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百七十八話◆夏樹編:視線の先にあるもの

第百七十八話

 佳奈の部屋はごみの楽園だったわけだが、ここ、澤田の部屋は全く違った。部屋はしっかりと片付いており、窓のさんにも埃は積もっていない。

「すげぇな、しっかり掃除されてる」

「あの、まるで姑さんみたいですよ」

「ああ、すまん。一匹泥猫がいてそいつの部屋がすごいんだわ」



―――――――



「へっくち」

「あれ、もしかして夏風邪かしら」

「いや、違うと思うけど」



―――――――



 麦茶を渡され、部屋でくつろぐ。ふむ、やっぱりご家庭によって麦茶の味は違うんだな。

「あ、お菓子もありますよ」

「ああ、悪いな」

 あっさりとした感じの和菓子で、麦茶に合う。

「あれ、先輩ってそんなに味わって食べていましたっけ」

「ああ、そうだよ。俺ってけっこう味わって食べる派なんだ」

 出来るだけ、そう、出来るだけ早めに食べてしまわないように俺はゆっくりと味を楽しむ。食べ終わってしまったらどんな話をすればいいのか迷うからだ。正直、俺って学校じゃ澤田と剣としかしゃべらない。しゃべるほうはあまり得意ではないのである。

「あの、零一先輩」

「なんだ」



「先輩の家族ってどんな人だったか覚えているんですか」



 一瞬だけ、時がとまったように感じられた。

「いや、知らないな。俺の家族は爺ちゃんだけだったから」

 空になったグラスを眺め、手で弄ぶ。十秒程度でその児戯に飽きてさっさとお盆の上にグラスを戻す。

「えっと、家族の話をわたしに話してくれませんか」

「俺の家族の話」

「はい」

「さっきも言ったろ、俺には爺ちゃんしか家族がいない。ひいては爺ちゃんの話だけでいっぱいになるぞ」

「でも、一度ぐらい両親について聞いたことがあるんじゃないでしょうか」

「どうだったかな」

「思い出してください」

 何故、ここまで澤田は食い下がるのだろう。それが理解できなかった。

 まぁ、澤田にも理解しがたいことがあるのだろう。澤田には両親がいるし、ペットがいる。何不自由なくこれまで生きてきたかは別として、苦しいときは家族がいてくれたことだろう。

 俺は確かに両親がいなかったが何も不自由など感じなかった。だが、もしかしたら周りからみたら、不器用な生き方をしていると思われたかもしれないな。

「なぁ、なんでそんなことを聞こうとするんだ」

「だって、先輩たまに小さな子供に対してすごく怖い目をしていますから」

「は」

 呆ける俺に澤田は話し始める。

「気がついたのはゴールデンウィークが開けたころからでしょうか。ほら、あの頃からなんだか零一先輩がずっといてくれるようになった気がします」

「いや、別に俺から………」

「えっと、それで一緒に帰ることも当然多くなったんですけど買い物帰りの親子を先輩、ずっと見ていましたから」

「どうだったかな、忘れちまったよ」

「そうですか、それなら仕方ありませんね。私、その時はてっきりお母さんのほうを見ているのかなって心穏やかではなかったんですけど………」

 なんでお母さんのほうを見て心穏やかではないのだろうか。

「先輩、実際は小さな子供をずっと見ていたんです。うらやましそうな顔をして、私が手を引っ張っていたのでようやく気がついたんですよ」

「覚えてねぇな」

 今頃思いだしたが、まぁ、ちらっと一瞥したぐらいだったと俺は思う。

「零一先輩のご両親が行方不明になっておじいさんも行方不明になっているのは知っています。今は一人暮らしをしているからって無理をしているんじゃないかって思ったんです」

「ははぁ、俺に情けをかけてやるってわけか」

「情けをかけるだなんてそんな……」

「いいって、本人より他人のほうがわかるときってあるからな。お前がそういうのなら間違いないだろ。でもな、別に俺には家族なんていらねぇよ。そりゃ、いたら楽しいだろうけど今でも十分楽しい。お前みたいに俺のことを心配してくれる後輩もいるからな」

「れ、零一先輩………」

「ま、心配しているならたまには遊びにでも誘ってくれよ。さびしいと死んじゃうかもしれないから」

「はいっ、わたし、零一先輩のことこれから毎日誘いますからっ」

 いや、毎日じゃなくて一カ月に二回ぐらいでいいと言ってみたのだが、あまり期待できそうになかった。澤田の目には炎が宿り、燃えていたのである。

「でもまぁ、いいか」

 まさか、俺のことをこんなに見ている奴がいるなんて思いもしなかったな。

 その後は時間を忘れて二人でいろいろなことをしゃべった。澤田の部屋には遊ぶようなものはあまりなかったのだが、そういったものは一切使わず、俺のことを聞きたがるのでそれらを話しているうちに暗くなったのである。



―――――



「そろそろ夕飯の時間ですからリビングに行きましょうか」

「そうだな」

 窓の外も暗くなり……というわけでもなく、やっぱり夏だ。まだまだ夕日は元気である。一体、どんなごちそうが出てくるのだろうと部屋と廊下をつなぐ扉を開けるとそこには二人と一匹の影が………

「あ、あれ、ママたち何してるの」

「え、あはははは~、別に、何も」

「そうだぞ、夏樹。何もしていなかったぞ」

「わふん」

 くっ、もしかしてこの人たち俺たちの話を盗み聞きしていたのではないだろうか。で、でも、そんなことないよな。

「零一君、ちょっとこっちに来てくれたまえ」

「え、あれ、澤田のお父さんってこんなかしこまったしゃべり方でしたっけ」

「おおおおお、お父さんっ。き、きみぃっ、それはちょっと早いんじゃないのかね」

「は」

 澤田に助けを求めようとそちらのほうを振り返ると今度は澤田ママが澤田を連れていく途中だった。

「じゃあ、零一君においしい料理を食べさせてあげるために手伝ってね」

「うんっ、零一先輩、ちょっと待っていてくださいね」

「あ、ああ……」

「さぁ、零一君はこっちに来るんだ」

 なんだか引きずられるようにして俺は『パパの書斎』という部屋に連れて行かれてしまった。俺の運命、どうなるのだろうか。


二日連続で投稿できたのはラッキーです。また、無茶すると右肩下がりになりますからね。さて、次回でまた一旦終わりです。一言、バラバラに書くと面倒なんじゃいっ。五月二十五日火曜、八時三十八分雨月。

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