第百八十一話◆笹川編:夏のカゼ
第百八十一話
笹川栞は兄から渡された雑誌をぱらぱらとめくっていた。特に面白くはないが、読む分にはいいかもしれない。
「ん」
とあるページで手を止める。そこは彼氏が浮気をしていないかというチェック項目つきのページだった。
「………」
おもしろそうだったが、残念ながら彼氏がいない。そういうわけで、彼氏ではないが、一人の男子生徒を頭の中で形作る。どうも、しっくりこない笑顔で笑っているが構わないだろう。
栞はチェック項目の一つ目を確認してみることにした。
『女性関係で目をそらした場合は怪しいぞ』
そんなことが書かれている。さて、あれはどうだっただろうかと考えるが答えは当然、出てこない。男子生徒は女子に人気があるというわけではないが、変な女子がうろうろしているのは知っている。まともなのは自分だけだろうな、そう考えるのだった。
『彼氏の部屋に女性の髪の毛が落ちていたら要注意っ。もしかしたら女の子を招き入れているかもしれないぞ』
これは間違いなくあるだろう。夏休みのほとんどを一緒にアパートで過ごしていたのだから自分の髪の毛が落ちているはずだ。しかし、もしかしたら…自分が帰った後に誰かを招き入れたかもしれないと栞は考え、本を閉じた。
まだまだ、チェック項目はあるのだがそんなものは直接尋ねたほうがいいだろう。栞は立ちあがって部屋を後にしたのだった。
―――――――
頭がぼーっとする。まともなことを考えることができない。しかし、寝たおかげである程度はいろいろと考えることができるようになっていた。まぁ、ある程度良くなったとはいえ、栞が何故、俺の手をしっかり握っているのか………全く理解ができない。
「なんで俺の手を握っているんだよ」
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥、そういうわけでさっさと聞くことにした。しかし………栞の衣服が変わっている。どうも、俺の持っているTシャツにそっくりで、似たようなジーンズも履いていた。まぁ、似合っているから別にかまわないか。
「はぁ、あのねぇ」
こめかみに指を当てながら、それでも俺の手は握ってくれている。
「雨乃が私の名前を連呼するからよ。泣きそうな顔をしてまで、どんな夢を見たのかしら」
そういえば、夢を見ていた気がする。夢の中で栞を一生懸命探していたのだ。
「確かな、一生懸命笹川って叫んでいたら真先輩が出てきたんだ」
「え、お兄ちゃんが」
「ああ、だから、栞って呼んで、探していたんだ。そうしたらな、確か……」
それからどうだっただろうか。ふやけた頭でいろいろと考えてみるがなかなか思いだすことができなかった。
「確か、真先輩がたくさんいて、電車ごっこをしていて………」
「変な夢ね」
「そうだな。一度だけ栞を見つけたんだけど見失っちまって………怖い夢だった」
思い出すだけで胸糞が悪くなるような夢だ。もはや、どんな夢だったのか思いだすことができないがもしもまた、似たような夢を見たら俺はうなされるのだろうな。
栞は器用に、片手で本を読みながら俺の手を握ってくれている。
「なぁ、別に離してもいいぜ」
「雨乃がまた私の名前を呼びだしたらいやでしょ」
何故だか、心にぐさっと刃物が刺さったような気がした。俺から下の名前を呼ばれるのがそんなに嫌とは…。
「あ~そうかい、どうせ、俺なんかに呼ばれたくないよな」
「あのね、名前を呼ぶのが嫌じゃなくて雨乃のつらそうな顔を見るのが嫌なのよ」
「は」
「雨乃、自分の顔を見てみるといいわ」
手渡された手鏡を覗き込む。そこにはいつものようなイケてるマンがいるわけでもなく、青白い顔をした男がいただけだった。
「………」
「相当疲れてたのね。それと、時間を確認しなさいよ」
今度はケータイが俺に渡される。
「あれからまだ五分しか経ってないな」
「お約束ね。だけど、本当は一日経っているのよ」
「は」
俺は嘘を言われた気がしてならなかった。しかし、どうもそれは本当のようでテレビをつけても一日経っているのは疑いようのない事実だった。いや、待て、もしかしたら笹川がテレビ局を乗っ取って………
「オーバーヒートしてるわね。さ、病院に行くわよ」
「は、お前、何言ってるの。俺、健康だよ」
「今にも死にそうな顔をして何を言っているのよ。ほら、立って」
栞に肩を借りながら立ち上がる。くそぅ、なんで俺はこんなにぼろぼろなのだろうか。
「雨乃、あんたどんな生活送ってたのよ」
「う~ん、そういえばここ三日ほど寝てなかったような」
「…………」
なぜか、栞が黙り込んでいた。なぜだろうか。
―――――――――
夏風邪、俺に下された診断結果である。何故、風邪をひいてしまったのか、原因は過労と、寝不足が祟ったようだ。身体が資本の人たちはきっと、健康管理はしっかりとしているのだろうな。
「夏風邪って馬鹿がひくなんて誰が言い出したのかしらね」
めちゃくちゃ俺のことを馬鹿だと思っているような瞳だった。だが、あいにく今の俺にはそんなもの通用しない。
「さぁな」
俺のことを馬鹿にしている割には、いまだに栞は俺の手を握ったまま歩いている。結構強く握っていて俺もそれにこたえるように同程度、強く握り返している。だが、正直疲れてきたので俺は栞よりも先に音をあげてしまう。
「栞、いつまで俺の手を握っているんだよ」
「雨乃が栞じゃなくて笹川って呼ぶまでよ。私だけ恥ずかしい思いをしたくないから」
言葉は耳を経由して脳内へとやってくる。そして、言葉は変換されて頭の中ではてなマークが大量生産される。なんで、栞は恥ずかしいのだろうかと考える。しかも、相変わらずポーカーフェイスだからか恥ずかしそうにも見えなかったりする。
じっと栞を見ていると何かを思い出したようだった。
「ああ、そういえば服、借りたわよ」
「え、それって俺の服なのか」
どおりで見たことがあると思った服だ。
「当り前よ、見てわからなかったの。ついでに、シャワーも借りたし、レトルトカレーも勝手に食べたわ」
「…………え、お前、もしかして………一日いてくれたのか」
「ええ、雨乃が起きて誰もいなかったら大変でしょ」
「まぁ、びっくりするかもな」
しかし、栞が俺の看病を一日ずっとしていてくれるとは思わなかったな。
「なぁ、栞」
「何」
「もしかしておまえさ、俺のこと………」
ぬるくて嫌な風が俺と栞の間を吹き抜ける。握った手が異様に熱く感じられて、変に汗ばんで気持ち悪かった。
面白くないのは仕方ありません。だって、こんなにシリアスな話になるなんて……誰が予想したのでしょうか。何だか最終回に直行しているような感じで嫌ですが、続けるからには通るべき道です。いっそのこと、次回で笹川編きれいにまとめたほうがいいかもしれませんね。いや、敢えて飛ばして次回はもしかしたらニア編かもしれません。くっ、眠くて自分が何を書いているのかさっぱりわからなくなってきた………五月二十七日二十三時三十八分雨月。