第百二十七話◆剣編:冷たくも温かい手
第百二十七話
雨は止みそうになく、ついでに言うなら寒くなってきた。いや、元から寒かったわけだがさらに雪が混じってきているようである。どうせなら、一日でも日にちをずらしてくれればよかったのにと呟いたところで空に俺の言葉が届くわけでもない。
「……寒くなってきましたね。風も出てきたようですし」
人並みに寒さを感じる事が出来るようでほっとした。そりゃそうだよなぁ、寒いと思っていないと寒中水泳なんて考えにはいたらないだろうし。
「そうだな、ああ、さっきお弁当とか全部食べなければよかったなぁ……」
先を見据えて行動しないといけないんだな、山登りってさ。安易な気持ちで山に登ってはいけないって聞くけどそれって本当だったんだな。もし、生きて帰ることが出来たなら二度と山には登らないと心に誓おう。
ため息を吐き出す俺を見てどう思ったのか、剣は俺の腕をひっぱった。
「安心してください、非常食料も後ろのバックパックに入っていますから。テントをはってその中で待機しましょう」
立ち上がり、俺の手をつかむ。
「さぁ、行きましょう」
「あ、ああ……」
その手は冷たくて小さかった。だけど、勇気を与えてくれる…そんな手だったりする。そうだよな、俺より年下の剣が励まそうとしているのだから弱音を吐くのはまだ早いのかもしれない。
「とりあえず、テントが張れるような広い…」
急に言葉を切って辺りを見渡し始めた。
「どうかしたのか」
「しっ、何か聞こえませんか」
剣に口を塞がれたまま、耳を立てて聞いているとなるほど、なにやら金属がぶつかるような音がする。ん、でもなんだか聞いたような音だな……何処で聞いたんだっけ………
「あちらのほうに人がいるようです」
俺の右手をしっかりと握って獣道を迷う事無く突き進む。
「……こんな寒い中に山に来るやつなんて必殺技の特訓でもしているやつなんじゃないのだろうか」
必殺、燃える何とかシュートとか、飛んできた丸太をバットで粉砕とか……滝に打たれたりそんな奴。今更そんな事をする人がいるのかどうかはわからんがな。
剣と共に木々を掻き分けていると人影を見つけた。
パキッ
「ん……」
足元で枝が折れて、人影は消えていた。
「さっきの人影……何処いったんだ」
「……相手は姿を隠してこちらを観察しているようです……」
「……」
どんな奴だよ。って、本当に人だよなぁ……この山にクマとかいないよな……いや、クマってそもそも鈴の音とか聞いたら逃げるんじゃないのかよ……。
気がついたら剣は木刀を引き抜いて周りを警戒していた。いくら剣といえどクマが出てきたら勝てないだろう……そんなことを考えて右手のほうを見るとスタンガンのようなものが握られていた。
「何だ、それ……」
「痴漢撃退用のスタンガンです。クマでも象でも、当たれば一撃ですよ」
痴漢撃退用ではなくて猛獣に対してつかうものになってるな、それは。しかも、一撃って何だよ……
そんな時、俺の背後に人の視線を感じた。剣もそれに気がついたようで木刀とスタンガンを隠すようにして相手に向け……俺は驚いた。
「ニア……」
「零一、お前こんなところで何しているんだ」
寒くないのか不思議なのだがニアは露出度の高いクノイチの服を身に着けていた。えっと、何でここにいるのだろうか……
――――――――
ニアの家はすでに改造工事が終わっていたようで外見はこの前と一切変わっていなかった。勿論、撤去されたはずの離れも以前と変わらずそこに佇んでいたりする。今度、中に入らせてもらおう。
「なるほど、登山をしていたのか」
「ああ、ちょっと遭難していたけどな」
「獣道を通ればすぐに頂上に着くといった一先輩が悪いんですよ」
何はともあれ、こうやってまた緑茶をすすれるということはいいことだ。一時は本当にどうなるかと思ったんだけどな。
「ところで、ニアは山の中で何をしていたんだよ」
「ん、それは……簡単に言うなら特訓だ」
特訓ねぇ……このご時勢、特訓して何をするのだろうか。特訓して東大に受かるのよっとそういった特訓なら別に構わないかもしれないがな……
「特訓、ですか……あの、さっき道場がありましたけどここって何か武術を教える場所なんですか」
「そうじゃ、ここでは武術を教えておるぞ」
「うわ、びっくりしたな……」
その質問に答えたのはいきなり俺の隣に現れた爺さんだった。勧誘用のためのパンフレットまで持ってきていた。誰でも簡単に忍者っぽくなれますと書かれていた。おいおい、そんなにお手軽に忍者になれたら日本は侍の国じゃなくて忍者の国になってるだろ。
「この前、最後の門下生が夜逃げしてしまってなぁ……今は一人もおらんのじゃ」
「……」
壮絶な忍者修行が頭の中で渦巻いていた。なるほど、やっぱりお手軽に忍者になるような時代ではないらしい。
「お譲ちゃんはなかなか素質がありそうじゃからさそっておる。わし、初対面の人で素質があれば声をかけるからな」
「俺の時は誘わなかったよな」
「お前さんは一応、素質がありそうなのじゃが非情さにかける部分があるからな」
そういう言い方をすると言うことは剣にはその非情さがあるということなのだろう。うん、非情さがあるって点では俺も認めることが出来る。
「考えさせてください」
「うむ、よかろう……わしとニアはお譲ちゃんの参加を期待しておるぞ」
爺さんが偉そうに腕を組んだのだが…いや、実際に偉いのだろうが……ちょっと冗談を途中途中で入れてくるから面倒だよなぁ。
え~こほん、この小説の絵を描いていただいている無感の夢者様より先ほど新しい絵を『みてみん』のほうにアップしたと報告がありましたっ。雨乃零一と笹川栞の絵ですね。えっと、この小説は一応、読むのをやめようと思えば第百三十話で終わるようになっていたりします。まぁ、IF小説なのでそれぞれのエンディングがあったりします。では、また次回。要望などがありましたらメッセージなどでお知らせください。P.S雨月が持っている美少女?ゲームはサム○や宇宙くらげが出てくるあれだったりします。四月十三日火曜、十九時四十分雨月。