第十二話◆:朝の一時。
第十二話
俺が転校してきて一週間が経った。あれからは不良たちが俺達を指名することも無く、笹川から襲われることも無く、ニアと出会うことも無く、追跡少女に追跡されているわけでもなく(そういえば、名前を知らないな)、佳奈に優しくしてもらったこともなかった。まぁ、それが平凡という日常なのだ。
一週間後の朝、いつも目を覚ましてやることは顔を洗うこと、席につく事である。俺がおきてくる時間帯にはすでに達郎さんの姿は無く、鈴音さんしか席についていない。鈴音さんもそろそろ出て行ってしまう途中だ。佳奈が起きてくるのにはまだ少しだけ猶予があった。
「いつも早いのね、零一君。佳奈も見習って欲しいわ」
すでに起きている人から早いといわれるのはちょっとおかしい気もしたが、流す。
「ええ、日課って言うか、習慣です」
すでに用意されていた朝食を手早く食べ終えて立ち上がる。その頃には準備を終えて鈴音さんが立ち上がるのだ。いつもと同じ日常。
「じゃあ、私はもう行くからね」
「ええ、行ってらっしゃい」
さて、そろそろ俺も行くかな。
―――――――
制服に着替え、かばんを手に持つ。こっちの制服姿もそろそろ板についてきた頃だろうか……まぁ、すでに歴戦の修羅場を潜り抜けてきてしまったかのようにぼろぼろだが……これは笹川、ニアの所為である。機能的には充分果たしてくれているためにいちいち新品なんて買う必要はないだろう。
リビングへと出ると佳奈が朝食を食べている最中であった。いつもと変わらない、日常。一応、出て行くときは行ってくるといっているのだが基本的に朝に弱い佳奈は無反応。ぼーっとした顔で俺を見るだけなのだが、今日はお目目がぱっちりしていたのでどうやら起きていたらしい。
「じゃ、行ってくるわ」
うんともすんとも言わないはずの佳奈は今日に限ってコーヒーを飲み干している途中だった。
「……まって、私も一緒に行く」
「は……」
言うが早いか、自室に戻るのであった。
「……」
まぁ、それなら待っておいたほうがいいのだろう。
―――――――
玄関の外に出て息を吸う。初夏の香りがしてきました。ん……自分で言っていて首をかしげる。初夏の香りってどんな匂いだよ。雨が降る直前に感じるあの匂いだろうか。
そんな時、後ろから玄関の開く音が聞こえ、振り返る。
「も~、置いて行かれちゃったって思ったじゃないっ」
怒っている、何故だろうか……まぁ、佳奈のご機嫌が傾斜であるというのはいつものことである。
「置いて行くわけないだろ、待っててって言われたんだからな」
「……まぁ、そうだけどさ。零一って普通に人を置きざりにしていきそうなタイプじゃない」
俺、そんなに酷い人間だろうか。いやいや、俺はそんなに酷い人間じゃないぞっ。
「失礼だな~、とりあえず約束は守っているタイプのほうだぞ」
「本当かしら……ちょっと信じられないなぁ」
愉快そうに、笑う。なんだか佳奈の笑顔を見るのはこれが初めてだなぁって思ってしまった。その笑顔が可愛かった、なんて口が裂けてもいえないけどな。
「ん、どうかしたの」
「え、ああ……いや、初夏の香りがするなぁって」
そういうと、佳奈は深く息を吸い込むのであった。ついつい、見つめてしまう。肩口でそろえられている髪、ちょっと、あどけない顔とか……ね。
「……ところで、初夏の匂いってどんな匂いよ」
そんなことを言われて慌てて考える。
「……ん、あ~……なんだろうな。わからねぇや」
「もう、いい加減なんだからっ」
言葉上は怒った様子であったがそれほど怒ってもいないようである。むしろ、楽しそうだ。
「……」
何か、いいことでもあったのだろうか。
→からかってみる。
世間話をする。
第十二回目です。ここでようやく佳奈が出てきましたねぇ。さて、ここからどうなっていくのか……二月二日火曜、十時二十七分雨月。