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第百六十六話◆剣編:剣、零一の弁当

第百六十六話

「そういえばさぁ、一人暮らしって結構大変じゃないかい」

「そりゃな。保護者に世話されるっていうのがどれだけ楽か実感できるぜ」

 疲れて帰ってきた後に晩御飯を作らなくてはいけないとか本当に勘弁願いたい。まぁ、部活などをしていないのでそんなに疲れて帰ってくることはない。留年したおかげで授業なんて聞かなくてもこの前の中間テストでは九十点越えがごろごろあったわけだし。

「ま、強いて言うならだれかの作った朝ごはんが食べたいなぁと思うときがあるかな」

「へぇ、そうなのですか」

 ふすまを自分で開けて廊下に置いていたお盆を中へと剣は持ってくる。満がいたことに何か不満があるのか少しだけ睨みつけていた。

「もちろん、料理ができるような奴じゃないと朝からいまいちなものは食べたくないぜ」

「僕が作ったものでも食べてくれるのかい」

「ああ、基本的にうまければだれが作っても構わないな。剣、作ってくれないか」

 冗談のつもりだった。そう、俺はとても、とても大切なことを忘れていたのだ。太陽は東から昇って西に下るということ以上にとても大切なことだった。忘れてはいけないことを忘れていたのだ。

「考えておきます。しかし、作るときにはアパートの鍵がないといけません」

「ああ、これ合鍵な。満にも渡しているが」

「そんなほいほいと合鍵なんて渡していいのかな」

「安心しろよ、大家さんにはちゃんと断わっておくから」

 あのアパートを出るときにはきちんと回収しておかないといけないな。



―――――――――



「と、まぁ、一先輩は私にそういったのですよ」

「長い長い回想だったな」

「こんなの序の口ですけど」

「いや、もう俺が言ったのならいいぜ。ちょっと忘れていただけだから。思い出したから大丈夫だ」

「これからは毎日来て作りますから」

 え、マジで言っているのでしょうか。俺はこぶしを握って熱く燃えている剣をどうしたものかと考える。

「いや、そんなに頑張らなくても別にいいぜ」

「いえ、一人暮らしがいかに大変なものなのか一先輩を通じて知ることができました。先輩が困っているというのなら後輩が一肌脱がなくてはいけませんっ」

 右のこぶしをぎゅっと握って本当に燃え上がっていた。

「では、学校に行きましょうか」

「そ、そうだな。とりあえず学校に行こう」

「こちらが一先輩の今日のお弁当です」

「あ、弁当まで作ってくれたのか。ありがとな」

「いえ、これも約束したから当然のことです」

 俺、他に何か変なことを剣に頼んでいたりしないだろうか。一生懸命記憶の糸を手繰り寄せてみるがどれもこれもどうでもいいものだった。



――――――――



 昼休み、俺は普段から澤田、剣と一緒にご飯を食べている。たまに剣の友人や澤田の友人たちとも昼食をとるのだがそのたびに『俺ってこのクラスで男子の知り合い皆無だなぁ』と考えてしまう。

 弁当箱のふたを開けておかずをつまみ、口へと放り込む。

「ふんふん、うまいな」

 そんな俺をどう見たのか澤田は首をかしげ、今度は剣の弁当箱を確認し、驚いたようにこういった。

「剣先輩と零一先輩のおかずが一緒ですっ。こんな偶然ってあるんですね」

「ああ、それは私が作ったものだからです」

 年下相手にも敬語をいまだに使っているという変わり種。そんなことはいい、剣の言葉に澤田が真っ白になっていた。

「おい、どうかしたのか」

「え、え、な、な、なんで剣先輩が零一先輩のお弁当を作っているんですか」

「それは私が零一先輩の食事管理を引き受けたからですよ。朝、昼、夕と任されています」

 え、そうだったのか。てっきり晩御飯は違うかと思ったぜ。

「あのな、剣」

「何でしょうか。あ、今晩の献立として挙げている予定は」

「いや、そうじゃなくてそういえばご両親にはちゃんと言ったのか」

 もし、黙っているのならば急いで満に根を回して辞めるようになんとかいってもらわねば。

「ええ、とても喜んでいました。まさか、剣に興味を持ってくれるやつがいるとはなどという失礼なことも言っていましたが。うちの兄と零一先輩が友達であったことが功を征したようですね。兄もとてもうれしそうに勧めてくれました」

 あの野郎、間違いなく俺が苦しむ姿を想像して喜んでいるだろうな。ちっ、嫌な野郎だぜ。

「今、アパートの大家さんに話をしています」

「え、何の話をしているんだよ」

「今度、家に来てほしいと両親が言っていました」

「れ、零一先輩が盗られた」

 澤田はそういうと弁当を抱えてどこかに走り去ってしまった。

 そんなことよりも俺は、これからの生活がどうなるのか全然想像できなかったりする。え、俺ってどうなってしまうのだろう。


全ての小説に必ずやってくるもの、いや、全てに必ずやってくるものが最後です。思えば前作自体がサルベージ小説だっただけに穴だらけな内容だったりするわけですよ。そういえば以前も分岐する小説を書いていた気がします。テレビや小説は基本的に一本道ですから全員が全員、幸せにはなれないものです。せめて、自分が書いた小説ぐらいは幸せにしたいものです。五月十三日木曜、八時三十八分雨月。

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