第百八十二話◆笹川編:ハッピーエンドは此処です。
第百八十二話
問題の男子生徒のすんでいるアパートへと向かう途中、栞は首をかしげるにいたった。別に、彼氏でもないのにあんなチェック項目など別にしなくてもいいのではないだろうか。しかし、それをまた、否定する自分も心のどこかにいるのである。あれだけ、一緒にいるのだから彼女がいるならばしっかりと聞いておきたいと主張しているのだ。それこそ、どんな手段を使ってでも吐かせたい。いや、むしろ殴ってわざと吐かせたいという考えが頭をよぎる。いっそのこと、脅して聞くのが手っ取り早いかな、そんな荒っぽい結論に至る。
「一応、電話しておこう」
携帯電話を取り出して毎日かかってくる相手に電話をかける。
一回、二階、三回………何度着信音が鳴っても相手は一向に出る気配がなかった。もしかして、まだ寝ているのだろうか………そう考えて栞はちょっと小走りになった。
――――――――
熱風というには温度が低く、心地よい風というには余りにもぬるかった。風が強いのはなぜだろうと考え、俺は先ほどまで出かかった言葉を飲み込む。
「何、途中で辞めないでよ」
風に髪を遊ばせながら、栞は俺のことを見ている。まっすぐな瞳は最初に出会ったあの日から全く変わっていない、だが、人を寄せ付けないような空気は今ではかなり少なく、男子、女子からとても人気のある生徒だということは風の噂で聞いている。
「いや、なんでもない。ちょっと熱でおかしくなっちまっただけだ」
「そう、それならいいわ。早く帰りましょう」
俺の手を引いて再び歩き出す。
「ああ、そうだな」
どこかに寄ろうという気にもなれず、俺と栞はアパートへと向かう。歩きながらも当然、栞との会話は途絶えることはない。
「夏休みももう終わりね」
「そうだなぁ、振り返ってみたら大体思うんだが早いもんだな」
「誰だってそうよ。どんなにつらいことでも今の自分から考えれば短かったって思うもの」「………つらいことねぇ」
夏休みは栞がいっぱいだった。苦しかった夏休みの宿題よりも栞の存在のほうが大きいという結論を俺の脳内が出し終える。
「何、もしかして夏休み苦労ばっかりしてたりするの」
「ん~まぁ、なんだ。終わりよければすべてよしって言葉もあるからな。何か最後にいい思い出もあれば楽しかったって思えるんじゃないのか」
「なるほど」
しかし、よくよく考えてみたら俺って夏休みの最後の思い出が夏風邪ってさみしいものだよなぁ。はぁ、プールにいったりしたが全然面白くなかったのを思い出しちまうぜ。
「それなら、最後の日曜日一緒に本を探しに行きましょう」
「え、あ、ああ………わかった」
「それまでに夏風邪を治しなさいよ」
そんなものは言われなくてもわかっている。俺は栞を見ながら笑うのだった。
「もしかしたら栞が風邪にかかったりしてな」
我ながら悪い冗談だ。きっと、否定の仕草のナックルが飛んでくるかもしれん。
「…………そうかもね、一緒に寝たから」
「今何か言ったか」
「別に何も」
栞の表情は赤くなっていない。しかし、俺の耳が悪くなければすごいことを聞いた気がするんだが………気のせいか。
―――――――
約束の日曜、俺と栞は本を探しに行かなかった。栞が約束を破ったのである。
「やっぱり、お前も俺と同じ運命をたどったんだな」
「うるさいわね、雨乃が全部悪いのよ」
頭に冷えたタオルを乗せて、俺のほうを睨みつける。そんな栞を可愛いと思ってしまった俺は何かの病気だろうか。
「けどまぁ、わざわざお見舞いに来てくれたことは感謝するわ」
「栞が俺に感謝するなんて地球が破滅するんじゃないのか」
「失礼ね、雨乃にはいつも感謝してるわよ」
本当だろうか。感謝の熱い拳とかいらないんだけど………。
「ま、お前に感謝されると嬉しいものだな」
「…………それはよかったわ………よいしょ」
なぜかふらふらしながらも栞は立ち上がる。『よいしょ』という言葉が出たということはかなり疲れている証拠だ。
「おい、お前なんで立ちあがっているんだよ。あ、トイレか」
