第百二十三話◆剣編:拉致られて
第百二十三話
今日から新しい三学期。(留年するのか進級するのかと)期待と不安に胸をときめかせ、一日の終わりを告げる帰りのHR。
「じゃあ今日はこれで終わり、終了っ」
それもあっさりと終わり、放課後となる。特に何も重要なものが入っていないかばんを引っつかんで教室の後ろのほうから出ようとするとお化けでも出るかのような雰囲気がした。
「零一ぃ、最近やたらと剣が君側に立っていると思うんだけど」
うらめしや~と言いながらこの世に未練たらたらの満が現れる。生霊に違いない。
「……それならお前が朝のマラソンに行けよ。今日も俺を誘いに来たんだぜ」
「……遠慮しておくよ。うん、やっぱり君が相手をしてくれるから最近僕に対して木刀を振るう回数が減ったと思うんだ。ありがとう」
あっさりと手のひらを返してそういう。やれやれ、剣も大変だな。
「じゃあな、俺、用事があるから」
「デートだね」
「ふっ、女がいたらお前となんて話さないぜ」
「そうだねぇ、じゃ、またね」
「ああ」
気の合う仲間に別れを告げて、俺は下足箱、そして校門を後にする。
校門を出て少し裏路地に入ったところで人の気配を感じた。
「おい、そこのお前」
「ん……うわ……」
名前を呼ばれたかと思うといきなり意識が遠くなる。何故だろうか……
―――――――――
後頭部の鈍痛で目を覚ます。右手で後頭部を触ろうとしたが腕が動かず、気がついてみればロープで縛られた挙句、吊るされていることに気がついた。一瞬、頭の中で剣が俺を縛っている映像がこれでもかというぐらいに流される。しかし、そんな映像も相手の声を聞いてあっさりと霧散した。
「気がついたようだな」
「あんたらは……」
先日、剣に注意された(その後に私刑にあった)不良さんたちではないか。いや、一方的に不良と言ってはいけないな。ちょっと小粋な悪者さんか……って、そんなことはどうでもええがなっ。
問題なのは俺が捕まっているということである。三メートルほど上には俺をくくりつけているロープの結び目があったりする。
「おっと、何か喋ると煩いからな。お前は黙ってろ」
「むぐ」
口にガムテが張られ、即席言わざるの完成。でも、あれって自分から言おうとしていないのだから他人に口を押さえられたとして言わざるっていえるのだろうか……って、こういうことも今は考えている場合ではないっ。
「……」
下卑た笑いが下からしてくる。不良連中を無視して自分が今何処にいるのか辺りを見渡してみた。埃っぽい倉庫のようなところで、一応窓はあるのだが外は草木が生い茂っていた。かすかにオレンジに染められているところを見るとまだ夜にはなっていないらしい……これらの状況を冷静に分析するとここにはめったに人が来ないようなところだな、うん。いや、冷静に分析したのはいいのだが冷静に考えている場合ではない気がする。
そんな時だった。倉庫の扉が振動し始めたのだ。
どんっ、どんっ、どんっ……
「おっと、ようやく来たようだな……」
「む……」
不良三人組は立ち上がりパイプやら角材やら取り出す。うわぁ、こいつら何を仕出かす気なのだろうか。
どがんっ
勢いよく吹き飛ばされた扉はそのまま倉庫内へと倒れこんだ……
「「「………」」」
男達は何を期待していたのかはわからない……わからないが、三人がいくら武装をしていたところで十人を超える相手を、そして、その一番前にいる笹川栞をどうにかできるほど強そうには見えなかったのだ。きっと、剣が来るとでも思っていたのだろう。
「雨乃、助けに来てやったわよ」
「こいつらかぁっ、俺らのダチを拉致しやがった野郎共はっ……全員粛清じゃあっ」
うおおおおおおおおっと、番長風の男子生徒以外が声をあげるが、一つの声でそれらはぴたりと静かになった。
「待ちなさい、あいつらは無視して構わない。見なさいよ、わたし達にびびって足が震えているわ」
笹川はそういってそいつらの近くをさっさと歩いてこっち側へとやってきた。そして、俺を結んでいたロープを近くののこぎりで切って助けてくれたのである。
余談だが、ガムテープは乱暴にはずされた。
「……助かったぜ、笹川」
「何でこんなことになっているの。呆れて声も出ないわ」
「俺も知らないね」
「どうだか」
「まぁ、助けてくれてありがとな」
「当然のことをしたまでよ。わたし達、親友でしょ」
「そうだな」
にこりとは笑わなかったが笹川は嬉しそうだった。
「笹川ぁ、こいつらが何で雨乃を拉致ったかわかったぞっ」
「そう、それはよかったわ」
気がついてみれば三人の男は囲まれていた。角材も鉄パイプも取り上げられて無言の圧力をかけられていたのだった……
ふぅむ、どうしようもないのはいつものことですので次回の予告でもしておきましょうか。次回、『零一、剣に縛られてこの世の最果てを垣間見るっ』………。いや、冗談です。ああ、そういえばこの前高圧洗浄機を父から借りました。お尻にホースを突っ込んで電源コードをコンセントに突っ込んでトリガーをひくと……なるほど、あれは当たると痛そうですね。水鉄砲がおもちゃに見えて仕方ありません。あれは子どもが喜びそうな代物です。四月十日土曜、九時零零分雨月。