあげるよ」
竜斗がそういうと、女の子は顔をあげて一瞬笑顔をみせた。
目のクリっとした将来性を感じさせる女の子だ。
が、それは本当に一瞬で、何かに気付いたような表情をすると今度はまた下を向いてしまった。
そして、
「行かない…」
女の子は言った。
「え…どうして?」
竜斗の声に少し動揺が聞き取れた。
「知らない人について言っちゃダメ…ってお母さんに言われた」
至極まっとうな答えが返ってきた。
確かにこの場合ついていくのはとても危険だ。
良く教育されているなぁ。
だがしかし、さて、どうするか。
竜斗も困ったようにこっちを向いてきた。
少し考えてみたものの、なかなかいい案が出てこないので、お手上げのジェスチャーで返す。
竜斗はあからさまに落胆のため息をつくと、突然女の子に向かってこんなことを言い出した。
「大丈夫。私たちは正義の味方だから!!」
一瞬公園の中が静まりかえったような気がした。
俺はずっこけそうになった。
そんな言い分がいまどき通るのかよ!!
「せいぎの…みかた?」
ほら、なんか女の子も不思議なものを見るような目をしている。
「そう、だからお姉ちゃんたちを信頼しなさい!」
だが自信満々に言う竜斗。
俺はこめかみを押さえながら、我慢できなくなり、ついに口を開くことにした。
「おい…いくらなんでもそれは「うん、わかった!!」…ハィ?」
…なんですと?
「うん、それじゃ、一緒にお母さんを探しに行こうか!」
「うん!」
次第に意気揚々とする二人に、俺はついていけなかった。
「まじかよ…」
「うん!お母さんが正義の味方はいつも正しい、て言ってた」
…お母さん!!
俺はまだ見ぬ女の子のお母さんに対して、なぜかそう強くツッコンでしまった。
一方その頃笹川栞は、男達から聞いた情報が雨乃たちのことだと願いながら、出来るかぎり急いで公園に向かっていた。
因みにその情報をくれた親切な人たちには、十分な礼をもって夢の世界にいざなってあげた。
「待ってなさい…雨乃」
そう呟くと、彼女はさらに歩を早めた。
あ、二百話ですね。さて、今回の話は以前から言っていた無感の夢者さんの作品です。いずれ続きを読める日がやってくることでしょう。これで畳むのも一つの選択でしょうが、前話で続けてしまったものですから中途半端です。今の日本はどれもこれも中途半端ですからはっきりしないといけません。責任取ってやめるは、責任取ってませんから。無責任に放り出しているだけです。そうならないよう、頑張ります。六月二十一日月曜、八時四十八分雨月。