第百二十四話◆剣編:栞と剣の挟みうち
第百二十四話
「まてまてまて、笹川、ちょっと待てって」
「何で待たないといけないの」
商店街の終わりのほうでようやく笹川の歩をとめることができた。その隙に回りこんで前で両手を広げる。ふっ、これで笹川の進行方向を完全に遮断できたはずだ。俺の作戦にぬかりはないぜ
「これから何処に行くつもりだよ」
「決まってるわ。あの吉田剣とかいうやつを探し出しに行くのよ。雨乃が拉致られたのはあいつが原因でしょ」
「いや、そうかも知れねぇけどな……」
あの三人組は『こいつと一緒にいた女子に復讐がしたかった』と涙目に訴えていた。多分、あの三人が今後悪さをすることは無いだろう。今頃、あの番長達とパーティーをしているはずである……逮捕者とか出ないよなぁ……
「わたしはあの娘と決着をつけてそれで終わりよ」
「そういえば以前、引き分けだって言っていたっけ………」
「そうよ、それが目的。それと、雨乃が拉致られた責任を取ってもらうのよ」
「………責任ってなぁ、おい」
俺の防波堤は役に立っているのかいないのか、わからないがとりあえず大の字のままで話している。
「まま、あの人何をしているの~」
「時雨にはまだ知らなくていいことなのよ……さ、いきましょ」
ほら、買い物帰りの親子が俺を見て何か言っている。さっさとこの防波堤をやめたいなぁ……
「あれ、雨乃零一先輩じゃないですか」
そんな時だった……俺の背後から声が聞こえてきたのである。そして、その声は今一番聞きたくない声だったりする。
「つ、剣……」
女子中学生の制服がまぶしい吉田剣のご登場である。肩にはいつものように竹刀袋が提げられていた。
そんな剣の目が若干、鋭くなった。
「ああ、誰かと思えば笹川真先輩の妹さんですか」
なんとなく棘のあるような言い方だったりする。
「……吉田剣とか言ったっけ……あなたのせいで雨乃が面倒ごとを背負い込んだわよ」
「面倒ごと……それって何ですか」
「拉致られたのよ、不良の三人組に」
「でも、ここに雨乃零一先輩はいますけど」
そういって俺の方を見る。見られて困ったので笹川のほうを見ると笹川も俺のことを見ていた。自分で説明しろというような表情をしていた。言い出したのは笹川のほうなのになぁ。
「……えっとだな、ほら、この前剣が犬をいじめていた連中を注意しただろう」
「はい、注意しましたね」
過激な注意だったけどな。
「それでな……」
「それに恨みを持ったそいつらが今日の放課後、雨乃を拉致したのよ。そして、雨乃が隙を突いてメールをくれたおかげで……わたしは雨乃を助けることが出来たの」
俺はメールを送ってはいない。きっと、ゼロツーががんばってくれたのだろう。あとで労をねぎらわないと拗ねるだろうな。いや、機械だから拗ねたりしないかな。
「え……」
驚いたような表情で俺を見る。笹川はまだ口を閉ざそうとは思っていないらしい。
「あなたみたいな人が雨乃の周りをちょろちょろすると迷惑なの」
ああ、言っちまった……剣が何かショックを受けていないだろうかと見てみるがその瞳には強い光が宿されていた。
「……私は、私は間違ったことをしただなんて思っていません。犬をいじめていたあちらの人たちが悪いと思いますけど」
「はっ、自分は悪くないっていいたいの」
「ええ、そうです」
「見上げた厚顔無恥だわ……雨乃、行くわよ」
「それはこっちの台詞です。雨乃零一先輩、行きましょう」
ちょうど俺を挟むような形で対峙していたものだから……両者とも俺の右手と左手を掴んだのだ。そして、ひっぱる。まぁ、左右からひっぱられるのだから真ん中にいる俺は痛い目を見るわけだ。
「いたたたた……」
「ちょっと、雨乃が痛がっているわ。放しなさいよ」
「そっちが放せばいいじゃないですか」
両者一歩も譲らない…いや、正直な話、俺はどちらが放してくれてもいいんだけどね。ああ、子どもがひっぱられて痛がっているとき、先に放したほうが相手のことを想っているという話を何かで聞いたことがある。
「私、思ったのですが笹川栞先輩のほうがよっぽど雨乃零一先輩に迷惑をかけているはずです」
「………そうかもしれないけど、わたし達は親友よ。支えあっているわ」
商店街にいるわけで、ちょうど夕飯に忙しい奥様方が俺らを見ていた。おいおい、見世物じゃないぞっ。
「あなたこそ、雨乃に迷惑をかけているわ」
「雨乃零一先輩が迷惑だとは言ってくれていませんから迷惑ではないはずです」
「そんなの屁理屈だわ」
俺は屁理屈も立派な理屈だと思うぜ。だけど、今此処でそんなことをいう勇気など勿論持ち合わせてはいない。何か発言する勇気も何も無い。笑ってくれて構わない、無謀な勇気は人をおろかにさせるだけだといわせてもらおう。
「じゃあ、雨乃零一先輩にここで聞けばどっちが迷惑な存在かわかると思います」
「……そうね、それが一番だわ」
俺の方へと視線が動く。な、何だよ……そんなに俺を見たところで何も出てこないぞ。
絶体絶命、どっちを取ったとしてもとりあえず天地の怒りが起こりそうなそんな時だった……俺の元へ天使が現れたのである。
「剣―っ、お母さんが呼んでるぞっ」
「栞、早く帰らないと猫たちが怒るぞ」
「え、ちょ、ちょっとお兄ちゃん……」
「兄さん、痛いわよ、そんなにひっぱらないで」
そう、何故か満と真先輩がやってきたのである。両者が両者の妹を俺から放してくれて連れて行った。かなり不満げな表情で俺から離れていった……しかし、普段は怖がる癖して今日の二人はかなりやる気があったな……とりあえず助かった。
「……ほっ、助かった」
『私がお二人に救援メールを送信しました』
「ゼロツー、助かったぜ」
ほっと胸をなでおろす。やっぱり、お前は天使を名乗るに足る……電子機器だよ。
『ちなみに、二人への報酬はゼロワン様至極のお宝、一冊です』
「そんなオチかよっ」
なるほどな、だからやる気があったんだな。
今日、カワセミを目撃しました。あの蒼は実に綺麗な蒼ですね。眼福です。さて、これからどうしたものか……午前中はバイトだったとでも言っておきましょう。ああ、それとこの小説は第百三十話で一つ目のハッピーエンドを迎える予定です。予定ですのでなんともいえませんけどね。予定なんてきちんとできたためしがないです。四月十一日日曜、十四時四十七分雨月。