第百九十三話◆剣編:不安と日記
第百九十三話
『そうかぁ、やっぱり剣のあれはまだ治ってないんだねぇ』
電話の向こうからのんきそうな声が聞こえてくる。満は剣の体調が悪いと聞いてどうやら何か知っている風だった。疑問に思って尋ねることにする。
「なぁ、あれってなんだよ」
てっきりはぐらかされると思っていたのだがそうでもないようで、満は少し考え込むようにしゃべり始めた。
『さぁね。医者でもわからないそうだけど、精神状態に強く影響されるみたいだよ。えっとね、不安になったりすると倒れるみたいだね。不安要素がなくなれば倒れたりすることもなくなるだろうけど、そんなの不可能に強い。ま、剣は強い子だから年に一回か二回で済んでるんだよ。僕や君だったら中間テスト前には確実に倒れることになるだろうねぇ』
じゃ、剣によろしくねとそういって満は電話を切ったようだった。いろいろと文句も言いたかったのだが切られてしまっては仕方ないな。
「………」
そういえば、剣に会った時も倒れていたっけなぁ。あれも何か不安要素があったのだろうか。
「っと、そろそろお粥でも持って行ってやるか」
――――――
剣の部屋は俺の隣の部屋であり、以前は物置だった。何故、一緒に暮らしているのかもはや忘れてしまったのだが、ルームシェアをしていると思えばなんら問題はないだろう。ああ、そういえば剣と暮らすようになって佳奈とか来なくなったなぁ………
「剣、お粥作ってきたぞ」
「ありがとうございます」
顔色はどうやらよくなったようでいつものように色白に戻っている。しかし、パジャマを着て布団の中にいるとどうも健康そうにはみえなかった。
「なぁ、満から聞いたけど不安になると今日みたいなことが起こるそうだが本当か」
「ええ、そうです。覚えていませんか、私と最初に出会った時のことを」
もちろん、覚えているのだが………この場合は俺が付きまとっていたときではなくて剣を病院に送ったときのことなのだろう。
「そうだな、覚えてるよ」
「あの時も不安だったんですよ。一先輩には話していないと思うんですがあの時期、ちょうどストーカーに付きまとわれていて………これがどうも、自分では対処できない相手だと感じていたんです」
「…………」
耳が痛かった、いろいろと。
「結局、登校中に襲われたらどうしようってことを考えていたら倒れてしまって………本当、あの時は助かりました」
「い、いやぁ、倒れた人を病院に連れていくのは当たり前だと思うよ」
「あれからストーカーの気配もなくなってホッとしていたんですけどね。私が普段から身体を鍛えたりしているのは精神を強くするためなんです」
健全な肉体には健全な精神が宿る………だったかなぁ。違うような気がするけどまぁ、そんなもんだろ。
「じゃ、今回はなんで不安になったりしたんだ」
「う、うーん、それがわからないんです」
「わからない………なんでだよ」
「数日前、一先輩の部屋で日記を読んでしまってからです」
「日記………ああ、あれか」
彼女がいないのでとりあえず女友達と一緒に遊びに行ったときはいろいろと記入したりしていたのである。まぁ、それも面倒になってここ最近は全然書いていないが………
「それで不安になったのか」
「ええ、まぁ………しかし、一体なぜ不安になってしまったのでしょうか。勝手に呼んでしまったことに関して怒られると思っていたからかもしれません」
「うーん、そうなのか。別に読まれても問題ないけどなぁ………じゃあ、今日倒れそうになったのはそれが原因なのか」
「それは………どうでしょう。夏樹のことを好みだと一先輩が言った時から悪化しました」
「そうか………じゃあ、何なんだろうな」
「何なのでしょうね」
二人してうんうんと唸るのだが答えは出てこなかった。
「ともかく、お粥が冷えちまうからさっさと食べろよ」
「わかりました」
器を俺から取ろうとしたがその器を自分の手元に戻す。
「待った、もしかしたら食べてる途中に倒れるかもしれないから俺が食べさせるよ」
「………いえ、このぐらいは大丈夫かと」
「いいや、念には念を入れたほうがいいだろう。剣だって好きそうな言葉だぞ」
「ま、まぁ、そうですけど」
お粥を食べさせた後、剣はいつものように元気になったようで立ち上がる。
「一先輩、これから走りませんか」
「おいおい、無茶するとまた倒れるぞ」
「大丈夫です、精神的な問題以外で倒れたことはありませんから」
嘘だろと言いたかったが嘘をつかない性格だということは痛いぐらい知っている。立ち上がって先に部屋を出た剣を追って俺も部屋を出るのだった。当然、食べ終わったお粥の器をもっていくことも忘れてはいない。
ふっと、頭の中にわき出る小説ネタ。ああ、今度の小説はこんなものを書こうと妄想しているのですが、まだまだ、終わらせなくてはいけない小説があるのでそうも言ってられない………いや、休載にしてでも書いたほうがいいかもしれません。さて、話は本編に。この小説も残すところあとえっと、七話ぐらいですかね。二百話では特別編としてこの小説の絵を担当した抱いている『無感の夢者』さん原案の話になる予定です。まぁ、予定なのでどうなるかはまだわかりませんけどね。六月十三日日曜、九時十六分雨月。