第百九十一話◆竜斗編:隣を歩く者
第百九十一話
気がつくとそこに竜斗がいる。それが日常になってしまったことを嬉しくもあり、迷惑に感じつつも気がついてみれば十一月半ば。特にこれと言っていい行事が行われることもなかったわけだが、遅れていたプールの修復が終わったことぐらいだったか。
「なぁ、お前これからどうするんだよ」
「どうするって何がかな」
当然、俺と竜斗は帰り途が一緒。大体、アパートの部屋番号だって隣なのだから仕方ないだろう。ついでに言うのならば竜斗は自室に戻るよりも先に俺の家へと上がって夕食を食べていくのである。
「だって、来年から水泳の授業があるだろ」
「ああ、なるほど。さすがに上全裸じゃ出来ないからね。してもいいけど、零一君以外の男に見せるつもりなんてさらさらないから安心してよ。欠席するからさ」
「おいおい、今更わけのわからないこと言ってないで帰るぞ」
「はーい」
最近、俺と竜斗のことをどうこういってくる連中が減った、というより皆無になった。それよりも驚いたことが竜斗の正体がばれてしまったということだ。
ばれた、というのも先生たちには知れ渡っていることだし、生徒たちは竜斗が女だということを知っていながらも体裁上は男として扱っているようだった。なので、体育の授業も男子と一緒である。
「あ、そういえばさ」
「なんだ」
「子供が産まれたらなんて名前にしようか」
「お前な、いろいろと気が早いぞ」
そうかな~ととなりでぼやいている竜斗を置いて少し速足で歩く。
「あ、待ってよ」
「腹減ってるんだから急いで帰らないとな」
「うん、そうだけど。じゃ、犬買った時の名前を考えようよ」
子供の次に犬が来るとは思わなかったが犬の名前ぐらい、考えてもいいだろう。
「ちなみに、竜斗はどんな名前がいいんだ」
「そうだなぁ。犬種にもよるけどゴットフリートなんてどうかな」
「すごくごつい名前だ。ちなみに、どんな犬種につけるんだよ」
「チワワ」
「………」
名前負けしているのではないだろうか、そう思えて仕方がない。そう伝えると肯定された。
「そこのギャップがいいんだよ」
「いや、よくないだろ」
「じゃあ零一君はどんな名前がいいのさ」
「そうだな、桜吹雪桜花って名前はどうだ」
「チワワにつけるのかな。それも十分名前負けしてると思うけど」
「いや、シェパードにつける」
「まぁ、名前負けしてないけど違和感はあるねぇ」
「そうかぁ、俺はいいと思うけどな」
「じゃ、男の子が生まれた時はどんな名前にするの」
「そうだな、ここはシンプルに『小太郎』なんてどうだ」
「女の子だったらどうするの」
「そうだな、『梢』かな………」
「意外と考えてるんだねぇ」
にやにやとこちらを見てくる竜斗に俺は自分が何を言わされたのかようやく理解した。
「い、いや、さっきの名前は犬が子供を産んだ時だからな」
「じゃあ、もっといっぱい考えないといけないんじゃないかな。一匹とか少なくないよ、犬の出産はさ」
「うぐ………」
完全に退路を断たれた俺はなおも言い訳を考えるのだがあいにく、竜斗に対して何か言い返すことが出来なかった。
「と、ともかくっ。帰るぞっ」
「は~い」
何か言いたげだったがあえて言わない竜斗に文句を考えるも、てんぱっているため考え付かない。
「あのさ、十年後もこうやって一緒に話せていたら本当、素敵だよね」
「竜斗の口から素敵なんて言葉が出てくるなんて思わなかったぜ」
「そうかな、君が言ったほうがぼくは驚いたと思うけど」
「素敵だ」
「うわ、驚くというより軽くショックを受けそうだよ」
笑いながらそういう竜斗を見ながら俺はため息をついた。
「俺のほうがショックを受けるぜ」
「そうそう、やっぱりそうやってしょげてるところが一番似合ってるよ………でもね、やっぱり一番輝いていたときは誰かのために一生懸命動いているときだとぼくは思う」
なんだか懐かしそうに俺の顔を見た後、そっと手を俺の頬にあてる。
「………君があのとき、どんなことを思ってぼくを助けてくれたのかぼくにはわからない、だけどね、あれがなかったらこうやって一緒に帰ることなんてなかったし、楽しい時間なんて過ごせていなかった。ううん、ぼくはあの時の礼を言いたくてこんなことを言ってるんじゃないんだ。恥ずかしい話だけど、しっかりこうやって君に触れていないといつかいなくなっちゃうんじゃないかって不安で仕方がない。だって、零一はなんだかんだ言ってもやさしいからさ」
「安心しろよ、とりあえず俺と竜斗はこれからも一緒だ」
「とりあえずってところで既におかしいと思うよ」
仕方ないなと笑う竜斗に俺は軽く片目をつぶった。
「そうかぁ……ま、俺も不器用なんでね。思ったことを言葉にするのが苦手なのよ。だから、逃げないように俺をしっかりとつかんでおけよ、こんな風にな」
竜斗を引き寄せ、抱きしめる。当然、顔を見ることなんて出来ないけど今は俺の腕の中でおとなしく抱きしめられている竜斗のことしか頭になかった。
「………やめてよ、涙が出ちゃうから」
「あ、悪い。強く抱き締めすぎたか」
「………もう、相変わらず鈍いんだから零一君には困っちゃうよ」
それから数分間、俺たち二人は一つの影になったのだった。足元に赤く染まったもみじが飛んでくる。
「最近、風も冷たくなってきたな」
「うん、そうだね」
「風邪、引かないようにしないとな」
「…………零一君はぼくにお熱だから風邪になってる暇なんてないんじゃないのかな」
「……………………………そうだな」
もしかしたらこの先、俺たち二人は道を別に進んでしまうかもしれない。だけど、願わくばいつかまたその道が交わることを今日の俺は願っていた。だから、俺は竜斗を抱きしめるのをやめて歩き始める。俺自身、一人で立てないと歩くことなんてできないから。もちろん、一人で歩いていたとしても竜斗が隣にいてくれるだろう。
「さ、帰ろう」
「ああ」
いつか、竜斗に言える機会があれば俺は一言言いたい。
『ありがとう』
陳腐な言葉だけど、いつか伝えたかった。いつか、その日が来ることを俺は切に願っている。
え、これで終わったのかって?え、ええ。終わった………で、いいんでしょうかねぇ。何だかハッピーエンドじゃないような気がしてならない………かどうかは問題じゃありませんとも。ええ、前作と同じで個別のエンディングに感想いただければそれでいいんですから。ともすれば、第二百一話からはもう引きずりませんのでこの『~編』もあと三回程度で終わりということですね。予定は特にありませんので誰誰のエンディングが見たいっ、そういっていただければ書くこともできると思われます。このエンディングでよかった、という方はお手上げーっ。というか、この小説自体これで終わらせたほうが逆にきれいかも知れない………六月十一日金曜、二十二時五十分雨月。