第百七十一話◆佳奈編:小手調べ
第百七十一話
つい、出来ないことがあると雨乃佳奈は以前居候していた少年の名前を呼んでしまう。
「零一、掃除してよぉ」
そして、すぐに今この家にはいないのだと改めて気づかされるのである。一人だった時はまたやってしまったと舌でも出しておけばいいのだが、あいにく、家族の前でやってしまうと無性に恥ずかしい。黙って見過ごしてくれればいいのだが、そこまで冷たい家族ではなかった。
「うふふ」
嬉しそうに笑っている母親とおもむろに携帯電話を取り出す父親。
「よし、今からあいつに電話をしてやろうじゃないか」
「い、いいよっ。そんなことしなくても。自分で出来るから」
にやけている父親を睨みつけるが効果はなかった。
佳奈が鈴音からアドバイスをもらう前日の話である。
―――――――
「零一ぃ。君ってやつはっ、君ってやつはぁぁ」
校門を出てもなお、俺を追いかけてくる変質者はなんだか諦めが悪かった。
「おいおい、いい加減その変な顔はよせよ」
「ふっ、もとからこんな顔さ………って、誰が変な顔じゃあああっ」
「うわ、もっと変な顔になったっ」
何とも形容しがたい満はいまだに諦めていないようだ。さて、こうなったら返り討ちにするしかないっ。満、お前はこれまで本当にいい友達だった。
「零一、もし、僕に何かあったら大切な大人の絵本の処分は任せたよ」
ああ、そんなことを言っていたお前をやってしまうのは本当に忍びないよ。
俺はあの青空に向かって人差し指を突き立てる。ここでユニバースと叫ぶわけではないのだが、その人差し指はあっという間に振り落とされる。
「あ、あんなところにえっちな本が落ちてるっ」
「え、どこだいっ」
獲物を狙う猛禽類の表情となった満。この手段は本当に一瞬、それこそ、笹川並みに小さな隙しか生み出すことができないのだ。それほど、やつの能力は極限まで高められるということなのだろう。だが、俺も負けてはいない。
「隙ありぃっ」
「ぐはぁあっ」
確かな手ごたえを感じ、驚くように満は飛んで行った。
いまだ悶えている満を見下ろすような形で俺は強敵に問いかける。
「何かいい残すことはないか」
「くっ、やるじゃないか。だがな、僕は女子の頼み事だけは聞いて死ぬって決めているのさ」
やつは立ちあがった。その執念は俺の想像以上だったのだ。戦慄、とでもいうのだろうか。奴の体には諦めない気持ちと、度胸が血と一緒に流れている、そう思えた。
「零一、ちょっと来てくれ。話があるんだ」
「何の話だよ。TPOをわきまえるような話なら聞いてやるぜ」
「大丈夫だよ。Tyotto Pottyari Oneesanな話じゃないけど君に質問したいことがあるんだ」
そう言って歩き出す。俺は一つだけため息をつきながらも付いていくことにした。
「まったく、君という男を時折うらやましいと感じてしまうよ」
「そうか、俺はお前がうらやましいけどな」
気の強そうな女子が体育館物陰からそっとこちらの様子をうかがっているようだ。手には手帳が握られており、俺の目には『吉田満日記』と書かれているように見えて仕方がなかった。他人の日記を書いている時点でどうかと思うが、恋は人を変えてしまうのかもしれない。もとからあの人はあんな風じゃなかったのだろうと俺は思う。
「なんでうらやましいんだい」
「そりゃあ、なぁ、なんだ。俺から言うと馬に蹴られるかもしれないから言わないぜ。でも、あえて言わせてもらうなら鈍いな」
「む、鈍いとは失礼な。僕のハンティング能力は素晴らしいって君も知っているだろう」
「ああ、知っているから鈍いと言わざる負えないんだよ」
お前のハンティング能力はエロ本に対してだが、女の子に関しては駄目駄目だな。
「俺がお前の立場だったらすぐにでも彼女を作るんだがなぁ」
「くぅっ、なんだか馬鹿にされているようで無性に腹が立つよっ」
そんな馬鹿な話もまた、青春なのだろう。
俺を連れて満は図書館へと向かうのだった。
昨日は全くついていませんでした。いや、本当に。行き着いて友人から書類について相談を受け、それを提出しなくてはいけない事に気がついたということです。仕方がないので家まで帰りました。片道、約一時間、往復はさすがに辛かった…さらに、約束の時間まで破ってしまい、心理的にもショックを受け、帰りの道は地獄でした。想像しにくいという人は全速力で坂道を駆け上がったあと、スクワットをすると思ってくれればいいかと…。さて、ペーターさんが登場していませんがペーター編二回目です。満と零一の漫才になってしまいましたが気にしないで下さい。順次、終わらせていくので楽しんで下さい。