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第百八十話◆笹川編:栞にお熱

第百八十話

 笹川真は笹川栞の兄である。妹である栞よりは少ないが、彼も本が好きである。そして、彼が読み終えた本は基本的に妹へと手渡されるのだ。例外として、十八歳以上の購入を前提とした本は栞の部屋に行くのだが、持主は知らないうちに本棚へと隠される。

 今回もまた、雑誌を買ってきて読み終えた真はさっさと妹へと手渡すのであった。

「はい」

「ありがと」

 たったそれだけの会話。いつもと変わらない日常、光景だったはずなのだが、まさか今回手渡した雑誌がひと波乱起こしてしまうとは誰も、そう、栞、真、そして雨乃零一さえ知らなかった。

「満、なんで俺みたいなかっこいい男子生徒に彼女ができないんだ」

「そりゃあ、鏡を見てごめんなさいって言ったほうがいいよ」

「今年もまた、彼女ができなかったな」

「そうだねぇ。零一が彼女出来ないのはわかるけど、なんで僕にこそ出来ないんだろうか」

 夏休みも、もう終る、とある水曜日の話である。



―――――――――



 来週の水曜日には夏休みが終わって一年生の二学期が始まる。夏休みの宿題は笹川がやってきて毎日毎日教えてもらった。こんなものもわからないのか、そう何度聞かれ、ぼけてみせれば鉄拳を食らうという痛くて苦しい日々だった。まぁ、鉄拳制裁のおかげで一週間とちょっとですべての宿題を終わらせることができたのだから笹川様様だろうな。

 頭が重いのは何故だろう。まぁ、昨日は熱帯夜だったからな。部屋の中に蜃気楼が起きても問題はないだろう。ああ、湯のみが揺れている。



ぴんぽーん



 ふと、湯のみの上に女性のようなシルエットが浮かび上がる。黒髪は誰かに似ていて、俺はなぜかそれが笹川ではないだろうかと考えた。考えれば見えるもので、小さな笹川が湯のみの上でシャドーボクシングをしている。

そういえば、最近笹川の姿を見ていない。会えば会ったで殴られるのだが、見なければ見なくてさみしいもので、ついつい、02に頼んで電話をかけてもらったりしている。忙しい、電話なんてしないでと拒絶するのだが、その割にはしっかりと着信音が三回鳴る内には出てくれるのでやっぱりいいやつなんだなと考えてしまう。う~ん、しかし、笹川に会いたいと思ったり、電話をしてしまうなんてなんでだろうな。もしかして、笹川依存症にでもかかってしまったのだろうか。

「雨乃、せっかく人が遊びに来てあげたのにチャイムにも出ないってどういう考えよ」

「うお、笹川………なんだ、いたのか」

 腕組み、少し俺を見下したような視線。正真正銘の笹川栞。

「いたわよ」

 いつからそこにいたのか知らないが、俺の後ろには笹川が立っていた。むぅ、こいついつの間にニアばりの隠密行動を会得したのだろうか。

「お前、将来は忍者になりたいのか」

「はぁ、雨乃、もしかしてあんた………熱があるんじゃないの」

「え」

 笹川の行動はいつものようにすばやくて、今日の俺は動きがとろかった。彼女の手が延ばされるだけで反射的に身体が拒絶する。殴られるっ、そう思って身体を動かそうとしたのだが身体は笹川のほうへと傾き、倒れる。

「やっぱり……」

 はたから見たら抱きしめているように見えるだろうな。笹川の黒髪が目の前にあって、いいにおいだった。

「あ~、笹川…………」

「何よ」

 そして、ハッと気がついた。俺は何をしているんだ。熱でこもった頭をなんとか強制冷却させようとする。そういえば、笹川はどこかの祭りに行くとかで今度会えるのは二学期だって言っていたじゃないか。つまり、俺が今倒れかかっているのは………

「うう、目の前が朦朧として笹川がいる幻覚を見ちまう」

「そりゃ、あんたが風邪をひいているからよ。安心して、私は本物よ」

「そうか、本物か」

 俺の体は火照っていた。笹川の身体は冷たくて、そのまま俺は身を任せてしまう。一点にしか集中できない視界はあっという間に黒くなっていき、身体から力が抜けていく。



――――――――



 笹川が俺を呼んでいる。というか、笹川を見失ってしまった。

「笹川ぁっ。笹川ぁっ」

「呼んだかい」

「うわっ」

 出てきたのは真先輩。なぜか、ふんどし一つで俺の目の前に現れた。

「せ、先輩っ、なんでふんどし一つなんですか」

「そりゃあ、零一君、ここは土俵だからね」

「え、えっと、そんなことより笹川を知りませんか」

「だから、笹川はぼくだよ」

「違うんです。妹、栞のほうですよ」

「じゃあ栞って叫びながら探したほうがいいよ。ほら、早くしないと君を寄り切っちゃうよ」

 汗だくでなんだか気持ち悪い真先輩がこっちにやってくる。俺は急いで回れ右をして笹川を探していた。

「栞っ。いるんだろっ。どこだよっ………おわっ」

 転びそうになって俺は手を伸ばす。

「ほら、雨乃、しっかりしなさい」

「栞………」

 俺の身体をしっかり支えてくれていたのは笹川栞だった。場所は何故だか、電車の中に移り変わっている。満員電車で、俺と栞以外全員、真先輩だった。スーツ姿、ユニフォーム姿、レアな姿としてネクタイひとつで乗っている真先輩までいた。



 これは、真天国だろうか。



 目を疑う光景だったが、栞はしっかりと俺の手を握ってくれている。

「そんなに男同士で手を握っていても別に嬉しくとも何ともないよ、ぼくは」

「って、これも真先輩だっ」



 これは、真地獄だ。



――――――――



「栞っ」

「何よ、うるさいわね」

 目を覚めて、いちばん最初に栞の不機嫌そうな顔が写りこんでくる。

そして、俺の手を握っているのは栞だった。ただ、それだけ。


くっ、全データが入っていたフラッシュメモリが根元からぽっきり折れてしまった………あの中には大学レポートのデータや講義に必要な様々な資料が入っていたというのにっ。蚊を叩こうと思ったら見事にたたきつぶしてしまったフラッシュメモリ………ああ、なんとついていない………周りには気をつけて、何事もやることにしましょう。って、勝手に終わってしまいそうになった………そんなわけで笹川編。もう、面倒だから笹川栞をメインヒロインに据えて突き進むのもありなのではないかと考えてみましたがそれはそれで大変そうです。だって、話がまともになりそうじゃないから。きっとタイトルを『クロガネのブックマーク』って変えないといけませんよ。よく、小説や漫画を描いている人たちは登場人物が暴走するといいますが、あれは意外と本当かもしれないと思う今日この頃です。五月二十七日木曜、二十二時五十二分雨月。

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