「違うわよ、感謝………するために立ち上がったの」
よく意味がわからない。何か俺にくれるのだろうか………そう思っていると栞が俺のほうへと倒れてくる。
「ほ、ほら、栞、無理に感謝なんてしなくていいから………」
「これが感謝よ。思う存分抱きしめなさい」
一瞬、時間が止まったかと思った。
「…………重い感謝だな」
ずっしりと身体に来る感謝だ。女子一人も支えられない男子というのもおかしいかもしれないが俺だって病み上がりの身だ。
「だ、抱きしめろっていってもなぁ、そういうの俺は初めてだぞ」
「何言ってるの、電車の中で抱きしめてたでしょ」
「あれは事故だろ」
「それでも抱きしめたのには変わりない」
い、いいのだろうか。なんだか不純な気がして………そう言いながらも俺は栞の腰へと手をまわしていた。
「零一君、栞の具合は………おやおや、元気じゃないか」
「ま、真先輩っ」
ぱっと、栞から手を離したがどの道、栞が俺に倒れかかっているので突き放すことはできない。突き放したらその後、どんな地獄が俺に待っているか想像もしたくない。
「兄さん、私たちどんな風に見える」
「お、おい、栞」
焦る俺に遠慮なく、栞は真先輩に尋ねていた。
「ん~そうだねぇ、『人』を作ろうとして失敗したような漢字の感じに見えるね」
やたらややこしい説明である。
「あ、零一君その顔はもっと詳しい説明を期待しているのかな。大体、人という漢字はねぇ………」
「いえ、してません」
「そっか、遠慮しなくてもいいのになぁ」
残念そうに真先輩はつぶやいてぶつぶつと言っている。
「零一、今度やるときはしっかりと抱きしめてね」
「え、ああ」
栞はそういって再びベッドの中に戻り、俺は真先輩から薬を手渡された。
「栞はねぇ、苦い薬が大嫌いなんだ。だから、毎度飲ませるのが大変だからこの重役、君に任せるよ」
「え」
「しっかりと支えてあげてね。昨晩、『零一ぃ、零一ぃ』ってうなっていたから」
本当だろうかと思って栞のほうを見ると頭まで布団をかぶっていた。
「ま、後は若い者二人に任せておいとましましょうかね」
それだけ残して真先輩は部屋を出て行った。
「あ、あ~栞、ありがとな。俺の名前を呼んでくれて」
「零一、さりげなく薬を口に入れようとするの、やめてくれない。私一人だけ苦い思いするのはいやだわ」
何かを期待するように俺を見る。
「………じゃあ、方法を考えるか」
二人が苦い思いをするしかない………か。
「ああ、そういえば本で読んだことがある」
「どうするのよ」
「ま、見てろよ」
俺は薬を口に含む。
「で、それからどうするの」
何かを期待している目は輝いていた。
「それで、お前も残りの半分を口に含んで飲み込む」
「………それってさ、私が本来飲まなきゃいけない量の半分しか身体に取り込んでいないわよね」
「そうだな」
「………零一に期待していた私が馬鹿だった」
栞は薬を一気に口に放り込んで水で飲み込む。
「どうよっ」
「わ~、すごいすごい」
特になんら感情を込めずに言った。何故だろう、ものすごく達成感を顔に出しながら栞は俺のほうを見ていた。
「じゃ、俺帰るわ」
「何言ってるの。あんた、私が完全に回復するまでここにいなくちゃダメでしょ」
「え、そうなのか」
「ええ、そうよ」
栞に言われては仕方がない。俺は本棚に埋もれながら栞が完全に回復するまで一緒にいることになった。拳も何も飛んでこない栞はなんだか物足りなく思ったが、一緒に手をつないでいるだけで相手の気持ちがわかるような気がする。
夏休み、最後の日曜は普通に過ぎ去ってしまったが俺は満足だった。
一つ終わってしまいました。曖昧かな、そう思う方は正しいですが、間違ってもいます。さて、これからどうしたものでしょうか。順番ばらばらに投稿していますからいろいろとめちゃくちゃです。う~ん、また時間が空くかもしれませんので夜空の星座でも数えながら待っていてください。感想、うけつけています。五月二十八日金曜、十一時四十分雨月。