第百四十三話◆竜斗編:折れた剣
第百四十三話
澤田にぶたれ、笹川に殴られるというSの苗字に散々やられた俺は帰路についた。そんなとき、今度は剣と共に走っている竜斗の姿を見かけたのだった。もはや、不幸の象徴といいたくなってきた。
「……あいつ、もしかして黒猫の生まれ変わりだったりしてな」
ぽつりと呟くと同時に、俺の目の前を通り過ぎいく。そのまま曲がり角を曲がっていったのだが、剣が俺の方をちらっと何かを期待するような目で見た気がする。うぅん、なんだか面倒ごとに巻き込まれそうだし………二度あることは三度あるって言うからな。今日はもう、家に帰って外に出ないようにしておこう。
「きっと二人が曲がった道は方角が悪いんだろうな」
昔の人は道についても色々と考えて行動していたらしい。まぁ、虎がいる方向へ好き好んで向かうのは動物園内だけだ。野放しにされた虎と面倒ごとを抱えていそうな狐がいる方向へ行くのも馬鹿げていると思ったので俺は敢えて遠回りをすることにした。
小走りになったとき、曲がり角からいきなり人影が……
「うわっ」
「ははは、剣ちゃん、汗をかくのは気持ちいいね」
「そうですね、野々村竜斗先輩」
「楽しいと感じるのは君が隣にいるからかもしれない」
「そういっていただけると私も嬉しいです」
やたら剣の台詞が棒読みなのは置いておくとしよう。きっと、あの子は間違っても演劇部に入っちゃいけないんだろうなぁ……
「……さて、なんだかよくわからんが面倒なことに巻き込まれているってことだけはわかったぞ」
俺は、全力で……二人に気付かれないような帰路につくことにした。人の敷地にはいること、二桁。猫会議が行われている裏路地を通ったりしてアパートへと帰り着いたのである。
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不幸の象徴を見て、その日中に何か起こらなければもう大丈夫だろうと昔の人は考えたのだろうか。たとえば、カラスを見てから約一週間内に不幸が訪れるというのは言いすぎだと思うのだ。そりゃあ、一週間もあればタンスの角に小指をぶつけることだってあるかもしれないのだ。一週間の間びくびく過ごすというのもなんだか面倒だ。
ともかく、不幸は次の日にやってきた。
俺を起こしたのは目覚ましではなく、ひっきりなしに押されるチャイムの音だった。
「うっるさいなぁっ。誰だ、俺が起きる時間は一時間後だぞ」
ぶつぶつと言いながら扉を開けるとそこに剣が立っていた。
「一先輩、走りましょう」
「はぁ、あのなぁ、俺はまだ一時間ばかり……寝るんだよ」
時計を見せるも首を振られた。何でだ。
「いえ、やはりもやもやは一緒に走って解決しないといけません」
「あのなぁ、俺は……」
「一先輩っ、私達は友達でしょうかっ」
「あ………」
いきなり、大声を出されたために完全に覚醒してしまった。
「ああ、そうだよ。友達だよ」
「では、苦楽を共にしないといけません」
なんだか、人を殺しそうな目をしていた。いや、言い過ぎかもしれないけど、真剣そのものだった。
「……わかった、わかった。とりあえず着替えてくるから」
そして、走ることになったのだが……
「あれ、今日は遅いな。どうかしたのか」
ゆっくり走っている剣を待つために立ち止まると剣が手を振った。
「いえ、一先輩は先に走っていてください」
何故か、その手にはしっかりと木刀が握られている。
「……で、お前の後ろに来た瞬間にその手に持っている木刀で俺を叩く気か……」
「まぁ、たまには焦燥感とでも言うのでしょうか……焦りというのも一先輩には必要なのかもしれないと私は思ったのです」
「………」
寝不足だろうか……鬼が嗤ったように見えた。その後、遅かったようにも見えた剣の歩調はあっという間に速くなって最後のほうは全速力で鬼から逃げているような心境に陥った。小太刀の木刀を二本振り回しながら追いかけてくる剣……俺、何か悪いことでもしたのか、それとも何かの不満の表現なのかはわからなかったが……とりあえず、剣より遅くなってしまったらどうなるかは大体、想像がついた。
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「……や、やっと帰りついた」
剣は途中で帰っていき、俺は朝食をとりに家まで戻ってきたわけだ。
「やぁ、零一くん、おはよう」
「……おはよう、竜斗」
「ふふ、もう三人目落としちゃったよ」
余裕ありげな表情。俺は今日もまた、何か不幸なことが起こりそうな気がした。
雨月が小説を書くにあたって気にしていることは他人の評価です。あ、いや、他人が書いた小説に付けられた感想ですけどね。問題点を的確に書かれている方のは実に役に立ちます。他人の小説に付けられた感想ですので凹みませんが、重圧に勝手に苦しみます。四月二十四日土曜、十八時零零分雨月。