第百二十五話◆剣編:山と海
第百二十五話
「今度、夏樹ちゃんが一緒に遊びたいと言っていましたよ」
偶然、放課後に出会い、一緒に帰路に着いたときに朱莉に言われたことだった。
「遊びたいって言われてもなぁ…」
女子と遊んだことなど殆どないのでどういうことをして遊ぶのかさっぱりわからないな……いや、夏は夏で海水浴に行ったりしたのだが今は冬である。一月半ばの寒さで海水浴など寒中水泳であり、そこまでして海に入ろうとする変わった人などそこらかしこにいるというわけも……
「おっと、メールか……」
以下、満のケータイからなのだが剣からのメールだ。
『今度、一緒に海に行って寒中水泳をやりましょう 剣』
「剣……ああ、吉田君の妹の名前ですねぇ……噂に違わぬ変人っぷりですね」
俺のケータイを覗き見してそういう。メガネを上げ下げして光らせて、より変人っぷりをアピールでもしているのだろうか。
「朱莉が言うのもおかしいけどな」
皮肉を言ってやるとにやりと笑われた。ついでに言うと、メガネも更に光った気がしてならない。どんなエフェクトなのだろうか……
「零一君に言われる筋合いもありませんけどね」
「まぁ、そうだけどよ。で、だ……どうだ、一緒に寒中水泳に行かないか。澤田もこういったことに興味を持つかもしれないぞ」
旅は道連れがベストである。
「実に魅力的なお誘いですが遠慮しておきますよ。どうぞ、お二人で行ってきてください。あたしは夏樹ちゃんと一緒に温水プールにでも行ってきますからね。がんばってください、応援していますから」
「ちぇ、じゃあ仕方ないな……」
俺は『悪い、その日は登山するって決めていたんだよ』そんな文章を返したのだったが……それが問題を引き起こしたのである。
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結果から言おうか……ずばり、遭難してしまったのだ。
「雨乃零一先輩、迷ってしまったようですね」
「そうだけどよ、お前は何でそこまで冷静なんだよ」
人差し指で鼻をこすり、剣は続ける。バンソーコーが相変わらずお似合いだ。
「だって、騒いだところで疲れるだけですから」
「……それもそうだなぁ…」
ああ、何でこんなことになってしまったのだろうか。
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メールを返信して少しの間、朱莉と再び話していた。
「……で、その吉田剣ちゃんと仲はいいのですか」
「誰がだ」
「零一君が、ですけど」
「俺と剣が仲がいいのかどうかか……」
小突かれることは殆どないのだが……ちょっと扱いづらいというか、とっつきづらい印象を受ける。冗談を本気に捉えるため、つい、口が滑ってしまったときが大変なのである。
悩む姿の俺を見ると何故か、胸に手を当ててほっとしているようだった。
「何してるんだよ」
「え、ああ、零一君と剣ちゃんの仲が微妙なものだと知ってほっとしているんですよ」
「何でだよ」
「ふふ、秘密です」
う~ん、何で秘密なんだろうな。別に秘密にすることでもないだろうし……
「ともかく、今度の休日に登山をするというのなら実際に登ったほうがいいでしょう。嘘つきだったら嫌われてしまいますよ」
「……そ、そうだよなぁ……」
ウソはよくない。いや、たまにウソをつくぐらいなら構わないさ。うん、真面目の中にもお茶目は必要だ。必要である、絶対に。
しかし、そのお茶目が通用しないとなると……これはもう、絶望的だよなぁ。ウソをついたのですか、雨乃零一先輩っ、粛清しますっ……
考えただけでもおそろしいな。
「ま、いつかは自分と正反対に位置する人間だって零一君のことを認識しますよ」
「その時は……討伐対象になるんだろうな」
「安心してください、その時はあたしが守ってあげますから」
「……」
頼りにならない。きっと、朱莉は俺を見捨てて逃げてしまうかもしれんな。やはり、自分の身は自分で守らないと……
「それか……もう、真っ当に生きる努力をするってのもいいかもしれないな」
「え……どういうことですか」
「ん~、だから、追跡癖を治そうかなって思ってな」
「それは……」
とたん、朱莉が黙り込んだ。その表情にかげりが見える。
「……あたし、零一君が真っ当に生きるというのなら全力で阻止しますよ」
「おいおい、そんな事を言うなよ……」
「再び、ダークサイドに引き込んであげます」
「朱莉、きっとお前は悪役がお似合いだぞ」
「それを言うなら零一君もですっ。せいぜい、吉田剣にぼこぼこにされないようがんばってください」
拗ねたようにそういって曲がり角を曲がっていった。
「……全く、相変わらずどんな人間なのかわからないのが俺の周りには多いな」
あ、ちなみに満と真先輩は両方とも『TON(ちょっと、おかしな、人間)』であったりする。
えーっと、本格的にまた日常が戻ってきました。そういう理由でまたばらけた更新になるかもしれませんのでご注意下さい。今日はいつか書こうと思っている小説の下調べをしにいきます。四月十二日月曜、八時五十四分雨月。