第百七十七話◆夏樹編:家への招待
第百七十七話
頭がいいやつは世界に結構いることなのだろう。意外や意外、あの人が飛び窮するなんて思ってもみませんでしたという体験を俺は一度している。その人物こそ俺の年下であり、結構お金持ちの娘さん、澤田夏樹その人である。
この人物がどういった人物か説明せよと言われた場合、俺は『人がよく、成績優秀だが甘えている部分がある』といった説明をすることだろう。
飛び級とは基本的に年下の子が自分たちと同じになるわけであって、その人物が周りの母性をくすぐるのならばかわいがってもらえるものだ。
「へぇ、夏樹ちゃんって本当頭いいんだ」
それが夏休み前、期末テストや中間テストの結果が返ってきたときのみんなの意見である。夏休みの間は学校に出てくる人たちがかなり少ない(補習付けの人のみ)わけだが、ほかにも用事があってくる人はいるようである。
留年生徒もその枠に入っているとは本当、思えなかった。
「はぁ、ついてねぇ」
先生たちの質問をいくつか受けた後、俺は二年生が本来受けるであろう中間テストや期末テストを受けることとなった。変な話だが、テストで九十点以上たたきだせば来年から三年生としてやっていけるといううわさだ。まぁ、このテストで九十以上たたきだせるやつはいない。自分で二年の教科書を自習しなければいけないわけだし、想像すらしていなかった俺は当然、わからない式とにらめっこしていたわけである。
「わたしはわかりましたよ」
「へぇ、すごいな」
ゴールデンウィークに一緒に映画やなんやら遊んだ後から俺と澤田はなんだか一緒にいる時間が多くなった気がする。満からは『犯罪だっ』と人差し指を突き付けられた記憶がある。
真夏の太陽はもはや凶器に等しく、特に二時ごろの日差しは俺たち二人を遠慮なく襲っている。
「零一先輩、今日の夕飯一緒に食べませんか。パパが零一先輩を呼んでほしいと言っていたんです」
「へ、なんでだよ」
そういえば以前、澤田パパを追跡していたのを思い出した。浮気調査のために俺の友人と一緒につけていたのだが、そわそわしていたりしたのは入院していた娘、つまりは澤田夏樹のことだったわけで無駄だったということだ。ま、きちんと家族を愛しているという点では素晴らしいことなのだろうが。
「がっかりですよ、修羅場を期待していたのに」
そういったのは一緒に仕事をしていた俺の相棒の話である。
「で、スケジュールはどうでしょうか」
「まぁ、夏休みの宿題なんてほとんど終わっちまってるし」
どれもこれも、澤田のおかげであると言っていい。ぐうたらしていた俺のもとへ毎日やってきては午前中いっぱい宿題をやっていくのである。最初のほうは弁当持参だったのだが後のほうでは面倒になったのか持ってこなくなった。当然、昼食は俺が用意してやることとなっている。
「わかった、おまえの家に行くよ」
正直、親御さんは俺みたいなやつと娘が一緒にいるのは嫌だろうなぁ。理由としては留年しているし、自分のことをつけまわしていたようなやつと娘を一緒に遊ばせたりしないだろう。
「じゃあ、今から行きましょうか」
「え、今から行くのかよ。学生服のままだぜ」
「高校生ですからいいじゃないですか」
「それに、まだ二時だぜ」
「いいじゃないですか」
俺の腕をとって走り始める。いつものパターンで、初めて会った時の病弱なイメージはどこにもない。まぁ、静かに本でも読んでいる時が一番病弱っぽいイメージを持つような感じがするのだが俺の友人の中には本を読みながら戦うという文系武闘派民族が一名いるのでそのイメージも当てはまらなかったりする。
――――――――
真夏の日光から俺たち二人はようやく逃げ切り、澤田の家へと転がり込む。
「ただいま~」
「おじゃまします」
「わんっ」
大きな犬が走ってくる。俺はその犬が苦手だった。やたらと突進してきて俺の上に居座ろうとするのだ。
「なつき~、ただいま」
「わふっ」
なんで澤田の家の犬の名前が『なつき』なのかは知らない。俺に関係あることとは思えないし、聞くだけでも面倒だったので放っておくのが一番だろう。いずれ、どこかのおせっかいが俺に教えてくれそうである。
「あ、そういえばなんでこの犬とわたしの名前が一緒だったか言っていませんでしたよね」
「まぁ、聞いてはいないな」
銀河が滅亡するぐらいに教えてくれるぐらいでよかったのだが、おせっかいさんはちゃんと俺に伝えたいらしい。それならばしっかり聞いてやらねば人格を問われる。人の尻を追跡はしたりするが、そういうことはきっちり聞いておかないと後から困るかもしれないので俺は聞くことにしたのだ。
頭の中に三つぐらい候補を立てて尋ねる。
「で、なんでその犬はなつきって名前なんだよ」
「わたしにできた初めての友達だったからです」
「はぁ、なるほど」
俺の立てていた予想はどれもこれも崩れていった。まだまだ場の状況を読む力が弱いな。
「零一先輩、犬とか飼っていませんでしたか」
犬の顎をなでながら夏樹は俺のほうを見る。
「いや、飼ってなかった。犬の世話をするほど余裕がなくてな」
「そう、ですか」
なんだか残念そうな顔をする。
「おい、なんでそんなに悲しそうな顔をするんだよ」
「一緒に犬の話で盛り上がったら楽しいかなって思っただけです」
「まぁ、なんだ、これからの人生でもしかしたら犬を飼うかもしれないからそのあとに一緒に話そうぜ」
「そうですよね。さ、どうぞ上がってください」
澤田、そして犬の後をついていって俺のアパートより確実に長い廊下を抜ける。一年以上たつそこは相変わらずきれいでさっぱりとしたリビングだった。
「あら、零一君じゃない」
「お久しぶりです」
名前を忘れてしまったので澤田ママということにしておこう。
「今、麦茶を持ってきますからね」
「いいの、ママ、わたしがやるから」
「あらあら、そうなの」
なんだか嬉しそうにしているところをみると娘の成長を見て楽しんでいるのだろうか。
「零一先輩は部屋に行っていてください」
「俺、おまえの部屋知らないんだけど」
「なつき、連れて行ってあげて」
「わん」
犬は一つ吠えると俺を一瞥し、歩き始める。犬が俺を連れていくことができるとは思えないが、ここは澤田を信じてついていくことにしよう。
リビングから再び廊下、そして『夏樹の部屋』というプレートがかかった部屋へと案内される、犬の手によって。
「別におまえに案内されなくても口で言われればここまでこれたと思う」
「ふんっ」
犬は馬鹿にしたように鼻で笑うとどこかに歩いて行った。
「あ、ちゃんと案内してもらえましたか」
「いや、まぁ、そうだな」
「さ、どうぞ入ってください」
澤田がお盆を持っているために俺が当然扉をあける。今、足をあげて扉を開けようとしていたのは気のせいだろう、俺はそう思うことにした。
最近はいまいちな話ばっかり書いてきたなぁと思いました。まぁ、無理やり投稿していたのが間違いだったのでしょうし、無理は本当にいけないのだなぁと実感しました。これから先、毎日投稿はやっぱり不可能だと思いますが、スローペースで投稿は続けていきたいと思います。もうひとつ、言わせてもらえるならばやはり、誰かの指摘なしには小説はうまくならないとも実感しました。では、また次回お会いしましょう。まさか、こんなに早く復活するなんて思ってもみませんでした。五月二十四日月曜、二十時十五分雨月。