第百七十三話◆竜斗編:敵が増え始める時期
第百七十三話
明日から夏休みという時に、クラスの男子数名が何やら教室後方の扉に近づいていた。そして、その男たちの中心に満がいたりする。
「おい、こんなところで何やってるんだよ」
「零一じゃないか。ふふ、ちょうどよかった。これを見てみなよ」
他の男子生徒にも配っていた一枚の紙を手渡される。それにはクラス番号氏名が書かれており、いちばん右には数字が書かれていた。そして、三十を切った時点で『欄外』と書かれている。
「こりゃ一体なんの表だよ」
成績表ではないだろう。俺は前回のテストしっかり十番内に入ったからな。十番内に俺の名前がないからなぁ。ふふふ、すごいと思っているそこの君、留年生が周りの一年坊主に負けたら笑い話だろう。
「これはね、一学期中に女子にいいなぁって思われている男子の調査結果さ。ぶっちぎりで二年生の野々村竜斗が女子のハートを鷲掴み」
ははぁ、あいつなかなかやるんだなぁ。
「全く、どこの世界にも見る目を持っていない女子って多いんだねぇ」
「その意見に賛成だな。俺たちという美男子がいるのにな」
二人してうんうんとうなずいていたが周りの男子生徒はため息をついていた。いや、そうするのも仕方ないさ。だって、俺たち欄外どころか名前すら載ってないんだもん。
「なぁ、なんで俺たちの名前が載っていないんだよ」
「うん、そこが謎なんだよね。ルールとしては彼女のいないやつの名前が載るはずなんだよ」
「俺とおまえ、彼女いないぜ」
「はっ、まさか零一には頭の中に空想彼女がいたりするのっ」
「いねぇよっ」
いるとしたらお前だろう。
「しっかし、竜斗ねぇ」
竜斗は女だから全員順位が一つ繰り上がるってわけだな。ん、二位になんで笹川栞の名前が入っているのだろう。
たぶん、名前を間違えて本当は真先輩ってことなんだろうな。
「ああ、二位は笹川先輩だな」
「ど、どうだろう。栞たんの格好よさは女子も虜にするってことじゃないのかな」
「あれれ、なんでぼくの名前が記載されているんだろ」
「りゅ、竜斗っ」
いつの間にか現れたのは件の野々村家の坊ちゃん、ではなく野々村家の譲ちゃん。女子の圧倒的な指示のもと、すべての男の上に君臨する女子だ。いや、笹川栞も違う意味で君臨しているな。
「ぼく、彼氏がいるのに」
「ええっ」
周りの男子がそう言った。教室の女子もすごく、ええ、そりゃもう、すごく驚いていた。
「うそっ、あの野々村先輩に彼氏がっ」
「彼女がいるって言われるよりまだましかも」
「へぇ、お前彼氏がいたのかよ。誰だよ」
満かな、そう思ったのだが違うようだし、俺の知り合いでもなさそうだ。竜斗は俺を見てため息一つ口から押し出して俺の手を高らかに持ち上げた。
「はいっ、この人がぼくの彼氏ですっ」
「え、嘘」
「嘘じゃないよ、だって、ぼくを奪ったのは零一だろっ」
片目をつぶって俺に告げる。奪った、ねぇ………。
「いつ俺が奪ったんだよ」
「ほら、ぼくが許嫁と結婚する時だよ。ぼくの手を引いて走ったじゃないか」
「ああ、そういえばそんなことあったなぁ」
懐かしいな。もうあれから一カ月以上経っているのか。
「れれれれ、零一先輩っ」
「ん、なんだ澤田」
いつの間にかやってきていた澤田、そして剣。
「不潔ですよっ」
「ぐはっ」
ご自慢の木刀が俺に牙をむけるのであった。
「失望しました」
「し、信じられませんっ」
「ぐぐ………そうか、竜斗は」
男という話だったからな。変な誤解がさらに変な誤解に発展しているんだ。周りの女子からの視線も痛い。
「零一くん、ぼくはずっと君だけの味方でいてあげるからもっと敵を作ってきなよ」
「くっ、お前の目的は何なんだよ」
「ふふ、教えてあげない」
それだけ言うと教室を出て行ってしまった。
「零一、大変な奴に惚れられたねぇ」
満は感慨深げにそうつぶやく。
「ああ、そうだな。全く、これ以上火事が広まらなければいいんだけどなぁ」
しかし、俺の楽観的予測は当然、外れることとなる。
今、喉から手が出るほどほしいもの、それは起爆剤。何かをきっかけとして脳が活性化し、いまいち面白くもない小説がまぁ、読めなくはないというほど昇華する起爆剤が………喉から手が出るほどほしいっ。たとえ、たとえ誰が読んでいなくてもっ、感想なんてくれなくっても、鼻くそほじりながら暇つぶしに読んでいたとしても、アマチュア小説家だったとしても、次、小説書くなら題名は『シラヨメ』にしようって決まっていたとしてもっ、朱莉が佳奈に嫉妬して零一をナイフで……んな、真っ黒でドロドロのバッドエンドを考えたとしてもぉっ、起爆剤がほしいっ。以上、雨月、魂の叫びでした。うう、みんなきっと画面の前じゃ『あは、ちょっとは面白い小説だな』と思ってくれているに違いないっ。今日の雨月の天気はどしゃぶりじゃああっ。五月十九日水曜、二十二時に十分雨月。




